【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅸ ルナリア王国: シリウス訪問

5 それぞれの反響

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 ナザレフ王太子は書簡を握り締め、眉をひそめた。

「は? どういうことだ……? なぜ、マーガレット嬢が、あのシリウス魔導官と面会する必要があるというのだ……」

 机の上に置かれた地図や書類に目を落としながら、心の中で独り言をつぶやく。
「彼女は、自分の命を危険に晒した相手にまで、情けをかけるのか。シリウスの魔導官としての将来まで気にかけるとは……すごいな」

 ナザレフはふと、窓の外に目を向け、呟く。
「……私もまだまだだな」
 心の奥で、彼の胸に小さな感嘆が芽生える。マーガレットの広い視野と、人を育てる心情に、素直に感心していた。

 ペンを手に取り、書簡に軽く目を通しながら、再びつぶやく。
「なるほど……彼女の行動には、必ず意味があるのだな。私も、もっと精進せねば……」

 窓の外の景色に目を細めながら、ナザレフ王太子は静かに決意を新たにした。

◇◇◇

 その頃、アルマディア公国では――。

「は?……もう一度、言ってくれ」
 ニコラスは、受け入れ難い事実を拒むように言葉を詰まらせ、聞き返した。

「……はい。ヴァルディア王国より連絡が。マーガレット嬢は、これよりルナリア王国へ向かわれるとのことです」
 侍従は、言いづらそうに視線を落としながら告げた。
 
  ニコラスの指先から、持っていた書類がぱさりと落ちた。

「……ルナリア、だと?」

 胸の奥が、きゅっと痛む。
 ついさっきまで歓喜で満ちていた心が、何か黒いものに触れられたようにざわめき始めた。

(なぜだ……なぜ、今、ルナリアなんだ……?
 どうして“あいつ”なんかに会いに行く必要がある?)

 シリウス・ヴァーン。
 マーガレットを危険に晒した張本人。
 国ぐるみで処罰を受けている魔導官。

 その男と――自分の大切な女性が、会いに行く?

 心の中に、初めて覚える“嫉妬”が燃え上がる。
 自分でも驚くほど、感情が荒れる。

 侍従が恐る恐る続けた。

「ルナリア王国側の発表では……マーガレット嬢が、シリウス魔導官との面会を希望された、とのことで……」

「……マーガレットが?」

 ニコラスは、ぎゅっと拳を握りしめた。
 マーガレットの意思――それが何より胸を締め付ける。

 彼女のことは、信じている。
 優しくて、公平で、誰より強い。

 けれど。

(……嫌だ。あんな男に、もう一度近づいてほしくない)

 自分がどれほどの想いを抱いているのか、いまさら痛いほど突きつけられた。
 マーガレットが遠い国で別の誰かと話すだけで、こんなにも胸が苦しい。

 ニコラスはゆっくり立ち上がると、深く息を吐いた。

「……彼女が決めたことなら、尊重すべきだ。だが――」

 言葉を切る。
 だが、その瞳ははっきりと嫉妬と焦りの色を帯びていた。

(……君の隣にいたいのは、この俺なんだよ、マーガレット)

「……会いたい。けれど、行けない。」

 しかし、その願いは口から出た途端、霧雨に溶けて消える。
 ニコラスは知っていた。
“王子の恋”は、自分の感情だけで動くことを許されない。

国の都合。
外交儀礼。
周囲の思惑。
そして、マーガレットの未来。

 どれも振り切れない鎖のように絡みついてくる。

 だからこそ、彼の葛藤は苦しく、静かで、深い。

 彼は顔を上げ、そっと空に向かってつぶやいた。

「――いつか必ず会いに行く。
 だから、どうか……待っていて。」

 届くはずのない祈りを、雨が淡くさらってゆく。
 それでも、彼の瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。

つづく

______________

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