世界の十字路

時雨青葉

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第5章 夜の獣と統一の儀

俺のままで……

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「なんなの、あいつ……」


 ぽつりと呟き、実は手の上の水晶玉に目をやる。


 見れば見るほどに嫌な気分になる水晶玉だ。


 どんな秘密があるのかは知らないが、触れている手のひらに冷気が伝わってくる。


 その冷たさは驚くほどの速さで体の芯まで浸透していき、脳髄にまでその魔の手を伸ばしてくるよう。


 ふと、気がとお退きかけた。


 脳にまで染み込む冷たさに、普段は抑え込んでいたモノがうごめき出し、それに引きずられていく感覚がする。


 全身が凍えたように寒くなり、意識すらも冷たくえ渡っていって―――


「実様!」


 頭に響いた声で、一気に我に返った。
 反射的に下を見ると、ハエルが噛んだ服のすそを引っ張りながらこちらを見上げている。


「ハエル……」


「気配が変わりかけていました。このまま無茶ばかり続けていると、?」


「―――っ!!」


 指摘され、恐怖にも似た震えが全身を駆け巡った。
 動悸が激しくなり、耳ざわりな音と化す。


 脳裏に響く、微かな笑い声。


 ―――彼が暴れているのだ。


 否応なしに、それを理解させられる。


 ハエルの言うとおり、このまま無理を続ければ理性を保つ気力もなくなり、彼に飲み込まれてしまう可能性も出てくる。


(あいつを好き勝手にさせるのはけたいけど……)


 実は眉を寄せる。


 さっきから水晶玉に魔力を込め続けているのだが、一向に壊れる気配がないのだ。


 あの意地の悪い神が送りつけてくるものだ。
 やはり、一筋縄ではいかないらしい。


 こうなったら日暮れまで素直に待つしかないのだろうが、胸中に広がる一抹の不安。


、対処できるかどうか……)


「実…」


 ふと小さな声が耳朶じだを打って、実は後ろを振り返った。


 そこでは、尚希が気遣わしげな視線をこちらに向けている。


『実が見据みすえる未来に、オレたちはちゃんといるか? 一人で……独りでいないよな?』


 ついさっきかけられた言葉を思い出して、実は思わず苦虫を噛み潰したかのような顔をしてしまう。


 この人は、本当に損な性格をしていると思う。


 最初は自分に関わらない方がいいと思っていたと、急にそう暴露されて謝られたことは記憶に新しい。


 それからというもの、尚希は下手すると拓也以上に自分に目をかけている。


 こうやって心配そうな顔を―――ともすれば、自分よりもつらそうな顔をするのだ。


 自分のことなど放っておけば、もっと気も楽だろうに。


「大丈夫ですよ。そんなに心配しないでください。」


〝大丈夫〟


 上辺だけの言葉なのは、当然誰の目からも明らか。


 しかし、素直に身を折って嘆くことができるほど甘えていられる状況ではないのも事実。


 実は一度目を閉じて気を引き締めると―――


「エーリリテ。」


 尚希の隣に目を向けた。


「今すぐに、街の人に避難するよう知らせることはできる?」
「……え?」


 エーリリテは間の抜けた声を出した。
 しかし、実の真剣な表情に事態の深刻さを察したのか、すぐに真面目さを取り戻す。


「それぞれの地区の代表者に連絡を取れば、なんとか。」


「なら、今すぐにお願い。とにかく建物の中に入って、いいって言うまで出るなって伝えて。」


「分かったわ。」


 エーリリテは硬い表情で頷き、急いで屋敷の中に戻っていく。
 それを見送っているところで、手の中の水晶玉がまばゆい光を発した。


「時間か……」


 街の向こうに目を戻すと、太陽はもう見えなかった。


「ハエル。ハエルも家の中に戻って。」
「ですが……」
「ハエルには、自分の仕事に集中してもらわないと困る。」


 実の瞳が、一切の抗議を受けつけないと言外に語る。


「実様……」


 ハエルは迷い、結局何も言うことなく屋敷の方へと歩を進めていく。


 ハエルが自分の身を案じてくれているのは分かっている。
 だが、彼には自分の仕事をしていてもらわないと意味がないのだ。


 微かに胸に走る痛みを無視して、実はハエルに背を向けた。


 水晶玉が何かを訴えるように震え始めたので、それに応えて手を開く。


 すると、水晶玉はゆっくりと実の手から浮き、次の瞬間には猛スピードで空へと飛んでいった。


 直後に周囲が目を焼くほどにまぶしい光で照らされ、嵐のような突風が巻き起こる。


 全員の視界を奪った光と風の乱舞は、ものの十数秒で収まった。


 静かに目を開けて顔を上げた実は大きく目を見開き、次にあざけるような笑みを零す。


「こいつは傑作だな。」


 水晶玉から生まれたそれを見やり、呟く。




 そこにあったのは、周囲の建物と並ぶほどに巨大な獅子ししの姿だった。



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