【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

文字の大きさ
74 / 107
Ⅷ ヴァルディア王国

8 セレーネ王女の狙い

しおりを挟む
 アルデリア山の夜は冷たく澄み、ヴァルディア王城の尖塔に灯された無数の灯火が、まるで星々が地上に舞い降りたように煌めいていた。
 黄金の竜を象った燭台に火が灯され、香り高い薬草酒が注がれる。山で採れた宝石のような果実と香料が、夜の空気にほの甘い香を添えていた。

 大広間の中央には長大な白金のテーブル。両脇にはヴァルディアの貴族たちが並び、奥には王族、レオニード王とエスメラルダ王妃、そしてアウレリオ王太子とセレーネ王女が座している。
 その中央、来賓として招かれたのは──ローゼンタール王国の王太子、ナザレフ・ジャン・ローゼンタール。

 漆黒の髪に深紅のマントを纏い、どこか静謐な気配を纏う青年。彼の一挙手一投足に、会場の視線が吸い寄せられる。
 セレーネ王女もまた、その一人だった。

(完璧ね……。これほどの存在感、まるで竜神の化身みたい)
 桃色の髪をゆるやかに結い上げ、蒼い宝石を散らしたセレーネ王女は、わずかに唇を上げた。
 隣で微笑む母エスメラルダの静かな威厳にも似ず、彼女の瞳には明確な“狩人の光”が宿っている。

「ごきげんよう、ナザレフ王太子殿下。ヴァルディアへようこそ。アルデリアの山々も、貴方のような方をお迎えできて喜んでおりますわ」

 完璧な微笑と共に、軽く裾を持ち上げて一礼。
 だが、ナザレフの反応は淡々としていた。

「光栄です、王女殿下。貴国の美しさは聞き及んでいましたが、実際に目にすると──神話のようだ」

 一見褒め言葉。しかし、その声には距離があった。
 セレーネはその微妙な温度差を瞬時に悟る。

(……あら。簡単には落ちないタイプ? 面白いわね)

 晩餐が進む中、もう一人の注目の人物がいた。
 カルリスタ王国の第三王子、ニコラス・カルリスタ。
 金髪に青の瞳、柔らかな笑みと知的な雰囲気で、多くの貴族令嬢の視線を集めている。
 セレーネの兄アウレリオ王太子とは旧知の仲で、彼の隣に座り穏やかに語らっていた。

 そこへ、レーヴェン伯爵家の令嬢、マーガレット・レーヴェンが姿を現す。
 白いドレスに銀糸の刺繍。知的で静かな微笑を浮かべ、「白き塔の才女」と称えられる女性だ。
 彼女はナザレフ王太子とも短く挨拶を交わし、落ち着いた態度で場を和ませる。

(……あの子、目障りね)

 セレーネの中で、嫉妬というよりも“挑戦”の火が灯った。
 ナザレフがマーガレットの話を静かに聞いて微笑む様子を見て、王女の指先がわずかにテーブルを叩く。

 休憩の合間、セレーネは取り巻きの令嬢たちを引き連れ、マーガレットに近づいた。
「まあ、“白き塔の才女”ですって? さぞ高尚なお話をなさるのでしょうね。……でも、塔の中ばかりに籠もっていては、王子の心は掴めませんわよ?」

 取り巻きたちが小さく笑う。
 だが、マーガレットは怯まず、静かに微笑み返した。

「王女殿下。心を掴むことよりも、理解し合うことの方が大切だと思いますわ」

 その瞬間、ナザレフ王太子の低い声が響いた。
「王女殿下。貴女の言葉は過ぎる。マーガレット嬢に非はない」

 周囲の空気が凍りつく。
 セレーネは一瞬、頬を赤らめたが、すぐに笑顔を作る。

「まあ……ご忠告、感謝いたしますわ。ナザレフ殿下の前で少し冗談が過ぎましたわね」

 マーガレットがそっと頭を下げ、ナザレフは視線を逸らした。
 だがその瞬間、セレーネの胸の奥には静かな怒りと屈辱が渦を巻く。

(庇ってもらって……いい子ぶるなんて。つまらない子)

 晩餐会の後、王城のバルコニーに出たセレーネ王女は、群青の夜空に浮かぶアルデリア山の頂を見つめていた。
 風に揺れるドレスの裾、薄氷のような光を宿すサファイアの瞳。

(ナザレフ様は私を見なかった。……でも、ニコラス殿下なら違うわ。あの柔らかな微笑、その奥に何を隠しているのか。知りたい──いいえ、手に入れたい)

 やがて彼女は振り返り、侍女に言い放つ。

「カルリスタ王国への留学を申し込みます。名目は“信仰と文化の研究”……いいえ、“未来の交流”のためよ」

 その夜、アルデリアの風は冷たく吹き抜けたが、セレーネの瞳だけは熱を帯びていた。
 彼女の次なる舞台──カルリスタ王国への道が、静かに開かれる。

つづく

_______________

いいね❤️&応援ありがとうございます🌿
皆さまのひと押しが執筆の力になります✨


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

処理中です...