13 / 22
星読みの塔に棲まう深窓の賢者
しおりを挟む
ステファニーが王宮での生活を始めて数日。表向きは「パティシエ・ディーンの新作に目を輝かせる、愛らしいぽっちゃり令嬢」として浸透しつつあったが、その周囲では、目に見えない糸が確実に絡み合い始めていた。
ステファニーは今、自室のふかふかのソファに腰掛け、エメリーが淹れたハーブティーを楽しんでいた。
その愛らしい姿を見守る使用人たち──エメリーとエリック、そしてコレットの表情は、満足げであった。
(ああ……むちむちのお嬢様が、ふかふかのソファで、もこもこしている姿……癒やされる!)
だが、そのステファニーの視線は窓の外へ向けられていた。王宮の広大な敷地の先にある「歪み」を、確かに捉えている。
(……やっぱり、嫌な感じ。あちこちに、ロンデール伯爵と同じような『濁った黒』が点在しているわ……)
それは、空腹に喘ぐ民衆の恨みか、あるいは誰かが意図的に撒き散らしている「呪い」の残滓か。
「お嬢様、お顔の色がすぐれませんね。……お口直しに、このマカロンをどうぞ。甘さが、少しだけ憂いを連れ去ってくれるかもしれませんよ」
エメリーは、そっとマカロンを差し出すが、その目は明らかにこう語っていた。
(“甘味は万能薬”である、と。)
エメリーが差し出したのは、オラニエ侯爵邸から届いたばかりの、最高級のバターを使った特製品だ。
「ありがとう、エメリー。……でもね、わたくし、少しだけ胸が騒ぐの」
ステファニーがそう呟いた瞬間、扉がノックされた。
現れたのは、専属護衛のニコラスだった。彼の足取りは以前よりも軽く、その瞳にはステファニーへの深い敬意が宿っている。いまや彼は、王宮でも指折りの“ステファニー信奉者”となっていた。
「ステファニー様。……宰相サミュエル閣下が、少々お耳に入れたいことがあると」
「……宰相様が? 分かりましたわ。お通しして」
部屋に入ってきたサミュエルの「青いオーラ」は、以前にも増して鋭く研ぎ澄まされていた。
彼はステファニーの前に座ると、周囲の侍女たちを一度下げさせ、声を潜めた。その表情はいつになく真剣で、どこか期待を含んでいるようにも見えた。
「ステファニー様。『深窓の賢者』アストラル様をご存知かな?」
「アストラル様……? いいえ、存じ上げませんわ。美味しいお菓子を作る方でしょうか?」
ステファニーの問いに、サミュエルは微かに苦笑した。
「……いいえ。あの方は、王宮の最上階、星読みの塔に住まわれる世界に名だたる予言者であり、真理の探究者です。……陛下ですら、年に一度お会いできるかどうかの貴きお方ですが、あの方が『新しく入ったぽっちゃりした客人に会いたい』と仰っているのです」
ステファニーは首を傾げ、きょろきょろと周囲を見回した。
(……ぽっちゃりした客人って……この場にいる中で、条件に当てはまるの、わたくししかいませんわよね?
