世界の十字路

時雨青葉

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第3章 こじれ

暖かな空気は、一瞬で―――

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「おかえり。」


 まぶたを開くと、目の前に尚希とエーリリテの顔があった。
 どうやら、自分はソファーに寝かされているようだ。


「ただいまです。ひどいですよ、キースさん。あんなものを見せるなんて……」
「ごめんね。」


 尚希は異議を唱えることもなく、素直にそう謝ってきた。


「でも……」


 シェイラは淡く笑う。


「ありがとうございます。やっと、実さんとキースさんが言ってくれたことの意味が分かりました。」


 フェンならいつか、きっと自分の気持ちを分かってくれる。
 そう思って動こうとしなかったのは自分だった。


 グランには強く言えなかったけど、フェンの前では頑として彼の言葉を受け入れなかった。


 グランのことが少し怖かったのもあるけど、そうすることでフェンが自分の心を察してくれるんじゃないかと、そんな夢を見ていたから。


 自分が求めているのは、グランじゃなくてフェンなんだと。
 彼がそう気付いて、この地獄から自分を連れ出してくれると信じたかったのだ。


「シェイラ。欲しいものは、自分から取りに行かなきゃだめよ。私みたいに。」


 エーリリテは泣きそうな顔で笑って、尚希の腕に自分の両腕を絡めた。


「そうだな。」


 尚希も笑って、エーリリテの頭をなでる。


 一生懸命笑っているけれど、自分が戻ってこられるかどうか、内心ではとても心配したのだろう。


 今にも泣き出してしまいそうなエーリリテの目が、そう物語っていた。


うらやましいです。」


 今なら素直に言える。


「私も、そんな風になりたいな。」


 うそいつわりのない、自分の本当の望みを。


「そう。じゃあ、そのためにどうすればいいのか、もう分かる?」


 尚希が優しく問うてくる。


「はい。」


 答えは、もちろん決まっていた。


 シェイラの答えを聞いた尚希が頷く横で、エーリリテはほっとしたように肩を落とす。


 そして、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「弱気になりかけたら、その気持ちを思い出しなさい。大丈夫、ちゃんと伝わるわ。なんだかんだで、フェンはシェイラ第一だもの。シェイラがいなくなったら、フェンの方が耐えられないと思うわよ。」


「そんなこと…っ」


 少しからかうような響きの言葉に、シェイラは慌てた様子で頬を紅潮させる。


「あら、本当のことよ。」


 エーリリテは、茶目っ気たっぷりで片目をつぶる。


 ようやくそれぞれの緊張から解放され、部屋の空気が一気に温かくなった。
 その時―――


 ドーンッ


 と、何かが爆発するような低く大きな音が響いた。


 次に、地震のような揺れが襲ってくる。
 その衝撃で軽い物が床に落ち、天井から吊り下がる照明が大きく揺れる。


 しかし、それ以上の被害を出さずに、揺れはものの数秒で収まった。


「びっ、びっくりしたぁ…。何、地震?」


 尚希にしがみついて揺れに耐えていたエーリリテが、きょろきょろと周囲を見渡す。
 それに対して、尚希は蒼白な顔で立ち上がり、窓の外をじっと見つめていた。


「……実?」


 その呟きを聞きとがめて、エーリリテは尚希を見上げる。
 その視線の先で、尚希の表情がみるみるうちに青くなっていった。


「キース、実がどうかし―――」
「あの馬鹿!!」


 エーリリテの言葉をさえぎり、尚希が怒鳴って奥歯を噛んだ。


 さっきまでとは打って変わった険しい怒号に、エーリリテとシェイラは肩をすくめる。


 尚希は慌てた動作で窓を開け放ち、何かを探すように街の風景に目をらす。


 焦りすらうかがわせる尚希の雰囲気は口出しできるようなものではなかったが、ここまで尚希が感情を乱すのもおかしい状況だ。


 エーリリテは尚希に近寄り、先ほど訊きそびれたことを訊ねた。


「キース。実がどうかしたの?」


 しかし、尚希はその問いには答えない。
 彼の視線は相変わらず、何かを探してせわしなく動いているだけだ。


「おい。」


 その口腔から漏れた声はいつもよりも低くて、本当に彼のものなのか、一瞬判断がつかなかった。


「なっ……何?」


 尚希の変わりようについていけず、エーリリテの声が上ずる。


「実、どこに行くって言ってた?」
「た、確か、フェンに呼ばれたって言ってたから……フェンの家じゃないかしら?」


「場所、分かるか?」
「ええ。」


「そこまで、どのくらい時間がかかる?」
「そんなにかからないわ。大通り沿いにあるレストランだから目立つし。」


「今すぐ、そこに連れてってくれ。」
「え…? どうして―――」


「いいから!!」


 鋭く空気を裂く尚希の声に、エーリリテがまた肩をすくめる。
 それを見てようやく我に返ったのか、尚希は息を吐いて髪を掻き回した。


「……悪い、怖がらせたな。やっぱり、エーリリテはここで待機しててくれ。シェイラちゃん。当然、君もフェン君の家は知ってるはずだよね? 案内役は君に頼む。今すぐ行くぞ!」


「は、はい!」


 尚希の焦りに引きずられ、シェイラの動きも自然と早くなる。
 駆け出しかけた尚希の腕を、寸でのところでエーリリテが引き留めた。


「ま、待ってよ! 一体、何が起きたっていうの!?」


 エーリリテが必死な様子で訊ねると尚希は一瞬言葉につまり、次に深刻そうな表情で息を吐き出した。


「あいつ、とんでもないことをしやがった。死ぬようなへまはしないと思うけど、実際問題、死ぬ可能性がないとは限らない。」


 その言葉を受けたエーリリテが絶句する。


「詳しい話は後だ。」


 同じく絶句するシェイラをかし、尚希は慌ただしく部屋を出ていった。

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