【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅸ ルナリア王国: シリウス訪問

1 マーガレットの帰国準備

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 マーガレットの容体が安定すると、療護院では彼女のカルリスタ王国への帰国準備が進められた。
 アルデリス山から吹き下ろす冷涼な風が窓を揺らし、マーガレットの淡い金髪をそっと撫でる。

 ニコラスは、その様子を複雑な胸中で見つめていた。

「……本当は、君の帰国に同行したかったんだ」

 彼のその一言に、マーガレットは微笑んだ。

 しかし――

「ニコラス殿下はアルマディス公国への親善滞在の任務中。これ以上の同行は……」

 側近のエドガー伯爵令息の苦い声が告げる現実。
 ニコラスも理解している。理解しているのに、胸が引き裂かれるほど悔しい。

 彼は最後にマーガレットの手を握りしめ、言葉を絞り出した。

「落ち着いたら……また会えるね?」

 マーガレットは大きく頷いた。

◇◇◇

 マーガレットとダニエル伯爵は療護院の院長やシスターたちへ深い感謝を述べた。

「このご恩は、一生忘れません。本当に……ありがとうございました」

 ダニエル伯爵が深々と頭を下げると、院長は穏やかに微笑んだ。

「助けたのは、ただの医師として当然の務めですよ。彼女が元気になってくれれば、それが何よりの報酬です」

 だが、ダニエル伯爵は首を振った。

「それでも……受け取ってください」

 差し出された寄付金の額に、院長もシスターも息を呑む。
 ワイス商会もまた、「今後も療護院には最大限の便宜を図る」と誓った。

 ヴァルディアの山に生きる人々が、静かに深く頭を下げる。

 ローゼンタール王国のナザレフ王太子も、帰国の途につく前にマーガレットに言葉を残した。

「君が助かって、本当に良かった。古代魔導学を語り合った友を失わずに済んで……私は救われたよ」

 そして大きく伸びをし、乾いた笑みを浮かべる。

「さあ、たまった仕事を片付けなければな。国に戻ったら、また“お堅い会議”が山ほど待っているからね」

 最後にウインクし、彼は颯爽と帰国した。

◇◇◇

 カルリスタ帰国の準備が整った頃――
 マーガレットは突然、父と医師、そして周囲の人々に告げた。

「私……ルナリア王国へ行きたいのです」

 その場にいた全員が固まった。

「な……何を言っているんだ、マーガレット!」
「危険すぎます!」
「今度こそ命が危うい!」

 反対の声が渦巻く中、マーガレットは強い光を宿す瞳で一歩前へ。

「私、シリウス様に……会いたいのです」

 ダニエル伯爵は言葉を失った。
 マーガレットは続ける。

「彼は罪を犯しました。でも……あの人の魔導の才能は、国の損失になるほどのものです。
 誰かが、彼に“もう一度やり直す道”を……示すべきなのです」

 まっすぐな声だった。
 震えてなどいない。

 シリウスが自分を傷つけた男であることを理解したうえで、それでも彼の未来を救おうとする――マーガレットの優しさと清廉さがそこにあった。

 マーガレットの強い意志により、ルナリア王国への渡航が決まった。

◇◇◇

 そこでまず訪れたのは――シリウスの両親が暮らす公爵領。

 前大導師にして、かつては王政の顧問の父クラウスと、古代魔導言語の権威で誰もが敬う天才、母アデライン。公爵夫妻は、マーガレットの手紙を読むと、震える手で口元を押さえ、やがて声を上げて泣き崩れた。

「シリウスは……あの子は……取り返しのつかないことを……。それでも……そんな……」

 マーガレットの“許し”と“願い”が、公爵夫妻の心を溶かしたのだ。

「マーガレット様……。あなたは……なんて慈悲深い方なのでしょう……」

 夫妻は深く頭を下げた。

つづく

_______________

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