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第6章 帰郷
神の器
しおりを挟む「俺は、母さんのお腹の中にいる頃から、相当強い魔力を持ってたらしい。」
実は、静かに語り始める。
「父さんが魔力の強さだけじゃなくて、予知能力者としての素質を見込まれて知恵の園に召集されたのは知ってる?」
「もちろん。」
「じゃあ話が早い。父さんは、俺が生まれる前から、俺がこの魔力のせいで神の器として祀り上げられる未来を見ていたんだ。だから母さんが妊娠したことも、俺が生まれたことも、徹底的に隠すことにした。俺を隠して育てるにはうってつけの場所だよね、ここ。一般人は近寄れないし、父さんと母さんは四大芯柱ってだけあって、聖域の空気に耐性があったみたいだから。」
「神の……器?」
梨央が首を傾げながら呟く。
彼女としては、何気ない疑問だったのだろう。
しかしそれを聞いた瞬間、拓也の表情が音を立てて凍った。
「え…? 訊いちゃ……だめだった?」
拓也の表情の変化に戸惑う梨央。
そんな梨央の頭にぽんと手を置き、実は梨央の不安を和らげるように微笑んだ。
「そうだよね。梨央は分かんないよね。この国にはね、遥か昔から神様ってやつがいる。便宜上の王族はいるんだけど、実質的なこの国のトップはその神なんだ。そして、この世界の神は実体を持たないんだよ。」
「実体…?」
「そう。要するに、幽霊みたいなものとでも言えばいいのかな。生物としての体を持ってないんだ。だから普通、神は素質のある人間にしか見えないし触れない。じゃあどうして、その神は国に君臨し続けていられるのか。……それは、神が人間の体に宿っているから。」
「人間の体に……」
梨央の眉が寄る。
意味が分からない。
そう顔に書いてあった。
「この国と神の歴史は古い。その起源とされる話に、こんなものがある。」
そう前置いて、実はある物語を語り始めた。
世は戦乱の時代。
この国で、ある男が戦死した。
彼はこの国の王子で、国民を守るために自分の身を削って奮闘した男だった。
仲間と国民は彼の死を悼み、彼を丁重に葬ろうとした。
しかし、埋葬される寸前―――男は急に目を覚ました。
人間を超越する威圧感と神々しさを身にまとい、その目はきらめく黄金のごとし。
人々は訳も分からず、目覚めたばかりの男の前に無意識にひれ伏した。
男は言う。
「我はこの世界を治める神なり。我が望むは戦乱の終わり。全てを思いのままにできる我が力を持って、戦乱を収めよう。」
そしてその後、神は民に大いなる力を揮い、戦乱の世は瞬く間に終わりを告げた。
神が宿った王子が守っていた国は世界を牛耳る大国となり、民の誰もがその神を崇めた。
だが―――戦乱が終わるや否や、異変は訪れた。
神が宿る王子の体が、徐々に腐り始めたのだ。
神曰く。
「この男の体はすでに死んでいる。故に肉体の限界を超えたこの体は、朽ち果てるしかないのだ。」
人々は焦った。
このまま王子の体が朽ち果ててしまえば、神は自分たちの元を去ってしまう。
そうなれば国の信用や世界への脅威が消え、また他国に攻め入られるかもしれない。
なんとか神をこの国に留まらせる方法はないかと、皆が頭を悩ませた。
そんな中、一人の若者が神にこう言った。
「どうか、私の体を使ってくれないか。」
懇願した若者に、神は静かに身を預けた。
すると、王子の体は一気に朽ちて塵となり消えてしまった。
人々は初め、とうとう神が消えたのだと思った。
しかし、後に残された若者が目を開いた時、その嘆きは歓喜に変わった。
若者の目は黄金に輝き、その身から圧倒的な神々しさを放っていたからだ。
神は古い体を脱ぎ捨て、新しい体に宿って戻ってきたのだ―――
語り終えた実は苦笑する。
「……こんなことが、今も脈々と受け継がれているのさ。」
「受け継がれているって……」
梨央は、いまいち要領を得ないという風に小首を傾げる。
「ようは、この国の神は依り代にしている体がだめになったら新しい体に乗り移って、今までずっと人間の世界に居座ってるってこと。それで、神が次に乗り移る体のことを〝神の器〟って呼んでるんだ。」
「それが……実なの?」
「まあ、今まで聞いた話を総合するなら、そうなんだろうね。」
「神の器になると、その人はどうなっちゃうの?」
「結論を言うと、死ぬ。」
「そ、そんな!!」
死ぬという直接的な言葉が放たれたことで、梨央の顔色が明らかに変わった。
だが、当事者である実の態度はあっさりとしたもので、少しもその事実の深刻さを感じさせない。
「仕方ないんだよ。一つの体に二つの魂があり続けることは不可能だもん。しかも、憑依してくるのはその辺の幽霊とは格が違うからね。多分、神が体の中に入ってきたら、その人間の魂は消えるか、体を追い出されるか、取り込まれるかなんじゃないかな? どの結果に行き着いても、体の持ち主が死ぬことには変わりないね。」
実は淡々と語り続ける。
「本来の所有者が死んでしまうからか、神を受け入れた肉体はあまり持たない。だから国の連中は、少しでも体が長く持つように、魔力が強い人間を神に捧げるようになったんだ。そして、よりよい器を捧げるためには子供の内から教育するのが一番。そういう魔力の強い子供を集めて、神の器にふさわしくなるように育てるために作られたのが―――拓也が育った知恵の園っていう施設なんだよ。」
語る実の声を聞きながら、拓也は苦虫でも噛み潰したような顔をする。
そう。
自分たちが育った施設の正体なんて、所詮はこんなものだ。
神を第一に妄信している彼らは、容赦という言葉を知らない。
嫌がる親子を引き裂くことすら、平気でやってのける。
(だから、おれは―――……)
人知れず拳を握る拓也の隣で、実があっけらかんと笑った。
「ともかく、そういう国の努力の結果か、少しは体も持つようになったんだけど、やっぱり完全とはいかない。今でも定期的に、体の乗り換えが必要なわけ。どうやら、とうとう俺の番が回ってきたみたいだね。」
「そんな…っ。そんなにあっさりと言わないでよ! 実……このままじゃ、殺されちゃうってことなんでしょ!?」
ようやく状況を飲み込めたらしい梨央が、実に向かって喚いた。
確かに、状況は限りなく悪い。
しかし。
「―――だって、大差ないんだもん。」
そこで、実の声が一気に低くなった。
その声に含まれるのは、聞く者の心を不安で掻き乱すような虚無。
不審げに実を見つめる拓也と梨央に、実はにっこりと笑いかけた。
そこに漂う雰囲気と浮かべる表情のアンバランスさに、拓也は思わずぞっとしてしまう。
「神の器に選ばれようと選ばれなかろうと、関係ないんだよ。この世界にいる限り―――俺は、殺される運命なんだからさ。」
満面の笑みで、実はとてつもなく恐ろしいことを言った。
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