ええ、ええ。自覚はありますとも。鏡も毎朝見ておりますし)
誘われるまま、サミュエルと共に長い螺旋階段を上り、王宮の最果てにある「星読みの塔」へと足を踏み入れた。
石造りの螺旋階段を前に、ステファニーは胸を張って宣言した。
「だ、大丈夫ですわ。自分の足で登れます」
最初の数段は、確かに順調だった。
スカートの裾を持ち上げ、意気揚々と足を運ぶ。
――五分後。
「……ぜ、ぜぇ……」
肩は上下し、額には汗。
螺旋階段は終わりが見えず、同じ景色がぐるぐると続くだけだ。あまりの長さゆえに、途中で星空に近づいた気がしたのは──きっと気のせいのはずだ。
「……ステファニー様、少し休みますか」
後ろを歩いていた護衛騎士のニコラスが、控えめに声をかける。
「い、いえ……だいじょ……ぶ……ょ……」
言い終える前に、足がもつれた。
「――失礼します」
次の瞬間、視界がふわりと浮いた。
気づけば、ステファニーはニコラスの背に担がれていた。
「に、ニコラス!?」
「これ以上は危険です。ご無理をなさらず」
有無を言わせぬ安定感で、ニコラスは再び階段を上り始める。
真っ赤な顔で汗をにじませ、ステファニーの「ぜい、ぜい……」という荒い息遣いだけが、静謐な塔内にやけに鮮やかに響いていた。
だが、不思議なことに、揺れはほとんど感じない。
広い背中と、規則正しい足運びに身を委ねるうち、呼吸も少しずつ落ち着いていった。
(……背負われるって……こんなに楽でしたのね……)
やがて、階段の先に柔らかな光が見えた。
「着きましたよ、ステファニー様」
ニコラスがゆっくりと彼女を降ろす。
地に足が着いた瞬間、ステファニーは小さく息を吐き――ふわりと顔を上げた。
「……ありがとう、ニコラス。
あなたがいてくださって、本当に心強かったですわ」
その言葉は、飾り気も下心もない、ただの事実として紡がれた。
少し照れたように、けれど疑いのない笑顔。
まるで「信じ切っている」と言外に告げるような表情だった。
――その瞬間。
(……ああ)
ニコラスの胸の奥で、何かが静かに、しかし決定的に落ちた。
守るべき主ではない。
義務として仕える相手でもない。
――この人こそ、守り、仕えたい主人だ。
命じられたからではない。立場でも、契約でもない。ただ、この人が安心して前を向けるように。この人の笑顔が曇らぬように。
それだけで、剣を取る理由としては十分だった。
ニコラスの胸の奥で、静かに、しかし確かに誓いが結ばれる。この主のためなら、どんな階段も、どんな塔も、どんな敵も――越えてみせる。
彼は何も言わず、一歩下がって深く礼をした。
それは騎士としての形式であり、同時に、心からの忠誠だった。
天宮の最上階、部屋の中央、古い天体観測儀の影から、雪のような白い髭を蓄えた小柄な老人が姿を現した。
「ほっほっほ……。これはこれは、実に愛らしいぽっちゃりな令嬢がおいでくださった」
賢者アストラルは、厚いレンズの眼鏡越しに、ステファニーをじっと見つめた。
その瞬間、ステファニーは驚いた。老人の周囲には、今まで見たこともない、七色に揺らめく透明な光が満ちていたのだ。
つい、普段なら慎重に飲み込んでいる“正直な感想”が、小さなつぶやきとなって口をすべり落ちた。
「まあ……あなた様、とっても綺麗な色をなさっているのね」
──初対面一言目が色評。礼儀より感想が先に立った瞬間である。
アストラルは、その言葉を聞いた瞬間、動きを止めた。そして、ステファニーのアメジストの瞳を覗き込むように顔を近づける。
「ほっほっほ! これは驚いた。……やはりそうか。お嬢さん、おまえさんのその目は、伝説に名高い『彩光(さいこう)の目』、万物の本質を色として捉える神の絵筆の化身よ」
「さいこうのめ……?」
「左様。人の嘘も、国の病も、すべてはおまえさんの目に映る『淀み』にすぎん。……世界を揺るがす人物か、あるいは救う人物か。
ほっほっほ、わしの退屈な余生に、とびきりの楽しみが舞い込んできたわい」
賢者アストラルは愉快そうに笑いながら、傍らにあった高級な砂糖菓子をステファニーに差し出した。
「これを食べなさい。知恵を絞るには糖分が必要じゃ。……おまえさんがその目で『黒』を見つけたのなら、それは間違いなく、この国に巣食う本物の闇じゃろうて」
塔を降りる帰り道。サミュエルは、賢者の言葉に深く衝撃を受けた様子で沈黙していた。
そして、部屋に戻り、人払いを済ませた後、彼はついにステファニーに向き合った。
「……ステファニー嬢。賢者アストラル様のあのような態度は、三十年仕える私も初めて見ました。
……単刀直入に伺おう。君は、謁見の間でロンデール伯爵の中に、何を見たのですか?」
ステファニーは、賢者アストラルからもらったお菓子を頬張りながら、静かに答えた。
