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第六話 夜会と邂逅③
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一礼して去っていくメイドをよそに、ラーゴはあれこれリウの前に寄せた。
「これは自信作です。きっとリウが好きな味だと思いますよ。いっぱい食べてくださいね」
皿のほとんどが、リウの前に寄せられる。
「いやそれはいいんだが……ラーゴは食べないのか?」
そう問いかけた瞬間、一瞬奇妙な間が空いた。
「僕は、お腹いっぱいなので」
「そう、か。じゃ、じゃあ遠慮なくいただくよ。ありがとう」
どこか有無を言わせない圧力を感じながら、リウは置かれたフォークを手に取った。
ホロホロに煮込まれた肉は、フォークを軽く当てるだけで一瞬で切れてしまう。一緒に煮込まれた野菜も隣に添えられて、トマト仕立てのスープをよく吸っている。
それを口に運ぶものの、すぐに口の中で肉の繊維がほどけた。口いっぱいに広がる肉の旨味だけが残るのだ。
ラーゴの作る料理は、いつも美味しい。
だがリウはさきほどのラーゴとのやりとりで、あることに気が付いた。
彼はほとんど食事をとらないのだ。
一緒に食べるときも、もちろんある。食事を全く食べていないわけではない。
だがラーゴは、ただリウが手料理を食べている姿をニコニコと眺めているだけが多いのだ。少しだけつまんで、だが多くをリウへ渡してしまう。
これが平民の一般家庭であれば、懐が寂しいからだと思うかもしれないが、ラーゴは認定魔法使いだ。男爵相当の俸禄が毎年国から支給され、その上で貴重な魔法使いとして収入を得ている。竜騎士よりもはるかに年収は上である。
今までは単純にそれをラーゴの好意で、リウに譲っているのかと思っていた。
リウも孤児院で過ごしていたときは、嬉しそうにお菓子を頬張る年下の子供たちに、自分の分をあげることがあったからだ。
だが先ほどの奇妙な空気に、強い違和感を覚えたのだ。
「おいしいですか?」
チラリとラーゴを見ると、紫色の瞳は柔らかくリウを見つめている。
皿を次々と平らげながらリウは、改めてこの男のことをなにも知らないのだと感じた。
リウの内側にズカズカと入ってくる癖に、ラーゴは内側には踏み入れさせない。
以前のリウはそれを、周囲への婚約偽装に困らない程度であれば全く構わないと思っていたはずだった。むしろ他人同士、知りすぎるのも考えものだと考えていたのだ。
それが今は、どうだろう。
「なあ、ラーゴ」
この距離を埋めたくて仕方がない。
綺麗になった皿の上にフォークを重ねながらラーゴの名を呼ぶと、ナフキンで口元を拭われる。まるで拭けと指示したような形になってしまう絶妙なタイミングに、毒気を抜かれた。
「どうしましたか、リウ。ああ、デザートがほしいんですか?」
「いやそうじゃない。そうじゃないが――まあいいか」
そう、やはりまあいいかと思えた。
ラーゴが自分から話さないということは、今は話したくない、話すべきタイミングではないと考えているからだろう。それを好意を逆手にとって、無理に白状を迫るようなことでもない。
憑き物が落ちたようにリウの頭の中はすっきりしていた。
「デザートまであるのか?」
「実は、ないんです」
聞いてきたのはラーゴだというのに、ないと告げる言葉に肩透かしを食らった気分だった。リウは決して甘いものが好きなわけではなかったが、ラーゴの作る菓子はやけに美味しいのだ。
毎日凝った料理や菓子を出されて、すっかり胃袋を掴まれている。
「そうか。口寂しいな」
この場にそれがないことを残念に思う反面、それなら堂々とパーティー会場のデザートくらい摘まめるだろうかとも考えた。
会場で見かけた菓子も彩り鮮やかだったことを思い出して、満たされたはずの腹が空く。
そんなことを考えているリウの頭上に、フッと影が差した。
自然と見上げると、目と鼻の先にラーゴの端正な顔がある。
そしてそれはそのままリウの唇へと下りた。
もはや条件反射のように、リウは瞼を閉じてそれを受け入れた。
「ん……」
重なる唇は柔らかく、角度を変えて繰り返し表面をついばまれる。
