無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋

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拾われた双子のはじまり

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 エリオとエメリーは、双子の兄妹だった。
 生まれ育った家は貧しく、貧民街の中でも屋根さえ朽ちかけた、みすぼらしい家に身を寄せて暮らしていた。

 父親の姿はない。どこへ行ったのか、あるいは何があったのか――二人は知らなかったし、母に尋ねたこともなかった。母親は病がちで、働くことができない。そのため二人は、物心ついた頃から人々の施しに頼りながら生きてきたのだった。
 生きるために、食べ物をくすねたこともある。二人がする日雇い仕事の賃金は、子供の稼ぎでは雀の涙ほどにしかならなかった。

 幸か不幸か、二人の容姿は整っていた。
 好色な大人たちから身を守るため、顔はいつも泥で汚していた……とはいえ、風呂にも入れず、結果的に自然と汚れてもいたのだが。

 そんなある日――二人に、女神が微笑んだ。

 いつも通り、日雇いの荷運びをしていた九歳のエリオは、自分の身の丈より大きく重い荷を抱え、よろめいて転んでしまった。
 それを見た監督係は、ためらいもなくエリオの身体を思い切り蹴り飛ばした。

 鼻血を流して地面に倒れ込む。
 だが、こんなことは日常茶飯事だ。痛みに耐え、起き上がろうとした――その時。

 凜として、しかし優しい声が、どこからか響いた。

「ちょっと、あなた。痛いときは、痛いと言いなさい。あなた、子供でしょう」

 一瞬、エリオには理解できなかった。
 誰が、誰に向かって話しているのか。
 そもそも――こんなゴミのような生活をしている自分に、誰かが優しい声をかけるなど、ありえない。

 反応しないエリオに、再び声がかけられる。

「子供でも、働かなければならない理由があるのでしょう。それ自体を責めるつもりはないわ。
 でも、子供だと知って雇ったのなら、それに見合った仕事をさせるべきよ。ましてや、転んだ相手を蹴るなんて……人として、許しがたいわ。軽蔑する」

 正論だった。
 監督係は、あからさまに気まずそうな顔をし、視線をそらした。

 そのときになって、エリオはようやく声の主を見る。
 そこに立っていたのは――丸々とした自分より小さな少女だった。

(えっ……? こんな小さな子が、俺を庇ったのか?)

 一目でわかる立派な身なり。護衛と使用人を従えている。

(……なんだ。貴族の気まぐれか。
 いいよな、金持ちは。綺麗事だけ言ってりゃいいんだから)

 少女が貴族だとわかった瞬間、胸の奥に惨めさが広がった。
 どうにもならない貧しさ。逃げ場のない生活。
 積もり積もった苛立ちは、そのまま少女へ向かう。

「あんた、貴族だろ。放っておいてくれ!
 金持ちは、気楽でいいよな!」

 ――せっかく庇ってくれた相手に、思い切り悪態をついた。

 すると少女は、きょとんと首をかしげてから、にっこりと微笑った。

「あら?『金持ちは気楽』って、誰が決めたの?」
 少女――ステファニーは、首をかしげたまま、少し考える素ぶりを見せた。

「わたくし、毎日お腹いっぱい食べられるし、暖かいお布団で眠れるし、確かに恵まれているとは思うわ。でも――だからって、何も考えていないわけじゃないわよ」

 そう言って、ふっくらとした頬をぷくっと膨らませた。

「それにね。あなたは今、痛いのを我慢して立ち上がろうとしているでしょう。仕事で負った怪我なら、わかるわ。でも――理不尽な暴力は、見過ごせないもの」

 エリオは、言葉を失った。

 “可哀想”でもなく、“上から目線”でもない。
 ただ、事実を、当たり前のように口にしているだけだった。

「働く理由があるのなら、あなたは立派よ。
 でも、痛い時に『痛い』と言えないのは、見過ごせないわ」

 そう言って、ステファニーは一歩近づいた。
 護衛が慌てて止めようとしたが、少女は軽く手を振って制する。

「あなた、名前は?」

「……エ、エリオ」

「そう。エリオ」

 その名を、まるで大切なもののように、口の中で転がす。

「ねえ、エリオ。
 あなた、今日のお仕事、ここまでにしなさい」

「は……?」

 監督係が慌てて口を挟もうとするが、ステファニーはちらりと視線を向けただけで黙らせた。

「子供にさせる仕事じゃありませんもの。
 それに――」

 くいっと顎を上げ、はっきりと言う。

「わたくし、この子を気に入りましたの」
(だって、こんなに綺麗な赤のオーラが濁ってるなんて!)

