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Ⅷ ヴァルディア王国
8 セレーネ王女の狙い
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アルデリア山の夜は冷たく澄み、ヴァルディア王城の尖塔に灯された無数の灯火が、まるで星々が地上に舞い降りたように煌めいていた。
黄金の竜を象った燭台に火が灯され、香り高い薬草酒が注がれる。山で採れた宝石のような果実と香料が、夜の空気にほの甘い香を添えていた。
大広間の中央には長大な白金のテーブル。両脇にはヴァルディアの貴族たちが並び、奥には王族、レオニード王とエスメラルダ王妃、そしてアウレリオ王太子とセレーネ王女が座している。
その中央、来賓として招かれたのは──ローゼンタール王国の王太子、ナザレフ・ジャン・ローゼンタール。
漆黒の髪に深紅のマントを纏い、どこか静謐な気配を纏う青年。彼の一挙手一投足に、会場の視線が吸い寄せられる。
セレーネ王女もまた、その一人だった。
(完璧ね……。これほどの存在感、まるで竜神の化身みたい)
桃色の髪をゆるやかに結い上げ、蒼い宝石を散らしたセレーネ王女は、わずかに唇を上げた。
隣で微笑む母エスメラルダの静かな威厳にも似ず、彼女の瞳には明確な“狩人の光”が宿っている。
「ごきげんよう、ナザレフ王太子殿下。ヴァルディアへようこそ。アルデリアの山々も、貴方のような方をお迎えできて喜んでおりますわ」
完璧な微笑と共に、軽く裾を持ち上げて一礼。
だが、ナザレフの反応は淡々としていた。
「光栄です、王女殿下。貴国の美しさは聞き及んでいましたが、実際に目にすると──神話のようだ」
一見褒め言葉。しかし、その声には距離があった。
セレーネはその微妙な温度差を瞬時に悟る。
(……あら。簡単には落ちないタイプ? 面白いわね)
晩餐が進む中、もう一人の注目の人物がいた。
カルリスタ王国の第三王子、ニコラス・カルリスタ。
金髪に青の瞳、柔らかな笑みと知的な雰囲気で、多くの貴族令嬢の視線を集めている。
セレーネの兄アウレリオ王太子とは旧知の仲で、彼の隣に座り穏やかに語らっていた。
そこへ、レーヴェン伯爵家の令嬢、マーガレット・レーヴェンが姿を現す。
白いドレスに銀糸の刺繍。知的で静かな微笑を浮かべ、「白き塔の才女」と称えられる女性だ。
彼女はナザレフ王太子とも短く挨拶を交わし、落ち着いた態度で場を和ませる。
(……あの子、目障りね)
セレーネの中で、嫉妬というよりも“挑戦”の火が灯った。
ナザレフがマーガレットの話を静かに聞いて微笑む様子を見て、王女の指先がわずかにテーブルを叩く。
休憩の合間、セレーネは取り巻きの令嬢たちを引き連れ、マーガレットに近づいた。
「まあ、“白き塔の才女”ですって? さぞ高尚なお話をなさるのでしょうね。……でも、塔の中ばかりに籠もっていては、王子の心は掴めませんわよ?」
取り巻きたちが小さく笑う。
だが、マーガレットは怯まず、静かに微笑み返した。
「王女殿下。心を掴むことよりも、理解し合うことの方が大切だと思いますわ」
その瞬間、ナザレフ王太子の低い声が響いた。
「王女殿下。貴女の言葉は過ぎる。マーガレット嬢に非はない」
周囲の空気が凍りつく。
セレーネは一瞬、頬を赤らめたが、すぐに笑顔を作る。
「まあ……ご忠告、感謝いたしますわ。ナザレフ殿下の前で少し冗談が過ぎましたわね」
マーガレットがそっと頭を下げ、ナザレフは視線を逸らした。
だがその瞬間、セレーネの胸の奥には静かな怒りと屈辱が渦を巻く。
(庇ってもらって……いい子ぶるなんて。つまらない子)
晩餐会の後、王城のバルコニーに出たセレーネ王女は、群青の夜空に浮かぶアルデリア山の頂を見つめていた。
風に揺れるドレスの裾、薄氷のような光を宿すサファイアの瞳。
(ナザレフ様は私を見なかった。……でも、ニコラス殿下なら違うわ。あの柔らかな微笑、その奥に何を隠しているのか。知りたい──いいえ、手に入れたい)
やがて彼女は振り返り、侍女に言い放つ。
「カルリスタ王国への留学を申し込みます。名目は“信仰と文化の研究”……いいえ、“未来の交流”のためよ」
その夜、アルデリアの風は冷たく吹き抜けたが、セレーネの瞳だけは熱を帯びていた。