「……あれは、色ではありませんでしたわ。……それは、光をすべて吸い込んで、何も残さない『虚無の黒』です」。あの方の周りだけ、冷たい風が吹いているようでした」
サミュエルの指先がわずかに震え、その瞳に、鋭い決意の光が宿る。
「やはりか…… 賢者アストラルが認めた君が暴いたその『虚無の黒』……放置するわけにはいかんな」
こうして、伝説の賢者の「お墨付き」を得たステファニーの瞳は、王宮を揺るがす真実を暴くための、最も強力な武器として認められたのだ。
「……虚無、か。……私の調べでも、彼の管轄する穀物庫からは、不自然なほどの『損失』が出ている。
彼はわざと国を飢えさせようとしているのかもしれない」
「お腹が空くと、人は優しくなれませんもの。……ロンデール伯爵は、その『トゲトゲした心』を集めて、どこに向けようとしているのかしら?」
十二歳の少女が口にした言葉は、サミュエルが最も恐れていた事態そのものだった。
「……君のその『瞳』を、信じてみようと思います。……ステファニー嬢、これから王宮は騒がしくなるでしょう。……だが、君だけは、そのマシュマロのような柔らかさを失わないでいてほしい」
「ふふ、もちろんですわ。……わたくしが痩せてしまったら、お父様とお兄様が王宮を更地にしてしまいますもの」
ステファニーの冗談に、サミュエルは初めて声を立てて笑った。
王宮の平穏な空気を切り裂くように、報せが舞い込んだ。
王妃の“目”である侍女のコレットと護衛のニコラスからだった。
「――第一王子アルバート殿下が、激しい癇癪を起こされ、自室にお引きこもりになったとのことです」
低く抑えた声で告げられたその内容に、場の空気が一瞬、張り詰める。
その瞬間、ステファニーのオーラが、ほんの一瞬だけ鋭い《紫》に弾けた。
(……始まったわ。王子の心に、誰かが“毒”を投げ込んだのね)
コレットとニコラスは、それ以上を語らない。
だが二人の表情が、その事態の深刻さを雄弁に物語っていた。
――そんな緊迫した空気の中、今度はオラニエ公爵家から、嬉しい知らせが届く。
「あら、サイラスお兄様がいらっしゃるそうよ」
ステファニーはぱっと表情を和らげ、愛らしい微笑みを浮かべた。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援宜しくお願いします🙇
ステファニーは今、自室のふかふかのソファに腰掛け、エメリーが淹れたハーブティーを楽しんでいた。
その愛らしい姿を見守る使用人たち──エメリーとエリック、そしてコレットの表情は、満足げであった。
(ああ……むちむちのお嬢様が、ふかふかのソファで、もこもこしている姿……癒やされる!)
だが、そのステファニーの視線は窓の外へ向けられていた。王宮の広大な敷地の先にある「歪み」を、確かに捉えている。
(……やっぱり、嫌な感じ。あちこちに、ロンデール伯爵と同じような『濁った黒』が点在しているわ……)
それは、空腹に喘ぐ民衆の恨みか、あるいは誰かが意図的に撒き散らしている「呪い」の残滓か。
「お嬢様、お顔の色がすぐれませんね。……お口直しに、このマカロンをどうぞ。甘さが、少しだけ憂いを連れ去ってくれるかもしれませんよ」
エメリーは、そっとマカロンを差し出すが、その目は明らかにこう語っていた。
(“甘味は万能薬”である、と。)
エメリーが差し出したのは、オラニエ侯爵邸から届いたばかりの、最高級のバターを使った特製品だ。
「ありがとう、エメリー。……でもね、わたくし、少しだけ胸が騒ぐの」
ステファニーがそう呟いた瞬間、扉がノックされた。
現れたのは、専属護衛のニコラスだった。彼の足取りは以前よりも軽く、その瞳にはステファニーへの深い敬意が宿っている。いまや彼は、王宮でも指折りの“ステファニー信奉者”となっていた。
「ステファニー様。……宰相サミュエル閣下が、少々お耳に入れたいことがあると」
「……宰相様が? 分かりましたわ。お通しして」
部屋に入ってきたサミュエルの「青いオーラ」は、以前にも増して鋭く研ぎ澄まされていた。
彼はステファニーの前に座ると、周囲の侍女たちを一度下げさせ、声を潜めた。その表情はいつになく真剣で、どこか期待を含んでいるようにも見えた。
「ステファニー様。『深窓の賢者』アストラル様をご存知かな?」
「アストラル様……? いいえ、存じ上げませんわ。美味しいお菓子を作る方でしょうか?」
ステファニーの問いに、サミュエルは微かに苦笑した。
「……いいえ。あの方は、王宮の最上階、星読みの塔に住まわれる世界に名だたる予言者であり、真理の探究者です。……陛下ですら、年に一度お会いできるかどうかの貴きお方ですが、あの方が『新しく入ったぽっちゃりした客人に会いたい』と仰っているのです」
ステファニーは首を傾げ、きょろきょろと周囲を見回した。
(……ぽっちゃりした客人って……この場にいる中で、条件に当てはまるの、わたくししかいませんわよね?
