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今日もアクアオッジ家は平和です
35 ⑩誰の影の中?
しおりを挟むウィルフレッドとメリルは出来上がってきた制服の試着を行い、最後の手直しをしてもらう。
試着室と縫製室を一体化させ、その場で仕立て直しを完了させる。
この斬新な仕組みを、王都で最初に導入したのがメイベルだった。
今ではこれが当たり前の形になりつつある。
「仕立ては舞台裏ではないわ。お客様が最高の瞬間を迎える、そのための舞台なのよ」
そう言って、彼女は古くからの価値観をあっさりひっくり返した。
裏方とされていたお針子たちを、堂々と“表の職人”として輝かせる場を作ったのだ。
縫製室は雑多な作業場ではなく、動きやすく美しい空間に生まれ変わり、試着室もガラリと変わった。
鏡が多く、試着室に入った途端、灯りの魔石が女優部屋のように光り輝いて、様々な角度から服の仕上がりを確認できる。
さらに、手直しはその場ですぐ完了する仕組みだ。
時間の節約にもなるし、侍女や付き人をたくさん連れてくる貴族たちにも、この広い試着室は好評だった。
──メイベルの発想は、服だけでなく“人”まで仕立て上げる。
すぐに冬になるので、必須のコートも軽くてとても暖かい。
顔も背丈も似ているアクアオッジの双子が制服を着ると、対のマスコットのような愛らしさに、誰もが目を細めていた。
「男女の制服の違いが、一層際立って何て可愛いの!」
「双子ならでは、だわ!」
「きゃあっ! ポーズ取ってくれてる~」
お針子さんたちからやんやの喝さいを浴びる二人だった。
「メリル……何だか他の男にはその姿を見せたくない気がする。何故そう思うのか分からないけれど」
「メリルお嬢様……。おみ足が見えすぎでは……ああっ、煽情的すぎます……!」
メリルの背筋がぞわぞわ~っとする。
王子とソルがなんだか変なことを言い出したけれどメリルは黙っておいた。
制服を馬車に積み込んで、いったんタウン・ハウスに帰宅する。
領主館には、帰り道に乗せてくれるドラゴンでそのまま持ち帰る予定だ。護衛も不要で、運搬は楽々。
ソルの派生スキルには【影入 Lv10 MAX】というものがあって、これは任意の人の影に入り込める。
世の中には【収納スキル】を持つ者もいるが、容量はたかが知れている。
影入はその辺りはだいたい無限だ。しかも本人も入れる。
なんだか【隠密スキル】の使い方が決定的に間違っている気もするけれど、アクアオッジ家は誰も気にしない。
ソルももう考えるだけ無駄だと悟った。
それにメリルお嬢様が幸せならば、ただの荷物持ちとして扱われようとも、他のことは別に気にならない。
だがソルは考える。『誰の影に入って帰ろう?』
まずアクアオッジ辺境伯夫人アドリアナ様はよろしくない。
そんなことをしたら、雇い主の現辺境伯であるザカリ―様の持つスキル【握力 Lv10 MAX】にぶっ飛ばされる。
あの方の腕力で殴られたら、いくら【身体強化 Lv10 MAX】を持っていても無事では済まない。
Lv10同士の勝負の行方は今のところ誰にも分からないが──
残るは必然的にウィルフレッドかメリルになるのだが、ウィルフレッドの影の中には、真夜中以外は常に闇の精霊が入っていた。いわば先客。
以前ソルがウィルフレッドの影の中に入ったとき、闇の精霊は緊張したのか、隅っこでプルプルしっぱなしだったらしい。派生スキル【暗殺技術 Lv10 MAX】のせいだろう。
その話を聞いたときさすがに気の毒に思えたので、出来ればメリルお嬢様の影の中に入りたいところだ。
……だがアンドリュー第三王子がそれを許すとも思えない。
「メ・リ・ル・の・(影の)中・に・入・り・た・い・だ・と!?」
今にも王子の声で怒鳴られるような気がする。思春期の男、メンドくさいな。
「そんないかがわしいことを考えるなど……!」
幻聴まで聴こえてきた……
どうしたものか。
ソルは自分も既に面倒くさい男になっていることを自覚せずそう思った。
……もういっそ、荷物の箱の中に自分も入って、梱包用の藁を被って縫いぐるみとしてひっそり帰るか……
──やっぱり面倒くさく、哀愁漂うソルだった。
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