【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅸ ルナリア王国: シリウス訪問

2 シリウスとの面会

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ルナリア王国シリウス公爵家の離れ。
 古い石造りの壁に囲まれた一室で、シリウスは“魔封じ”の銀鎖を腕に巻かれ、ひっそりと幽閉されていた。

 魔力は完全に封じられ、外界との接触は最小限。
 それなのに――彼は毎日、机に積まれた魔導書だけは離そうとしない。

 ぼんやりした視線のまま、ページだけをめくる。
 そこには、以前の自信に満ちた天才魔導官の面影はなかった。

◇◇◇

「……あの子を、ひとりきりにはできません」

 マーガレットを迎えた応接間で、公爵夫人は静かに、しかし確固とした声で告げた。

「もし、私たちのどちらかに“もしものこと“があれば……シリウスを残して逝くことはできません。
 ゆえに――毒杯を賜る覚悟でございます」

 マーガレットは息を呑んだ。

 なんという、深い愛情。
 なんという、重い決意。

「……公爵様、夫人。どうか、そのようなことは――」

「いえ、決めたことです。
 シリウスは……それほど、取り返しのつかない罪を犯しました」

 公爵は責めるのではなく、わが子を案じる気持ちだけで言った。
 マーガレットの胸に痛みが走る。

 公爵夫妻の案内で、マーガレットはシリウスとの面会に向かった。

 魔封じの部屋の扉が開く。

 振り向いたシリウスの瞳が、まるく見開かれた。

「……マ……マーガレット……じょう?」

 彼は後ずさり、手足を震わせ、視線が定まらない。

「ま、待って……来ないで……どうして……どうして……!」

「シリウス様。私は元気です。話を――」

「嘘だっ……嘘だ!!私は……私は……!ああああああああ!!」

 叫び声を上げたその瞬間、シリウスは真後ろに倒れ、昏倒した。

 二時間後。

 目を覚ましたシリウスは、泣き腫らしたような目でマーガレットを見つめた。

「……あの護符……干渉波が……詠唱に……。
 転移魔術の座標が狂って……あんな遠くへ飛ばすつもりは……なかったんだ。
 王都の近くに……戻ってくるはずだった……。
 大人気ない……ただの嫌がらせ……なのに……」

 胸を押さえ、嗚咽が漏れる。

「し……死ななくて……よかった……。
 本当に……ごめ……ごめん……なさい……!」

 魔封じで魔力を奪われた二十八歳の青年は、ただの“弱い青年”に戻っていた。
 震えながら顔を両手で覆い、子どものように泣いている。

 マーガレットはゆっくりと彼の隣に座り、そっと手を置いた。

「シリウス様。あなたの罪は軽くありません。
 でも――命を奪おうとしたわけではなかった。
 あなたが今、心から悔いているのは分かります」

 泣き続けるシリウスを真っ直ぐ見つめ、強い声で言い放つ。

「だからこそ、償いなさい!シリウス!」

 シリウスの肩がびくりと震えた。

「今回の“護符による事故のような転移”を、あなた自身の手で解析しなさい!
 あなたは優秀な魔導官なのでしょう?
 ご両親に負けない“立派な魔導官”であることを――証明しなさい!」

「っ……!」

 涙がまた溢れる。

「それが……あなたの贖罪です。
 わかりましたか、シリウス様!」

「……う、うぁ……ひっ……
 マーガレット、嬢に……
 あなたに……ひどいことを……僕の方……なのに……」

 マーガレットは、少し呆れたように微笑んだ。

「あなた、本当に……よく泣きますわね」
 マーガレットは慈愛に満ちた聖母の眼差しをシリウスに向け微笑んだ。

「ミレーユは――カルリスタ王国の修道院に戻されています」

「……そ、そうなんだ……」

「あなたが彼女の恋心を利用しようとした行為、決して許せません。ですが、彼女にも……罪を償う時間が必要です」

 マーガレットは少し厳しい声で続けた。

「シリウス様。ミレーユに“謝罪の手紙”を書いてください。
 あなたの行いが、彼女の心を惑わせた責任もあるのです」

「……はい……」

つづく

_______________

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