いつもの癖で唇を開きかけて、僅かに笑う気配と共に甘噛みされた。
「デザート代わりにこれじゃ駄目です?」
「……駄目だろ」
リウの顔がジワジワと赤く染まる。
これではまるで、恋人たちの戯れのような口づけだ。
呪いによる痛みの解消を伴わないそれは、思っていた以上に恥ずかしい。
普段もっと深くまで受け入れている口内が、どこか物足りなさを訴えているのもなんだか嫌だった。
「可愛いですねリウは」
「お前はいつもそういうがな、俺ももういい年のおっさんだぞ」
「可愛いです」
ラーゴは嘘偽りない眼で、まっすぐにそう告げる。
これ以上否定するのも逆に可愛いと言われたいと思われそうで、リウは口を結んだ。
甘い雰囲気に耐えられない。
「……長居しすぎましたね。そろそろ戻りましょうか」
「そうだな」
腰を浮かしかけたとリウに、ラーゴは手をかざして動きを制する。
「髪の毛が乱れてます。メイドに直すよう伝えておきますので、綺麗にしてもらってください。僕は先に会場で待っていますので」
「分かった」
そこまで乱れているような気はしないが、ラーゴが言うのならそうだろう。
素直に応じて、先に扉を出ていくラーゴを見送った。
入ってくるだろうメイドをしばし待っていると、赤く染まった窓の外からコツンと何かの音がした。
窓ガラスを叩く音にリウが立ち上がると、そこにいたのは思いもしなかった人物だった。
「コラディル! どうした、なんで王城に?」
ひょろりとした背の高い男は、リウの元同僚の竜騎士だった男だ。
第二王子に殺された竜・ショアを相棒として活躍した人物で、今は愛妻と愛娘たちと共に平民として暮らしているはずである。
それがどうして、竜騎士の制服を身に纏ってこの部屋の窓の外に立っているのか。
「しかもそれは、規定違反だろう? 誰から借りたんだ。バレたらただじゃすまないぞ」
リウが慌てるのには理由がある。
竜騎士に限らず騎士団の制服自体、紛失や盗難に敏感なのだ。
悪用された過去があるため、誰もが厳重に保管している。
その上竜騎士団に限っては、制服を無くした場合は自費で全員分の制服を誂えなおさなければいけないという規則があるため、退団時には全て返却させているはずだった。
「これは自信作です。きっとリウが好きな味だと思いますよ。いっぱい食べてくださいね」
皿のほとんどが、リウの前に寄せられる。
「いやそれはいいんだが……ラーゴは食べないのか?」
そう問いかけた瞬間、一瞬奇妙な間が空いた。
「僕は、お腹いっぱいなので」
「そう、か。じゃ、じゃあ遠慮なくいただくよ。ありがとう」
どこか有無を言わせない圧力を感じながら、リウは置かれたフォークを手に取った。
ホロホロに煮込まれた肉は、フォークを軽く当てるだけで一瞬で切れてしまう。一緒に煮込まれた野菜も隣に添えられて、トマト仕立てのスープをよく吸っている。
それを口に運ぶものの、すぐに口の中で肉の繊維がほどけた。口いっぱいに広がる肉の旨味だけが残るのだ。
ラーゴの作る料理は、いつも美味しい。
だがリウはさきほどのラーゴとのやりとりで、あることに気が付いた。
彼はほとんど食事をとらないのだ。
一緒に食べるときも、もちろんある。食事を全く食べていないわけではない。
だがラーゴは、ただリウが手料理を食べている姿をニコニコと眺めているだけが多いのだ。少しだけつまんで、だが多くをリウへ渡してしまう。
これが平民の一般家庭であれば、懐が寂しいからだと思うかもしれないが、ラーゴは認定魔法使いだ。男爵相当の俸禄が毎年国から支給され、その上で貴重な魔法使いとして収入を得ている。竜騎士よりもはるかに年収は上である。
今までは単純にそれをラーゴの好意で、リウに譲っているのかと思っていた。
リウも孤児院で過ごしていたときは、嬉しそうにお菓子を頬張る年下の子供たちに、自分の分をあげることがあったからだ。
だが先ほどの奇妙な空気に、強い違和感を覚えたのだ。
「おいしいですか?」
チラリとラーゴを見ると、紫色の瞳は柔らかくリウを見つめている。
皿を次々と平らげながらリウは、改めてこの男のことをなにも知らないのだと感じた。
リウの内側にズカズカと入ってくる癖に、ラーゴは内側には踏み入れさせない。
