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本編
第四節 人の上に立つ者
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食卓の上には、豪勢なディナーがずらりと並んでいた。希少な食材が、一流のシェフの手によって、芸術作品にまで昇華されている。ミラの前で、真紅のワインがとぽとぽとグラスに注がれた。
(ああ……こんな料理が毎日食べ放題だなんて……聖女とは、なんて素敵な身分なのかしら……。これまで、つらい――本当につらい見習い時代を過ごしてきたけれど、ようやく、ようやく、その苦労が報われたということなのね……)
「――ということだったんですよ」
「ふふっ、面白いですわね。もっと聞かせてくださる?」
(それに、地位も権力も財産もあるイケメンの殿方たちと、こうして会話ができるなんて……本当に夢のようですわ。見習い時代には、そんな出会いなんて、あるはずもなかったのですから……)
夕食は、和気藹々と進んでいく。コース料理なのだ。食事にかかる時間は相当なものであった。その様子を、聖女の御付きの者たちは冷めた目で見つめていた。
元聖女――エリス様は、決して御自分のために、このような浪費をする方ではなかった。むしろ、もっと御自分のために使って欲しいほどだった。そう御付きの者たちは思っていた。それくらい、彼女は役割に見合わないほど質素な生活を送っていたのである。そのためのお金があるのなら、今困っている人に使うべきだ、と。そんな彼女であるから、付き合いでなければ誰かと会食をすることもなかったし、男の影などあるはずもない。姦淫の罪が、まったくのでっち上げだということを、彼女たちは誰よりも正確に理解していた。それに比べて、目の前の聖女は、一体どう評価すべきだろうか?
「ふふっ、そうなのね」
「あの……聖女様」
「何? 見て分からないの? 今は食事中よ」
「その、大変申し上げにくいのですが、お早く切り上げられませんと……祈りの時間がなくなってしまいます。今日は、まだ規定のお時間に達していないかと……」
「良いのよ、そんなの。何時間やっても変わらないでしょう? 大丈夫よ。寝る前には済ませておくわ」
「然様……ですか……」
「話の途中でごめんなさいね。そうそう、それでね――」
夜は更けていく。
聖女がこの場の誰かと寝るのも、時間の問題だった。
――――
王子の書斎では、蝋燭の灯りが、あやしく揺らめいていた。
「それで? 聖女はどうしている?」
「はっ。昼頃に起床することが多く、昼食後は御付きの者たちと娯楽にふけっております。毎晩会食を開いており、そのまま就寝、という流れが最近の習慣となっております。祈りの時間は、ほとんど取れていないかと」
「そうか」
本当、馬鹿な聖女で助かっている。奇蹟の効果は、これまで捧げてきた祈りの時間に大きく関係する。つまり、祈りを捧げれば捧げるほど、より強大な奇蹟を起こすことができるのだ。その点、前聖女の力たるや、推して知るべしというものであろう。のみならず、彼女は聡すぎた。危うくこちらの計画を御破算にされるかと冷や汗をかいていたが、無事追い出せたのは、本当に幸いであった。処刑までやってしまえば良かったが、民からの大きな反発は避けられない。まあ、旅に慣れない小娘なのだ。きっとどこかで野垂れ死んでくれるだろう。
「ですが、会食の費用が思ったより高く……」
「良い。好きにやらせておけ」
金を出して馬鹿になってくれるなら、それに越したことはない。
「企業の数はどうなっている」
「はっ。この度発布された宣言により、中小企業の数は右肩下がりに減少。個人経営の店は軒並み廃業となっております。それに合わせて、露頭に迷う労働者が増加。……すべてが、計画通りとなっております」
人と物の流通を止める。流行り病を防ぐためと銘打って王から出されたこの宣言は、民に深刻な影響を与えていた。一部の人間を除いては。これで、大企業からの王への支持は盤石となったであろう。
「よし……そろそろだな」
「はっ」
「国から民一人一人に毎月、金を出すとしよう。奴らは小躍りして喜ぶだろうな。徐々に徐々に、奴らを国から与える金に依存させる。その金を止められた途端、生きられなくなるところにまでくれば……計画は成功だ。そうすれば、国――つまり、俺の言うことしか聞けない奴隷になっているだろう」