 その瞬間、エリオの胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。

(……なんだ、これ)

 怒りでも、惨めさでもない。
 ただ、じんわりと広がる、温かさ。

「あなた、ご家族は?」

 ぎくりと、エリオの肩が跳ねる。

「安心なさい。ちゃんと一緒に、面倒を見ますわ」

「……なんでっ」

 かすれた声で、ようやく絞り出す。

「なんで、そこまでっ……」

 すると、ステファニーは不思議そうに目を瞬かせた。

「だって、困っている人が目の前にいたら、助けるでしょう?」

 ――それが、すべてだった。

 エリオは、その日初めて、人前で声を上げて泣いた。
 汚れた頬を、泥まみれの手で拭いながら。

 こうして、黒髪黒目の侍従エリオの人生は、“マシュマロみたいな少女”に拾われた日から、静かに動き出したのである。


 エリオが、ステファニーを連れて家に帰ると、ボロ家から小さな影が飛び出してきた。

「エ、エリオ! 大丈夫!?」

 ボロ切れ同然の服に身を包み、同じように顔を泥で汚した少女。
 双子の妹、エメリーだった。

「……エメリー!ひとりで外に出るなって言っただろ!」

「だって……!」
 兄の鼻血を見て、エメリーの瞳が揺れる。

 その様子を見て、ステファニーはふっと表情を和らげた。

「あら、あなたは妹さん?」
(この子も綺麗なはずの赤のオーラが濁っているわ)

 エメリーは怯えながらも、ぎゅっと兄の服の裾を掴んだ。

「大丈夫よ。怪しい者ではないから」
 そう言って、優しく微笑む。

 エリオとエメリーは、顔を見合わせた。

「あなたたち、今夜、食べる物はある?」

 その問いに、二人は言葉を失った。沈黙が、すべてを物語っていた。

「なら、決まりですわ」
 ステファニーは、くるりと護衛と侍女を振り返る。

「この子たちを、オラニエ侯爵家へ連れて帰るわ」

「お、お嬢様!?」

 護衛も侍女も、さすがにどよめく。

「お風呂と、ご飯と、あと……清潔な服も必要ね。
 それから、医師も呼びましょう。鼻血、止まっていませんもの」

「ちょ、ちょっと待て! 俺たちは――寝たきりの母さんもいるんだ」
 エリオが、必死の形相でボロ家で休む母の存在を告げた。

「あら。それなら、お母様も一緒に三人でいらっしゃい」

 きっぱり。

「わたくしが“拾いました”もの」

 その一言で、すべてが決まった。




 オラニエ侯爵家の屋敷に着いた瞬間、エリオとエメリーは、完全に固まった。

(でか……)
(白っ……光ってる)

 言葉が出ない。

「さあ、お風呂ですわよ」

 そう言われ、連れて行かれたのは――風呂というより、小さな温泉だった。

「え……これ、全部……お湯?」

「もちろんですわ」

「……飲める?」

「飲まないで」

 即答だった。

 侍女たちに洗われるエメリーは、最初こそ抵抗したものの――

「ひゃっ!? あ、泡!? なにこれ、いい匂い!?」

「石鹸ですわ」

「ゆ、夢……?」

 泥が落ち、髪が洗われ、肌が見えるほどになると、侍女たちがざわめいた。

「まあ……美人さんね」
「なんて整った顔立ち……」

 一方、エリオはというと――

「待て! それは自分で――!」
「動かないでください」
「い、痛くは……あ、気持ちいい……」

 完全に敗北していた。



 風呂上がり。用意された食卓を前に、二人は再び固まる。

「……これ、全部……?」

「ええ。まずは、スープからですわ」

 恐る恐る口に運ぶ。

「……っ!」

 エメリーの目から、ぽろっと涙が落ちた。

「あ……あったかい……」

 エリオは、言葉もなく、震える手でパンを握りしめる。

(……水でふやかさなくても、そのまま、食べられる……)

「ゆっくりでいいのよ」

 そう言って、ステファニーは優しく見守っていた。

「ここでは、奪わなくていい。急がなくていいし、殴られもしないわ」

 二人は、堪えきれず、泣いた。

 食事の途中で、エリオがぽつりと言う。

「……あの、俺たち、働かないと……」

「その話は、明日ですわ」

 にっこり。

「今日は――生き延びたお祝いをしましょう。お母様も医師の診察を受けているわ」

 こうして、泥と飢えと恐怖しか知らなかった双子は、初めて、屋根のある場所で“安心して眠る夜”を迎えた。

 そしてこの日から、オラニエ侯爵家には、忠誠心が異様に高く、かつ恐ろしく美形で優秀な――そして、少しばかり毒舌な双子の従者が加わることになった。

 ちなみに、二人と一緒に救い出された母親も、ステファニーが手配した医師の治療によって見事に回復。今では屋敷の洗濯係として、太陽のような笑顔で元気に働くようになっている。

 彼らにとって、あの泥まみれの路地裏で「マシュマロの女神」に拾われたあの日こそが、人生で最高の幸運だった。

――だが、それはまた、別のお話。
______________

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