彼女の次なる舞台──カルリスタ王国への道が、静かに開かれる。
つづく
_______________
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黄金の竜を象った燭台に火が灯され、香り高い薬草酒が注がれる。山で採れた宝石のような果実と香料が、夜の空気にほの甘い香を添えていた。
大広間の中央には長大な白金のテーブル。両脇にはヴァルディアの貴族たちが並び、奥には王族、レオニード王とエスメラルダ王妃、そしてアウレリオ王太子とセレーネ王女が座している。
その中央、来賓として招かれたのは──ローゼンタール王国の王太子、ナザレフ・ジャン・ローゼンタール。
漆黒の髪に深紅のマントを纏い、どこか静謐な気配を纏う青年。彼の一挙手一投足に、会場の視線が吸い寄せられる。
セレーネ王女もまた、その一人だった。
(完璧ね……。これほどの存在感、まるで竜神の化身みたい)
桃色の髪をゆるやかに結い上げ、蒼い宝石を散らしたセレーネ王女は、わずかに唇を上げた。
隣で微笑む母エスメラルダの静かな威厳にも似ず、彼女の瞳には明確な“狩人の光”が宿っている。
「ごきげんよう、ナザレフ王太子殿下。ヴァルディアへようこそ。アルデリアの山々も、貴方のような方をお迎えできて喜んでおりますわ」
完璧な微笑と共に、軽く裾を持ち上げて一礼。
だが、ナザレフの反応は淡々としていた。
「光栄です、王女殿下。貴国の美しさは聞き及んでいましたが、実際に目にすると──神話のようだ」
一見褒め言葉。しかし、その声には距離があった。
セレーネはその微妙な温度差を瞬時に悟る。
(……あら。簡単には落ちないタイプ? 面白いわね)
晩餐が進む中、もう一人の注目の人物がいた。
カルリスタ王国の第三王子、ニコラス・カルリスタ。
金髪に青の瞳、柔らかな笑みと知的な雰囲気で、多くの貴族令嬢の視線を集めている。
セレーネの兄アウレリオ王太子とは旧知の仲で、彼の隣に座り穏やかに語らっていた。
そこへ、レーヴェン伯爵家の令嬢、マーガレット・レーヴェンが姿を現す。
白いドレスに銀糸の刺繍。知的で静かな微笑を浮かべ、「白き塔の才女」と称えられる女性だ。
彼女はナザレフ王太子とも短く挨拶を交わし、落ち着いた態度で場を和ませる。
(……あの子、目障りね)
セレーネの中で、嫉妬というよりも“挑戦”の火が灯った。
ナザレフがマーガレットの話を静かに聞いて微笑む様子を見て、王女の指先がわずかにテーブルを叩く。
休憩の合間、セレーネは取り巻きの令嬢たちを引き連れ、マーガレットに近づいた。
「まあ、“白き塔の才女”ですって? さぞ高尚なお話をなさるのでしょうね。……でも、塔の中ばかりに籠もっていては、王子の心は掴めませんわよ?」
取り巻きたちが小さく笑う。
だが、マーガレットは怯まず、静かに微笑み返した。
「王女殿下。心を掴むことよりも、理解し合うことの方が大切だと思いますわ」
その瞬間、ナザレフ王太子の低い声が響いた。
「王女殿下。貴女の言葉は過ぎる。マーガレット嬢に非はない」
周囲の空気が凍りつく。
セレーネは一瞬、頬を赤らめたが、すぐに笑顔を作る。
「まあ……ご忠告、感謝いたしますわ。ナザレフ殿下の前で少し冗談が過ぎましたわね」
マーガレットがそっと頭を下げ、ナザレフは視線を逸らした。
だがその瞬間、セレーネの胸の奥には静かな怒りと屈辱が渦を巻く。
(庇ってもらって……いい子ぶるなんて。つまらない子)
晩餐会の後、王城のバルコニーに出たセレーネ王女は、群青の夜空に浮かぶアルデリア山の頂を見つめていた。
風に揺れるドレスの裾、薄氷のような光を宿すサファイアの瞳。
(ナザレフ様は私を見なかった。……でも、ニコラス殿下なら違うわ。あの柔らかな微笑、その奥に何を隠しているのか。知りたい──いいえ、手に入れたい)
やがて彼女は振り返り、侍女に言い放つ。
「カルリスタ王国への留学を申し込みます。名目は“信仰と文化の研究”……いいえ、“未来の交流”のためよ」
その夜、アルデリアの風は冷たく吹き抜けたが、セレーネの瞳だけは熱を帯びていた。
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