「その世界を見るのが、楽しみでございます」
「くくっ……。焦ることはない。もう、どこにも邪魔者はいないのだからな」
夜は更けていく。
闇は、その濃度を強めていった。
(ああ……こんな料理が毎日食べ放題だなんて……聖女とは、なんて素敵な身分なのかしら……。これまで、つらい――本当につらい見習い時代を過ごしてきたけれど、ようやく、ようやく、その苦労が報われたということなのね……)
「――ということだったんですよ」
「ふふっ、面白いですわね。もっと聞かせてくださる?」
(それに、地位も権力も財産もあるイケメンの殿方たちと、こうして会話ができるなんて……本当に夢のようですわ。見習い時代には、そんな出会いなんて、あるはずもなかったのですから……)
夕食は、和気藹々と進んでいく。コース料理なのだ。食事にかかる時間は相当なものであった。その様子を、聖女の御付きの者たちは冷めた目で見つめていた。
元聖女――エリス様は、決して御自分のために、このような浪費をする方ではなかった。むしろ、もっと御自分のために使って欲しいほどだった。そう御付きの者たちは思っていた。それくらい、彼女は役割に見合わないほど質素な生活を送っていたのである。そのためのお金があるのなら、今困っている人に使うべきだ、と。そんな彼女であるから、付き合いでなければ誰かと会食をすることもなかったし、男の影などあるはずもない。姦淫の罪が、まったくのでっち上げだということを、彼女たちは誰よりも正確に理解していた。それに比べて、目の前の聖女は、一体どう評価すべきだろうか?
「ふふっ、そうなのね」
「あの……聖女様」
「何? 見て分からないの? 今は食事中よ」
「その、大変申し上げにくいのですが、お早く切り上げられませんと……祈りの時間がなくなってしまいます。今日は、まだ規定のお時間に達していないかと……」
「良いのよ、そんなの。何時間やっても変わらないでしょう? 大丈夫よ。寝る前には済ませておくわ」
「然様……ですか……」
「話の途中でごめんなさいね。そうそう、それでね――」
夜は更けていく。
聖女がこの場の誰かと寝るのも、時間の問題だった。
――――
王子の書斎では、蝋燭の灯りが、あやしく揺らめいていた。
「それで? 聖女はどうしている?」
「はっ。昼頃に起床することが多く、昼食後は御付きの者たちと娯楽にふけっております。毎晩会食を開いており、そのまま就寝、という流れが最近の習慣となっております。祈りの時間は、ほとんど取れていないかと」
「そうか」
本当、馬鹿な聖女で助かっている。奇蹟の効果は、これまで捧げてきた祈りの時間に大きく関係する。つまり、祈りを捧げれば捧げるほど、より強大な奇蹟を起こすことができるのだ。その点、前聖女の力たるや、推して知るべしというものであろう。のみならず、彼女は聡すぎた。危うくこちらの計画を御破算にされるかと冷や汗をかいていたが、無事追い出せたのは、本当に幸いであった。処刑までやってしまえば良かったが、民からの大きな反発は避けられない。まあ、旅に慣れない小娘なのだ。きっとどこかで野垂れ死んでくれるだろう。
「ですが、会食の費用が思ったより高く……」
「良い。好きにやらせておけ」
金を出して馬鹿になってくれるなら、それに越したことはない。
「企業の数はどうなっている」
「はっ。この度発布された宣言により、中小企業の数は右肩下がりに減少。個人経営の店は軒並み廃業となっております。それに合わせて、露頭に迷う労働者が増加。……すべてが、計画通りとなっております」
人と物の流通を止める。流行り病を防ぐためと銘打って王から出されたこの宣言は、民に深刻な影響を与えていた。一部の人間を除いては。これで、大企業からの王への支持は盤石となったであろう。
「よし……そろそろだな」
「はっ」
「国から民一人一人に毎月、金を出すとしよう。奴らは小躍りして喜ぶだろうな。徐々に徐々に、奴らを国から与える金に依存させる。その金を止められた途端、生きられなくなるところにまでくれば……計画は成功だ。そうすれば、国――つまり、俺の言うことしか聞けない奴隷になっているだろう」
「その世界を見るのが、楽しみでございます」
「くくっ……。焦ることはない。もう、どこにも邪魔者はいないのだからな」
夜は更けていく。
闇は、その濃度を強めていった。
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