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第4章 桜をまとう少女
ささやかなきっかけ
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桜理と実際に時間を共に過ごしたのは、厳密に言えば自分じゃない。
記憶を失う前の自分―――子供の姿をしたあの悪魔だ。
もはやそれが別人格として確立している今、桜理のことを忘れていた自分が彼に合わせる必要もない。
桜理に気を遣っているのも、桜理の言うとおりにしたいのも彼の方であって、自分ではないのだから。
だけど……
(分かってるけど……逆らえない……)
じわじわと、全身に嫌なものが広がっていく気分。
それに、実は苦い顔をするしかなかった。
そもそも、桜理のことで壊れ始めたのは彼の方だった。
世界中の全てを嗤うその裏で、彼はひどい罪悪感に打たれて、ずっと自分を責め続けていた。
それに対して自分は、彼にもまだまともな感情があったのかと、そう思っただけ。
むしろ、それなら好都合だと思っていたかもしれない。
何もできなかった自分を責め続けて、そのうち精神が擦り切れて自滅する。
声を殺して咽び泣く彼の姿からは、そんな未来がありありと想像できた。
もしそうなるなら、自分は何に囚われることもなく、望んだ自分を得ることができる。
彼の価値観に飲み込まれていると自覚していた手前、どうせならそうなってくれと願う自分がいたのだ。
―――最初は、確かにそうだった。
それなのに、いつからだろう。
彼と一緒になって、自分も精神を病ませていってしまったのは。
確かに、記憶を封じた後も桜理の写真は持っていたので、彼女のことを他人とは思えなかった節はある。
それでも、あそこまで病むことはなかっただろうと。
桜理と再会したことで冷静になった今なら、そう思える。
無意識で記憶を遡っていると、ある一点で記憶のページが止まった。
そうだ、あの時か。
あまりにも自身を責め続ける彼に、自分は少し……ほんの少しだけ、同情したことがあったっけ。
だって、理解できてしまったから。
彼の苦しさが、自分のことのように思えて仕方なかった。
だから同情した。
今思えば、それがいけなかったのだろう。
それ以来、彼の全てが自分自身のものになってしまった。
桜理に抱く罪悪感も。
桜理を大事に思っていた気持ちも。
そんな桜理を助けられなかった自分への怒りも。
思えば、あれからだ。
自分が桜理の夢を毎日のように見るようになったのは。
そうなってしまったが最後、彼と一緒になって潰れるまでに時間はかからなかった。
そうして今、彼を否定するどころか、彼に共感している自分ができあがってしまった。
邪魔者は殺してしまえばいいという一点だけは到底受け入れられないけれど、その他のことに対しては完全に彼を否定できなくなってしまっている。
まるで、度の合っていなかった眼鏡が徐々に合ってくるように。
彼の見ている世界が、自分にも鮮明に見え始めている。
このまま否定できないことが増えていってしまったら、自分などあっという間に彼に取り込まれてしまうのではないだろうか。
『賭けてもいいね。君は、僕に飲まれるよ。』
脳裏で響く彼の言葉。
それに、ぞくりと寒気がしたけれど……
(こればかりは、仕方ないじゃん……)
反射的にそう思ってしまう心は止められない。
何もかもを忘れていた自分には、桜理との具体的な思い出なんかない。
だけど、桜理の写真と共に育ち、心のどこかで常に彼女を意識してきたのは、間違いなく自分の方なんだ。
そう考えると、自分が彼と同じように桜理に執着してしまうのも当然のように思えてしまって。
「………っ」
初めて、本気で怖いと思った。
結局、抗うことなんかできないと。
自分はいつか、彼に飲み込まれるしかないのだと。
まざまざと突きつけられる現実を、自分はこのまま受け入れるしかないのだろうか…?
(俺は、どうすれば……)
自分の限界に追い詰められる実。
そんな実を、桜理は何も言わずに見つめていた。
何もかもを知っているかのような、静かな瞳で―――
記憶を失う前の自分―――子供の姿をしたあの悪魔だ。
もはやそれが別人格として確立している今、桜理のことを忘れていた自分が彼に合わせる必要もない。
桜理に気を遣っているのも、桜理の言うとおりにしたいのも彼の方であって、自分ではないのだから。
だけど……
(分かってるけど……逆らえない……)
じわじわと、全身に嫌なものが広がっていく気分。
それに、実は苦い顔をするしかなかった。
そもそも、桜理のことで壊れ始めたのは彼の方だった。
世界中の全てを嗤うその裏で、彼はひどい罪悪感に打たれて、ずっと自分を責め続けていた。
それに対して自分は、彼にもまだまともな感情があったのかと、そう思っただけ。
むしろ、それなら好都合だと思っていたかもしれない。
何もできなかった自分を責め続けて、そのうち精神が擦り切れて自滅する。
声を殺して咽び泣く彼の姿からは、そんな未来がありありと想像できた。
もしそうなるなら、自分は何に囚われることもなく、望んだ自分を得ることができる。
彼の価値観に飲み込まれていると自覚していた手前、どうせならそうなってくれと願う自分がいたのだ。
―――最初は、確かにそうだった。
それなのに、いつからだろう。
彼と一緒になって、自分も精神を病ませていってしまったのは。
確かに、記憶を封じた後も桜理の写真は持っていたので、彼女のことを他人とは思えなかった節はある。
それでも、あそこまで病むことはなかっただろうと。
桜理と再会したことで冷静になった今なら、そう思える。
無意識で記憶を遡っていると、ある一点で記憶のページが止まった。
そうだ、あの時か。
あまりにも自身を責め続ける彼に、自分は少し……ほんの少しだけ、同情したことがあったっけ。
だって、理解できてしまったから。
彼の苦しさが、自分のことのように思えて仕方なかった。
だから同情した。
今思えば、それがいけなかったのだろう。
それ以来、彼の全てが自分自身のものになってしまった。
桜理に抱く罪悪感も。
桜理を大事に思っていた気持ちも。
そんな桜理を助けられなかった自分への怒りも。
思えば、あれからだ。
自分が桜理の夢を毎日のように見るようになったのは。
そうなってしまったが最後、彼と一緒になって潰れるまでに時間はかからなかった。
そうして今、彼を否定するどころか、彼に共感している自分ができあがってしまった。
邪魔者は殺してしまえばいいという一点だけは到底受け入れられないけれど、その他のことに対しては完全に彼を否定できなくなってしまっている。
まるで、度の合っていなかった眼鏡が徐々に合ってくるように。
彼の見ている世界が、自分にも鮮明に見え始めている。
このまま否定できないことが増えていってしまったら、自分などあっという間に彼に取り込まれてしまうのではないだろうか。
『賭けてもいいね。君は、僕に飲まれるよ。』
脳裏で響く彼の言葉。
それに、ぞくりと寒気がしたけれど……
(こればかりは、仕方ないじゃん……)
反射的にそう思ってしまう心は止められない。
何もかもを忘れていた自分には、桜理との具体的な思い出なんかない。
だけど、桜理の写真と共に育ち、心のどこかで常に彼女を意識してきたのは、間違いなく自分の方なんだ。
そう考えると、自分が彼と同じように桜理に執着してしまうのも当然のように思えてしまって。
「………っ」
初めて、本気で怖いと思った。
結局、抗うことなんかできないと。
自分はいつか、彼に飲み込まれるしかないのだと。
まざまざと突きつけられる現実を、自分はこのまま受け入れるしかないのだろうか…?
(俺は、どうすれば……)
自分の限界に追い詰められる実。
そんな実を、桜理は何も言わずに見つめていた。
何もかもを知っているかのような、静かな瞳で―――
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