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第1章 思い出したくない記憶
涙と懺悔
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先ほどまでの蒸し暑さは幻覚だったのか。
凍えるような寒さが全身を苛み始める。
背後にどんな景色が広がっているのか。
そんなの、見なくたって分かる。
だからこそ、振り向くことができないのだ。
冷えきった指先が震えて、頭が痛くてたまらない。
(嫌だ……嫌だ……)
感情が全力で嫌がっている。
後ろを振り向くこと―――窓の外に広がっている景色を見てしまうことを徹底的に拒絶していた。
―――でも、この現実から目を背けることこそ許されないから。
どこからか湧き上がってきた、使命感にも似た思い。
それを拒絶する間はなかった。
あんなに嫌がっていたくせに、すんなりと首が回った。
自分の行動を理解するより前に視界がくるりと回転して、窓の外の景色が鮮やかに飛び込んでくる。
「―――……」
絶望を伴った脱力感が、足元から這い上がってきた。
そこでは、花びらが舞っていた。
雪のように白い花びらは遥か上空から降ってきて、窓を通過すると幻のように空気に溶けていく。
まるで、見るのは自分だけでいいとでも言うように。
「ははは……」
感情のこもらない乾いた笑い声を漏らしながら、実はへなへなとその場に座り込んだ。
異常に重たく感じる手を伸ばし、カーテンを掴む。
そして、ひどく悲しそうな表情を浮かべ、カーテンを閉めた。
今度は、わずかな隙間も作らないほどにきっちりと。
カーテンに作られたしわ。
それが、そこを握る手にどれほどの力が込められているのかを物語っていた。
部屋の中が、また暗闇に包まれる。
その闇の中で、実はゆっくりと立ち上がった。
カーテンを見つめるその顔は、何の感情も映してはいない。
ふらついた歩調で、実はカーテンの前を離れてクローゼットまで移動する。
クローゼットの取っ手には、もう着慣れた制服がかかっている。
それをしばらくじっと見つめていた実は、制服のポケットに手を伸ばした。
そこから取り出したのは、小さな黒い手帳。
それをゆっくりと開く。
開いた表紙裏には、一枚の写真が挟まっていた。
古い写真だ。
ずっと持ち歩いているせいで写真の端は黄色く変色し、すぐに破れてしまいそうなほどに劣化している。
しかし、よほど大切に保管されていたのか、劣化しているのは端だけで、写真自体は比較的綺麗なものだった。
写真に写っているのは、幼い頃の自分。
幼稚園の制服に身を包んだ自分は、無表情でカメラを見つめている。
人によっては、カメラを睨んでいるようにも見えるかもしれない。
周囲で駆け回る園児たちや、園庭を彩る木々や花たち。
そんな明るい幼稚園の風景にはそぐわない表情で、幼い自分は写真の中に立っている。
カメラを見つめる表情には、これといった感情を宿していない。
幼く大きな瞳に広がっているのは、果てしない虚無だけだ。
―――そして、もう一人。
人形のような自分に抱きついて、その子は満面の笑みを浮かべていた。
少しくせのついたふわふわな黒髪に、さらに深い闇色の瞳の少女。
少女は、自分とは正反対の笑顔でカメラに笑いかけていた。
いかにも幼稚園児らしい、無垢な笑顔だ。
幼稚園の背景は、彼女のために用意されたもののようだった。
全てが彼女のために存在し、彼女を飾り、彼女の可愛らしさを際立たせている。
実は、写真の中で笑う少女を見つめた。
ずっとずっと、飽きることなく、何も考えず、ただじっと見つめていた。
やがて―――
「―――――桜理……」
囁くように、その名を呼ぶ。
その瞬間、写真の上に一粒の雫が落ちた。
「あ…」
急に流れて落ちた涙に、少し驚いてしまった。
慌てて目頭を拭う。
しかし、一度流れ出した涙は拭っても拭っても止まらなかった。
「―――っ」
とうとう耐えきれなくなって、実はその場にしゃがみ込んだ。
写真を大切そうに抱え込んだ実の口から、静かな嗚咽が零れ始める。
「桜理…っ」
嗚咽の間に、消え入りそうな声が混じる。
悲しい。
苦しい。
つらい。
悔しい。
憎い。
そんな感情が涙と共にあふれ出しては流れ、どんどん心を壊していく。
すでに、涙を止める意志さえも奪い去られていた。
様々な感情がぐちゃぐちゃに入り乱れて、頭があっという間に真っ白になっていく。
感情の奔流に流されるがまま、泣くしかなかった。
泣いて、泣き続けて、意識が朦朧としてきてもなお、涙は止まらなかった。
泣き疲れて、体が重くなっていく。
しゃがんでいるのにも疲れて、冷たい座り込んだ。
いくつもの涙がフローリングの床に落ちていく。
その度にぽつり、ぽつりと小さな音が立った。
「……桜理、桜理。」
泣きながら、名を呼んだ。
呼び声に応える者はいない。
自分自身も、応える声がないことは知っていた。
しかし、その名を呼ぶ声は無意識のうちに自分の口から零れ落ちてしまう。
「―――ごめん。」
呟く。
「ごめん、桜理。」
無機質な暗闇の中に力なく座り込んで、泣きながら謝り続けた。
「ごめん……ごめん…っ」
いつの間にか、空は白み始めていた。
