【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人

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08.ベリンダ・デ・エレロ=サステレ(2)

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 セリアはベリンダがイグナシオと会っていない時でも彼女の所へやって来るようになった。そのたびに取り巻きのご令嬢がたを引き連れて、上から目線で物を言う。
 感じの悪い方だなとしか思わなかった。あんな方が婚約者だなんて、イグナシオ様が可哀想だ。
 そう思いつつも怒らせてはいけないと言われているので表向きは反論もせずいつも黙って聞いていた。だがそんなある日、学院二階の廊下から階段を降りようとしたところで後ろから誰かに突き飛ばされた。

 瞬間的に恐怖で身体が硬直し、頭から落下して階下まで転げ落ちる羽目になった。受け身も取れずに頭を打ち、全身を痛みと恐怖に鷲掴みにされながら意識を手放した。

 そして気付いたら医務室に寝かされていた。意識を取り戻し、思考が働かないまま養護の教諭から状況の説明と問診を受けていたところへセリアがやってきて、本当に申し訳なさそうな様子で深々と頭を下げられた。
 なんでも、階段から突き落としたのはセリアの取り巻きのひとりがことなのだそうだ。大変申し訳ない、このようなことが二度と起こらないよう配慮する、と言われてもあまりピンとこず、今後怪我させられるような事がないならそれでいいです、と返事して追い返した。
 その後で、セリアのモンテローサ伯爵家がこの国でどれほど高い地位にあるのかを教諭に聞かされて、セリアがどれほど自分とかけ離れた雲の上の存在なのかをようやく理解した。そんなお方が男爵家令嬢の自分ごときに詫びるなど本来あり得ないことだとも聞かされて、なんだ、セリア様も案外いい人じゃん、と思ったものだった。

 それからはさすがにセリアに遠慮すべきかと思ったのだが、イグナシオがそれを押しとどめた。「ベリンダといるととても楽しい。だから私のために側にいてくれ」と言われて、勿論悪い気はしなかったがセリアにも何だか申し訳ない気持ちになった。
 だからセリアに事情を話して許可を得たいと言ったのに、「彼女には近づかないでほしい」と言われて釈明には行けなかった。


 楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、イグナシオが卒業を迎えた。精一杯お送りしたいのにパーティーに着ていくドレスがない、と嘆いたらイグナシオがわざわざドレスを仕立てて贈ってくれた。
 それは新緑の胸元から裾に向かって濃くなってゆく、膝下の辺りから黒茶に変わるシックなエンパイアラインのドレスで、胸元に金糸のレース、足元には銀糸での刺繍があしらわれて、いくつもの宝石が散りばめられていた。とても豪奢で男爵家令嬢が着るような仕立てではなかったから着るのがとても恐ろしかったが、これを着てパーティーに出なければ彼が悲しむだろうと思って頑張って袖を通した。
 着付けは、取り巻きのご令嬢たちに頼んで侍女を借り、その侍女たちに着付けてもらった。

 会場へ向かう途中、イグナシオ様がお呼びです、とひとりのご令嬢に声をかけられた。何だろう、と思ったが、彼が呼んでいると言われればついて行く他はない。言われるままについて行って、こちらでお待ちですと開かれたドアから中を覗くと、そこはどう見ても物置だった。もちろん、イグナシオなどどこにも居ない。
 ここお部屋じゃありませんよね、と言おうとして、振り返る前に突き飛ばされた。あっと思う間もなく中に倒れ込んだら扉を閉められた。鍵は中から開けられるはずなのに、ドアはビクともしなかった。閉じ込められたのだ。

「パーティーが終わったら出して差し上げますわ。それまで大人しく反省していることね」

 ここまで先導してきた令嬢の冷たい声がドアの外から聞こえてきて、すぐに足音が去っていった。足音は複数だった。
 そして、足音が聞こえなくなるとともになんの音もしなくなった。そこで初めて、学院内でも人気ひとけのない場所におびき出されたのだと理解した。

 ベリンダは途方に暮れたが、パーティーに出ない選択肢はなかった。せっかくイグナシオがドレスを贈ってくれたのだから、せめてこのドレスを着た姿くらいは見せなくては。
 そう思って、ハッとして自分の姿を確認する。薄暗い倉庫の中で確信は持てなかったが、どうやら汚したり破いたりはしていないようで安堵する。
 だが、どうやって脱出しようか。
 しばし考えて、取り巻きの中でも親友と呼べる程度には仲良くなっていた子爵家令嬢を魔術の[念話]で呼び出した。イグナシオの遠縁だと言っていた子で、今にして思えば彼女はイグナシオが密かに付けていてくれた護衛だったのだろう。

 彼女に[念話]で状況を伝え、入ったこともないエリアだったから上手く説明できなかったが、何とか場所を特定してもらってベリンダは助け出された。魔術の[施錠]などではなく物理的に扉が塞がれていただけだったので、救出そのものは容易だったそうだ。
 だがパーティーはもう始まる時刻になっている。大慌てで会場へ向かったが、イグナシオにエスコートしてもらうことは叶わなかった。それでも、彼にドレスがよく似合うと褒めてもらって、閉じ込められたことなどすっかり忘れるほど幸せな気分でいられたのだ。

 だというのに。
 セリアからそのドレスにワインをこぼされた時の悲しみといったら。
 天国から地獄へと真っ逆さまとはまさにこの事か。

 イグナシオには申し訳なく、無惨に汚されたドレスには悲しみしか浮かんでこない。学院主催のパーティーに替えのドレスなど用意があるはずもなく、ベリンダは泣く泣くそのまま寮へ帰らざるを得なかったのだ。


 イグナシオが卒業し、ベリンダは彼と会えなくなった。彼がさすがに外聞を気にして、卒業後には会わないようにしようと言ったのを彼女は律儀に守っていた。そのうちにきっと迎えにくるから、と言った彼の言葉を素直に信じたのだ。
 そして1年が経とうかというある日、人づてに呼び出されて彼女は彼と再会した。そして彼から婚約破棄の計画を知らされたのだった。

 てっきり彼がセリアと結婚したあとで愛人として囲われるのだろうと思っていたベリンダは、彼が正妻にしてくれると聞いて喜んだが、同時に不安にもなった。けれど学院で受けていた虐めがセリアの仕業だったと聞かされて、だからセリアの有責で婚約を破棄できると、全て任せておけと言われればそれ以上何も言えなかった。
 彼がまさか冤罪まででっち上げてセリアを断罪するなどとは思ってもみなかった。あまつさえ、取り縋ろうとしたセリアに手を上げるなど考えもしなかった。あまりのことにオロオロしているうちに、会場警護の騎士たちに囲まれて、彼女は彼と引き離され別室に連行されてしまった。
 何もできず、何も言えずに、彼とはそれっきりになった。



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