以前のリウはそれを、周囲への婚約偽装に困らない程度であれば全く構わないと思っていたはずだった。むしろ他人同士、知りすぎるのも考えものだと考えていたのだ。
それが今は、どうだろう。
「なあ、ラーゴ」
この距離を埋めたくて仕方がない。
綺麗になった皿の上にフォークを重ねながらラーゴの名を呼ぶと、ナフキンで口元を拭われる。まるで拭けと指示したような形になってしまう絶妙なタイミングに、毒気を抜かれた。
「どうしましたか、リウ。ああ、デザートがほしいんですか?」
「いやそうじゃない。そうじゃないが――まあいいか」
そう、やはりまあいいかと思えた。
ラーゴが自分から話さないということは、今は話したくない、話すべきタイミングではないと考えているからだろう。それを好意を逆手にとって、無理に白状を迫るようなことでもない。
憑き物が落ちたようにリウの頭の中はすっきりしていた。
「デザートまであるのか?」
「実は、ないんです」
聞いてきたのはラーゴだというのに、ないと告げる言葉に肩透かしを食らった気分だった。リウは決して甘いものが好きなわけではなかったが、ラーゴの作る菓子はやけに美味しいのだ。
毎日凝った料理や菓子を出されて、すっかり胃袋を掴まれている。
「そうか。口寂しいな」
この場にそれがないことを残念に思う反面、それなら堂々とパーティー会場のデザートくらい摘まめるだろうかとも考えた。
会場で見かけた菓子も彩り鮮やかだったことを思い出して、満たされたはずの腹が空く。
そんなことを考えているリウの頭上に、フッと影が差した。
自然と見上げると、目と鼻の先にラーゴの端正な顔がある。
そしてそれはそのままリウの唇へと下りた。
もはや条件反射のように、リウは瞼を閉じてそれを受け入れた。
「ん……」
重なる唇は柔らかく、角度を変えて繰り返し表面をついばまれる。
いつもの癖で唇を開きかけて、僅かに笑う気配と共に甘噛みされた。
「デザート代わりにこれじゃ駄目です?」
「……駄目だろ」
リウの顔がジワジワと赤く染まる。
これではまるで、恋人たちの戯れのような口づけだ。
呪いによる痛みの解消を伴わないそれは、思っていた以上に恥ずかしい。
普段もっと深くまで受け入れている口内が、どこか物足りなさを訴えているのもなんだか嫌だった。
「可愛いですねリウは」
「お前はいつもそういうがな、俺ももういい年のおっさんだぞ」
「可愛いです」
ラーゴは嘘偽りない眼で、まっすぐにそう告げる。
これ以上否定するのも逆に可愛いと言われたいと思われそうで、リウは口を結んだ。
甘い雰囲気に耐えられない。
「……長居しすぎましたね。そろそろ戻りましょうか」
「そうだな」
腰を浮かしかけたとリウに、ラーゴは手をかざして動きを制する。
「髪の毛が乱れてます。メイドに直すよう伝えておきますので、綺麗にしてもらってください。僕は先に会場で待っていますので」
「分かった」
そこまで乱れているような気はしないが、ラーゴが言うのならそうだろう。
素直に応じて、先に扉を出ていくラーゴを見送った。
入ってくるだろうメイドをしばし待っていると、赤く染まった窓の外からコツンと何かの音がした。
窓ガラスを叩く音にリウが立ち上がると、そこにいたのは思いもしなかった人物だった。
「コラディル! どうした、なんで王城に?」
ひょろりとした背の高い男は、リウの元同僚の竜騎士だった男だ。
第二王子に殺された竜・ショアを相棒として活躍した人物で、今は愛妻と愛娘たちと共に平民として暮らしているはずである。
それがどうして、竜騎士の制服を身に纏ってこの部屋の窓の外に立っているのか。
「しかもそれは、規定違反だろう? 誰から借りたんだ。バレたらただじゃすまないぞ」
リウが慌てるのには理由がある。
竜騎士に限らず騎士団の制服自体、紛失や盗難に敏感なのだ。
悪用された過去があるため、誰もが厳重に保管している。
その上竜騎士団に限っては、制服を無くした場合は自費で全員分の制服を誂えなおさなければいけないという規則があるため、退団時には全て返却させているはずだった。
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