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第4章 桜をまとう少女
不釣り合いな関係
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桜理がベッドから降りながら、声だけで入室を促す。
ドアを開けて入ってきたのは、拓也と尚希だ。
その二人を見て、実は心の中だけで礼を言う。
「調子はどうだ、実?」
尚希が気遣わしげに訊ねてくる。
「このとおり。なんか、一気によくなりましたよ。」
そう言ってベッドから飛び降り、どこかおどけたような顔を浮かべる実。
そんな実の悪びれる様子のなさに、拓也が呆れたように溜め息をついた。
いつもなら説教の一つや二つでも飛んできそうなものだが、桜理の手前自重しているのかもしれない。
「ま、今回は何日も眠り続けなかっただけマシか?」
尚希のそんな言葉で、ようやく時間に意識がいった。
窓の外を見ると、ここに来たばかりの時はまだ高い位置にあった日が完全に落ちていた。
明かりがない外は真っ暗。
しかし、そんな暗闇の中でも、舞い落ちる花びらたちは異様な白さを誇っている。
一体、地球の方ではどれだけの時間が流れてしまっているのだろう。
影が自分の代わりをしてくれている以上、そこまで重要視する問題でもないのだけど。
「そうですよ。一応休んでから来たんですし、そこまで無理をしたわけでもないじゃないですか。」
半分冗談で言ったのだが、そう言った途端に三人が一斉にこちらを睨んできた。
〝違うだろ〟
彼らのそれぞれの目から、そんな一言が聞こえてきそうだ。
三人の視線が、まあ痛いことで。
「大丈夫ですって。このくらいじゃ、くたばりませんから。」
笑顔を貼りつけて、軽く受け流すように手を振って見せる。
「………」
桜理と尚希が溜め息をつく中、何故か拓也だけがどこか悲しそうな顔をした。
ほとんど意識せず、実はそれにあえて気付かないふりをする。
「で? この後、どうするんだ?」
話を切り替えた尚希が次の質問を。
どうやら、本題はこちらのようだ。
「ああ、どうしましょうか……」
「ねえ、実。」
実が考える素振りを見せると、すかさず桜理が割って入ってきた。
「今日は、こっちに泊まっていかない? もう遅いし、それに……もっと、実と話していたいから。」
「え? えーっと……」
問われた実は戸惑いながら、拓也と尚希に目だけで問いかける。
「おれは、別に構わないけど?」
大体予測できていたのか、拓也はあっさりとした口調で言う。
その隣で、尚希も肩をすくめた。
「オレも異議なし。」
二人の同意に、桜理の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとう、実! 拓也さんと尚希さんも、ありがとうございます。ここでは、自由に過ごしてくださいね。」
あまりにも嬉しかったのか、桜理は満面の笑みで実に飛びついた。
そこでふと、尚希の表情が変わる。
「……なあ、実。」
「なんですか?」
実が問い返すと、尚希は言いにくそうにぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。
「明日に帰るんだよな?」
「ええ、予定では。」
「じゃあ、今日ならオレは別行動をしても大丈夫だよな。ちょっと、行きたいところがあって。」
「……ああ。」
尚希の態度でピンときた。
「エーリリテのところですか?」
「!!」
図星だったようで、尚希の表情が一気に赤くなる。
そんな彼の様子に後ろの拓也が必死に笑いをこらえるが、成功しているとは言い難く、手で押さえた口からは微かな笑い声が。
「いいんじゃないですか? というか、わざわざ俺に許可を取る必要もないですよ。いってらっしゃーい。」
尚希の反応が面白いのでからかいの意味も含めて手を振ってやると、尚希は顔を真っ赤にしたまま踵を返した。
そのついでに、拓也の首根っこを掴んで引きずっていく。
「ええっ!? 尚希、おれもか!?」
拓也の驚いた声が、ドアの向こうに消えていく。
二人の気配が十分に遠退くのを待って、実は深く息を吐いて肩から力を抜いた。
そうしてから、隣に桜理がいたことに思い至る。
ハッとして桜理を見ると、桜理は真顔でこちらを見つめていた。
「……さっきの素直になったって言葉、取り消すね。」
桜理が憐れむような表情でそう言う。
それで、何もかもが見抜かれていたと知った。
「実は昔と変わらず、みんなと距離を取っちゃうんだね。しかも、すっごく自分を隠すのが上手になってる。正直、私でも見分けるのは難しいかも。」
「……そっか。」
曖昧に笑って、実は桜理から少し視線をずらした。
桜理に自分の心を見透かされていると思うと、目を合わせることができなかったのだ。
桜理は、尚希たちが消えていったドアを見やる。
「実は、あの二人にひどいことをしてるね。あの二人の実に対する気持ちは本物なのに、実はどうしても自分を隠そうとしてる。不釣り合いだね、それって。」
「……そうだね。」
実は淡々と桜理に相槌を打つ。
「それに、拓也さんは実が心を開いてないって気付いちゃってる。だからさっき、あんなに悲しそうな顔をしてたんだね。実がそれに気付いてないわけないよね? 分かってたのに無視したんでしょ?」
「……うん。」
「いいの? それで。」
桜理は実の正面に立ち、実をまっすぐに見つめた。
「せっかく近付いてくれる人がいるのに、いいの? 私の時も、最初はそうだったよね? そこまでしてみんなを拒んで、独りになる必要があるの? 寂しくはないの?」
「……別に、寂しくはないよ。ただ、少しだけ悪いなとは思ってる。でも、俺が近付きすぎたって、あの二人に重荷を背負わせることになるだけだし。」
思ったことを素直に吐き出すだけなので、言葉はするすると出てきた。
桜理は、憂いに満ちた表情で目を伏せる。
まるで融通の利かない子供を相手にして困っているような、そんな顔だった。
「そう…。何が、そんなに実を歪めちゃったんだろうね。」
痛いところを突かれて、実は返答に窮する。
そうだ。
桜理は自分の過去を―――自分が抱えるものを知らないのだ。
自分がこの世界で殺され続けてきた存在であることを、桜理は知らない。
だからといって桜理にこのことを話せるかと言われると、それはできない。
世の中には、知るだけで身に危険が及ぶこともある。
そして、自分の事情はまさにそれに当てはまるのだから。
実はごまかすように微笑むだけ。
桜理は、それを見て声をあげた。
「あ、そうだ。」
「何?」
「私の前では、そうやって無理に笑わないでね。つらいから。」
「……え?」
きょとんとした実は、思わず視線を桜理に戻す。
驚いたというよりは、不思議でならなかった。
「つらい? どうして?」
「確かに、実が笑ってくれると嬉しいんだけど……」
桜理は、泣くのをこらえるように唇を噛み締めた。
「だけどね……今の実の笑顔は自然すぎて、私には逆に作り物みたいに見えるの。だから、つらい。無理してる実を見るのは、嫌なの。」
真摯に訴えてくる桜理。
その純粋な顔を、真正面から見つめ返すことができなかった。
拓也たちが相手の時は、たとえ隠し事をしていても、まっすぐに二人と対峙することができた。
心の裏を探られたとしても、隠し通せる自信があったから。
しかし、桜理を前にするとこんなにも違う。
こういう時にどうしても心を隠そうとする昔の自分の部分が、今は全くその片鱗を見せないのだ。
「……ごめん。」
実は素直に表情を曇らせた。
そしてふと、そんな自分の行動に疑問を持つ。
―――どうして自分は、こんなにも素直に桜理に従っているのだろう、と。
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