ええ、ええ。自覚はありますとも。鏡も毎朝見ておりますし)
誘われるまま、サミュエルと共に長い螺旋階段を上り、王宮の最果てにある「星読みの塔」へと足を踏み入れた。
石造りの螺旋階段を前に、ステファニーは胸を張って宣言した。
「だ、大丈夫ですわ。自分の足で登れます」
最初の数段は、確かに順調だった。
スカートの裾を持ち上げ、意気揚々と足を運ぶ。
――五分後。
「……ぜ、ぜぇ……」
肩は上下し、額には汗。
螺旋階段は終わりが見えず、同じ景色がぐるぐると続くだけだ。あまりの長さゆえに、途中で星空に近づいた気がしたのは──きっと気のせいのはずだ。
「……ステファニー様、少し休みますか」
後ろを歩いていた護衛騎士のニコラスが、控えめに声をかける。
「い、いえ……だいじょ……ぶ……ょ……」
言い終える前に、足がもつれた。
「――失礼します」
次の瞬間、視界がふわりと浮いた。
気づけば、ステファニーはニコラスの背に担がれていた。
「に、ニコラス!?」
「これ以上は危険です。ご無理をなさらず」
有無を言わせぬ安定感で、ニコラスは再び階段を上り始める。
真っ赤な顔で汗をにじませ、ステファニーの「ぜい、ぜい……」という荒い息遣いだけが、静謐な塔内にやけに鮮やかに響いていた。
だが、不思議なことに、揺れはほとんど感じない。
広い背中と、規則正しい足運びに身を委ねるうち、呼吸も少しずつ落ち着いていった。
(……背負われるって……こんなに楽でしたのね……)
やがて、階段の先に柔らかな光が見えた。
「着きましたよ、ステファニー様」
ニコラスがゆっくりと彼女を降ろす。
地に足が着いた瞬間、ステファニーは小さく息を吐き――ふわりと顔を上げた。
「……ありがとう、ニコラス。
あなたがいてくださって、本当に心強かったですわ」
その言葉は、飾り気も下心もない、ただの事実として紡がれた。
少し照れたように、けれど疑いのない笑顔。
まるで「信じ切っている」と言外に告げるような表情だった。
――その瞬間。
(……ああ)
ニコラスの胸の奥で、何かが静かに、しかし決定的に落ちた。
守るべき主ではない。
義務として仕える相手でもない。
――この人こそ、守り、仕えたい主人だ。
命じられたからではない。立場でも、契約でもない。ただ、この人が安心して前を向けるように。この人の笑顔が曇らぬように。
それだけで、剣を取る理由としては十分だった。
ニコラスの胸の奥で、静かに、しかし確かに誓いが結ばれる。この主のためなら、どんな階段も、どんな塔も、どんな敵も――越えてみせる。
彼は何も言わず、一歩下がって深く礼をした。
それは騎士としての形式であり、同時に、心からの忠誠だった。
天宮の最上階、部屋の中央、古い天体観測儀の影から、雪のような白い髭を蓄えた小柄な老人が姿を現した。
「ほっほっほ……。これはこれは、実に愛らしいぽっちゃりな令嬢がおいでくださった」
賢者アストラルは、厚いレンズの眼鏡越しに、ステファニーをじっと見つめた。
その瞬間、ステファニーは驚いた。老人の周囲には、今まで見たこともない、七色に揺らめく透明な光が満ちていたのだ。
つい、普段なら慎重に飲み込んでいる“正直な感想”が、小さなつぶやきとなって口をすべり落ちた。
「まあ……あなた様、とっても綺麗な色をなさっているのね」
──初対面一言目が色評。礼儀より感想が先に立った瞬間である。
アストラルは、その言葉を聞いた瞬間、動きを止めた。そして、ステファニーのアメジストの瞳を覗き込むように顔を近づける。
「ほっほっほ! これは驚いた。……やはりそうか。お嬢さん、おまえさんのその目は、伝説に名高い『彩光(さいこう)の目』、万物の本質を色として捉える神の絵筆の化身よ」
「さいこうのめ……?」
「左様。人の嘘も、国の病も、すべてはおまえさんの目に映る『淀み』にすぎん。……世界を揺るがす人物か、あるいは救う人物か。
ほっほっほ、わしの退屈な余生に、とびきりの楽しみが舞い込んできたわい」
賢者アストラルは愉快そうに笑いながら、傍らにあった高級な砂糖菓子をステファニーに差し出した。
「これを食べなさい。知恵を絞るには糖分が必要じゃ。……おまえさんがその目で『黒』を見つけたのなら、それは間違いなく、この国に巣食う本物の闇じゃろうて」
塔を降りる帰り道。サミュエルは、賢者の言葉に深く衝撃を受けた様子で沈黙していた。
そして、部屋に戻り、人払いを済ませた後、彼はついにステファニーに向き合った。
「……ステファニー嬢。賢者アストラル様のあのような態度は、三十年仕える私も初めて見ました。