実の声はカーテン越しに明るくなり始めた部屋の中にひっそりと響き、静かな空気に吸い込まれて消えていく。
「ごめん……桜理……」
凍えるような寒さが全身を苛み始める。
背後にどんな景色が広がっているのか。
そんなの、見なくたって分かる。
だからこそ、振り向くことができないのだ。
冷えきった指先が震えて、頭が痛くてたまらない。
(嫌だ……嫌だ……)
感情が全力で嫌がっている。
後ろを振り向くこと―――窓の外に広がっている景色を見てしまうことを徹底的に拒絶していた。
―――でも、この現実から目を背けることこそ許されないから。
どこからか湧き上がってきた、使命感にも似た思い。
それを拒絶する間はなかった。
あんなに嫌がっていたくせに、すんなりと首が回った。
自分の行動を理解するより前に視界がくるりと回転して、窓の外の景色が鮮やかに飛び込んでくる。
「―――……」
絶望を伴った脱力感が、足元から這い上がってきた。
そこでは、花びらが舞っていた。
雪のように白い花びらは遥か上空から降ってきて、窓を通過すると幻のように空気に溶けていく。
まるで、見るのは自分だけでいいとでも言うように。
「ははは……」
感情のこもらない乾いた笑い声を漏らしながら、実はへなへなとその場に座り込んだ。
異常に重たく感じる手を伸ばし、カーテンを掴む。
そして、ひどく悲しそうな表情を浮かべ、カーテンを閉めた。
今度は、わずかな隙間も作らないほどにきっちりと。
カーテンに作られたしわ。
それが、そこを握る手にどれほどの力が込められているのかを物語っていた。
部屋の中が、また暗闇に包まれる。
その闇の中で、実はゆっくりと立ち上がった。
カーテンを見つめるその顔は、何の感情も映してはいない。
ふらついた歩調で、実はカーテンの前を離れてクローゼットまで移動する。
クローゼットの取っ手には、もう着慣れた制服がかかっている。
それをしばらくじっと見つめていた実は、制服のポケットに手を伸ばした。
そこから取り出したのは、小さな黒い手帳。
それをゆっくりと開く。
開いた表紙裏には、一枚の写真が挟まっていた。
古い写真だ。
ずっと持ち歩いているせいで写真の端は黄色く変色し、すぐに破れてしまいそうなほどに劣化している。
しかし、よほど大切に保管されていたのか、劣化しているのは端だけで、写真自体は比較的綺麗なものだった。
写真に写っているのは、幼い頃の自分。
幼稚園の制服に身を包んだ自分は、無表情でカメラを見つめている。
人によっては、カメラを睨んでいるようにも見えるかもしれない。
周囲で駆け回る園児たちや、園庭を彩る木々や花たち。
そんな明るい幼稚園の風景にはそぐわない表情で、幼い自分は写真の中に立っている。
カメラを見つめる表情には、これといった感情を宿していない。
幼く大きな瞳に広がっているのは、果てしない虚無だけだ。
―――そして、もう一人。
人形のような自分に抱きついて、その子は満面の笑みを浮かべていた。
少しくせのついたふわふわな黒髪に、さらに深い闇色の瞳の少女。
少女は、自分とは正反対の笑顔でカメラに笑いかけていた。
いかにも幼稚園児らしい、無垢な笑顔だ。
幼稚園の背景は、彼女のために用意されたもののようだった。
全てが彼女のために存在し、彼女を飾り、彼女の可愛らしさを際立たせている。
実は、写真の中で笑う少女を見つめた。
ずっとずっと、飽きることなく、何も考えず、ただじっと見つめていた。
やがて―――
「―――――桜理……」
囁くように、その名を呼ぶ。
その瞬間、写真の上に一粒の雫が落ちた。
「あ…」
急に流れて落ちた涙に、少し驚いてしまった。
慌てて目頭を拭う。
しかし、一度流れ出した涙は拭っても拭っても止まらなかった。
「―――っ」
とうとう耐えきれなくなって、実はその場にしゃがみ込んだ。
写真を大切そうに抱え込んだ実の口から、静かな嗚咽が零れ始める。
「桜理…っ」
嗚咽の間に、消え入りそうな声が混じる。
悲しい。
苦しい。
つらい。
悔しい。
憎い。
そんな感情が涙と共にあふれ出しては流れ、どんどん心を壊していく。
すでに、涙を止める意志さえも奪い去られていた。
様々な感情がぐちゃぐちゃに入り乱れて、頭があっという間に真っ白になっていく。
感情の奔流に流されるがまま、泣くしかなかった。
泣いて、泣き続けて、意識が朦朧としてきてもなお、涙は止まらなかった。
泣き疲れて、体が重くなっていく。
しゃがんでいるのにも疲れて、冷たい座り込んだ。
いくつもの涙がフローリングの床に落ちていく。
その度にぽつり、ぽつりと小さな音が立った。
「……桜理、桜理。」
泣きながら、名を呼んだ。
呼び声に応える者はいない。
自分自身も、応える声がないことは知っていた。
しかし、その名を呼ぶ声は無意識のうちに自分の口から零れ落ちてしまう。
「―――ごめん。」
呟く。
「ごめん、桜理。」
無機質な暗闇の中に力なく座り込んで、泣きながら謝り続けた。
「ごめん……ごめん…っ」
いつの間にか、空は白み始めていた。
実の声はカーテン越しに明るくなり始めた部屋の中にひっそりと響き、静かな空気に吸い込まれて消えていく。
「ごめん……桜理……」
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