世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
136 / 714
第1章 思い出したくない記憶

恐怖の夜

しおりを挟む

「うわあああああぁぁっ!!」


 自分の耳を、自分の絶叫がつんざいた。
 それに驚いて、慌てて身を起こす。


 しかし、これだけの絶叫をあげておきながら、夢から覚めたばかりの意識は現実感のなさに支配されていた。


 これは夢?
 それとも現実?


 混乱した頭では、それすらも判別できない。


 そんな意識とは対照的に体は活発で、肩が荒い呼吸に合わせて大きく上下に動き、心臓がとても速いテンポでうるさく脈を打っている。


 意識と肉体のせめぎ合い。
 その軍配は、やがて肉体の方に挙がった。


 興奮している体にかされるように、おぼろげだった意識が覚醒していく。
 徐々にではあるが、暴れる呼吸と鼓動を鎮めようと理性が働く。
 その理性に応えて、体は長い時間をかけて落ち着きを取り戻していった。


 それでようやく、今が現実なのだと理解するに至る。


「―――……」


 その瞬間に全身から力が抜けて、実はベッドに倒れ込んでしまった。


 柔らかい枕が、力なく落ちてきた頭を受け止める。
 見慣れた天井が視界に広がって、無意識のうちに安堵して息を吐いた。


 目の前に広がるのは、灰色の闇。
 夜は明けるにはまだ早い時間のようだ。


 夜目がいて青ざめた世界に響くのは、規則正しくなった己の呼吸音だけ。
 それ以外に、音らしい音は聞こえない。


 無機質な闇と異常なまでの静寂が、意識をより明瞭に、より敏感にしていた。


「………」


 ほんの少しだけ気持ちに余裕が生まれたので、実は首を巡らせて部屋を見渡した。


 闇の中に沈んでいる室内は特に異常もなく、いつもどおりの姿をさらしている。


 閉め切られたカーテンの隙間から差し込んだ月明かりが、床に細い線を作っていた。


 そんな部屋の中を見回して動いていると、冷たいものが頬を流れ落ちてくる。


 今さらながらに顔に手をやると、顔中が汗でぐっしょりと濡れていて、同じように濡れた前髪が額に張りついていた。


 おそらく、かなり長い間うなされていたのだろう。


 ふと、無意識で夢の記憶を辿る。


 瞬間、脳裏にものすごい鮮明さで、花びらが、木が、少女が、少女の笑顔が、泣き顔が、声が―――


「―――っ!!」


 一気に突き上げてきた恐怖を拒絶するように、勢いよく起き上がる。
 胸を押さえて、再び乱れかけた呼吸を必死に押し殺した。


 この一線を越えたら、自分はきっと叫び出してしまう。


 恐怖に飲み込まれそうになることにさらなる恐怖を覚えて、全神経を使って恐怖に耐えた。


 今はまだ夜中。
 こんな時間に騒ぎ出しては、近所迷惑になってしまう。


 恐怖に真正面から向き合ってしまわないように、夢とは関係のないことを自己暗示のように言い聞かせる。


 気が遠くなるような静寂の中、実は静止画のようにピクリとも動かなかった。


 しばらくして―――


「……ふう。」


 実の口から、深い息が吐き出された。
 胸を押さえていた手がベッドに落ちる。


「………」


 ゆっくりと膝を折った実は、膝の上に自分の額を乗せた。


 前髪を伝ったいくつもの汗が布団に落ちていく。
 それを眺めていると、疲れで体が重くなるよう。


 膝と額に、ぬめりとした汗の感触。
 さらには、全身にかいた汗がじっとりと服を濡らしている。
 風もない室内ではその汗が乾くわけもなく、服の中が蒸れて気持ち悪さを倍増させた。


 あまりの気持ち悪さと蒸し暑さに、着替えようと思ってベッドを降りる。
 自然と下を向いた視界に飛び込んできたのは、部屋を横切る光の線だ。


 ―――じっと。


 部屋の中にある唯一の光を、食い入るように見つめた。
 その光に吸い寄せられるように、目が自然と光の線を追う。


 こんなこと、しなくてもいいのに……


 そうは思っても、すでに意識の支配下を離れている目はただ光の元を辿るだけ。


 その先には、微かに隙間の開いたカーテン。
 それを見た胸に広がるのは、恐怖と嫌な予感。


 実はカーテンの前に立ち、布の端に手をかける。
 少しの逡巡しゅんじゅんの後、ぐっと手に力を込めて一気にカーテンを引き開けた。


「………」


 言葉もなく立ち尽くす。


 夜の街を優しく照らす月。
 月の背後を彩る宵闇の空。
 空に模様を作る灰色の雲。
 そんな空の芸術に包まれて、ひっそりとたたずむ家々。


 いつもと何一つ変わらない風景が、そこには広がっていた。


 拍子抜けして茫然としていた実はハッと我に返り、ずっと詰めていた息を一気に吐き出した。


「何やってんだろ、俺……」


 ぎゃく的に笑った実は、窓に背を預けて部屋全体を見渡した。


 カーテンを開けたことで、部屋の中はほのかに明るくなっていた。
 そんな薄暗い部屋の中に、月明かりを受けた窓と自分の影が伸びている。


 緊張の連続で疲れてしまい、実は疲労に浸食されている意識もそのままに、自分の影をぼうっと見つめていた。




 ―――ひらっ




「!!」


 薄茶色の双眸が、驚愕で見開かれる。


 部屋の床に映る自分と窓の影。
 そこに、新たな影が舞い込んできた。


 その影は窓の上方から現れて自分の影をひらりと横切り、窓の下方へと消えていく。


 ぞわり、と。
 背筋をおそがうねっていった。


 小さな影。
 まるで雪のような、花びらのような……


「………っ」


 組んでいた腕に力がこもり、首筋をひんやりとした汗が流れていく。
 それを拭いたくても、体が硬直して動かない。
 まばたきすらもままならない目は、窓と自分の影を見据みすえたまま凍りついてしまう。


 ―――ひらり、ひらり。


 時間が経過するにつれ、舞い散る影の数が増えていく。


 気のせいだと言い聞かせようとしていた自分を、嘲笑あざわらうかのように……


 気のせいで済ませたかった。
 夢のせいで幻影を見たのだと、きっと何かを見間違えただけだと、そう思いたかった。


 ―――だが、今はどうだろう。


 尽きることのない無数の影が、窓枠の中で踊っている。
 その様相まるで、窓の外でさんさんと雪が降っているかのよう。


 ―――でも、違う。


 自分の中には、悲しいほどの確信があった。


 だって、知っているもの。




 ―――今となっては、



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...