……単刀直入に伺おう。君は、謁見の間でロンデール伯爵の中に、何を見たのですか?」
ステファニーは、賢者アストラルからもらったお菓子を頬張りながら、静かに答えた。
「……あれは、色ではありませんでしたわ。……それは、光をすべて吸い込んで、何も残さない『虚無の黒』です」。あの方の周りだけ、冷たい風が吹いているようでした」
サミュエルの指先がわずかに震え、その瞳に、鋭い決意の光が宿る。
「やはりか…… 賢者アストラルが認めた君が暴いたその『虚無の黒』……放置するわけにはいかんな」
こうして、伝説の賢者の「お墨付き」を得たステファニーの瞳は、王宮を揺るがす真実を暴くための、最も強力な武器として認められたのだ。
「……虚無、か。……私の調べでも、彼の管轄する穀物庫からは、不自然なほどの『損失』が出ている。
彼はわざと国を飢えさせようとしているのかもしれない」
「お腹が空くと、人は優しくなれませんもの。……ロンデール伯爵は、その『トゲトゲした心』を集めて、どこに向けようとしているのかしら?」
十二歳の少女が口にした言葉は、サミュエルが最も恐れていた事態そのものだった。
「……君のその『瞳』を、信じてみようと思います。……ステファニー嬢、これから王宮は騒がしくなるでしょう。……だが、君だけは、そのマシュマロのような柔らかさを失わないでいてほしい」
「ふふ、もちろんですわ。……わたくしが痩せてしまったら、お父様とお兄様が王宮を更地にしてしまいますもの」
ステファニーの冗談に、サミュエルは初めて声を立てて笑った。
王宮の平穏な空気を切り裂くように、報せが舞い込んだ。
王妃の“目”である侍女のコレットと護衛のニコラスからだった。
「――第一王子アルバート殿下が、激しい癇癪を起こされ、自室にお引きこもりになったとのことです」
低く抑えた声で告げられたその内容に、場の空気が一瞬、張り詰める。
その瞬間、ステファニーのオーラが、ほんの一瞬だけ鋭い《紫》に弾けた。
(……始まったわ。王子の心に、誰かが“毒”を投げ込んだのね)
コレットとニコラスは、それ以上を語らない。
だが二人の表情が、その事態の深刻さを雄弁に物語っていた。
――そんな緊迫した空気の中、今度はオラニエ公爵家から、嬉しい知らせが届く。
「あら、サイラスお兄様がいらっしゃるそうよ」
ステファニーはぱっと表情を和らげ、愛らしい微笑みを浮かべた。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援宜しくお願いします🙇
1,538
あなたにおすすめの小説
奪う人たちは放っておいて私はお菓子を焼きます
タマ マコト
ファンタジー
伯爵家の次女クラリス・フォン・ブランディエは、姉ヴィオレッタと常に比較され、「控えめでいなさい」と言われ続けて育った。やがて姉の縁談を機に、母ベアトリスの価値観の中では自分が永遠に“引き立て役”でしかないと悟ったクラリスは、父が遺した領都の家を頼りに自ら家を出る。
領都の端でひとり焼き菓子を焼き始めた彼女は、午後の光が差す小さな店『午後の窓』を開く。そこへ、紅茶の香りに異様に敏感な謎の青年が現れる。名も素性も明かさぬまま、ただ菓子の味を静かに言い当てる彼との出会いが、クラリスの新しい人生をゆっくりと動かし始める。
奪い合う世界から離れ、比較されない場所で生きると決めた少女の、静かな再出発の物語。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました!
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!
山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。
「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」
周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。
アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。
ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。
その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。
そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる