世界の十字路

時雨青葉

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第7章 本当の気持ち

どうして、こんなにも―――

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 突然割って入った声に、全員の呼吸が止まる。
 そして、自然と声の主を目を向けた。


 倒れていたはずの実が、うつ伏せの状態から上半身をだけを起こしていた。
 無理に体を起こしているのは、震えている腕からも一目瞭然だ。


 実は渾身の力で叫ぶ。


「もうやめてくれ! これは、俺が自分で選んだことなんだ。だから、これ以上桜理を傷つけないでくれ! 桜理が生きてきた意味を、否定しないでくれ! 頼むから……桜理の未来を、潰さないでくれ!!」


 それは、切願に近かった。


 叫んだ苦しさから、実が力なく咳き込む。
 一緒に血を吐いたらしく、その口の端から血が流れて筋を作った。


 ―――生きてきた意味。


 実の言葉を反芻はんすうしながら、桜理はさらに自問していた。


 私は、こんなことを望んでいたの?
 本当に、実に復讐することが生きてきた意味だったの?


 このまま実を見殺しにして、私の心は晴れるの?
 私は嬉しいの?


 復讐を遂げたとして……私はこの先、何にすがってに生きていくの?




 私は……―――本当に、実に死んでほしいの?




 梨央にいだいたしっ
 あの時の自分を満たした、子供っぽい独占欲。


 あれは一体、なんだった?


 自問の答えを探して、桜理は実を見つめる。


 実は桜理がこちらを見ていることに気付くと、とても穏やかに笑った。
 その口元が、声を出さずに微かに動く。




 ―――――〝大丈夫だから〟




「―――っ!!」


 気付いた。
 気付いてしまった。


 気付きたくなかった。
 認めたくなかった。
 なのに、悟ってしまった。


 無意識に隠した、本当の気持ちに。


「……どうして…っ」


 桜理は、実に向かって叫んだ。


「どうして何も変わってないのよ! どうして、あの頃と同じで真っ白なままなの!? みにくく汚れて言い訳ばっかりしてくれれば、私は楽だった! こんなに躊躇ちゅうちょしなかった! なんの迷いもなく、あなたなんか殺してやったのに!! なんで、私のために死ぬようなことができるの!?」


 どうして、どうして―――どうして!?


 心の中を吐露して、その勢いにかされるままに桜理は駆け出した。
 しかし、実に駆け寄ろうとした足は、彼を守る結界によってはばまれる。


「この中に入れて!」


 桜理は桜に怒鳴ったが、桜は静かに枝を揺らすだけだ。


「それはできない。」


「どうして!?」


「それが、こやつの望みだからだ。この結界は、こやつの無意識が作り出したもの。桜理が生きるために、絶対に邪魔をさせるつもりがないということだ。われは、こやつの選択に黙って従うつもりだ。」


 桜が断言すると同時に、重たいものが落ちるような音がする。
 見ると、実が完全に力を失って倒れていた。


 実はすでに、最期への一歩を踏み出してしまった。
 彼の命の灯火が燃え尽きるまで、もういくばくもない。


 そんな光景に直面して、頭が真っ白に染まる。


「聞きなさい! 実!!」


 桜理は必死に結界を叩いた。


 このくらいでは結界は壊れない。
 それでもいい。


 実に自分の言葉が届いてくれれば、ただそれでいい。


(お願い、実に届いて!)


 心の底から、切に願う。


「こんなことをされたって、私は絶対に幸せになんかなれない! あなたを失って、笑っていられるわけないじゃない!! 実を死なせるくらいなら、生き延びなくていい。私に笑ってほしいなら……戻ってきなさい、実!!」


 力の限りに叫んだ途端、ガラスが割れるような音が響いた。
 それと同時に、実と自分を隔てていた不可視の壁が消える。


 そこからは、がむしゃらに走った。


 実に辿り着くまでの距離が、普段の何倍も長く感じる。


 実の傍に転ぶように座り込み、ゆっくりとその体に触れる。


 まだ温かい。
 もう随分と弱いが、ちゃんと鼓動を感じる。


 彼は、まだ生きている。
 そのことが、どうしようもなく嬉しかった。


 桜の根が動いて、それに合わせて実の体も動く。
 実の表情が見えやすいように、桜が実の体勢を変えてくれたのだ。


「実…」


 桜理は、実の蒼白な頬に触れた。


 実が憎い。
 憎いはずだった。
 憎もうとした。


 それが、当然だと思っていたから。


「実…っ」


 涙があふれた。


 憎い。
 とても憎い。


 なのに………


 桜理は実の唇に、自分のそれを重ねる。




 なのに―――どうして、こんなにも愛しいのだろう……




「実……嘘をついて、ごめんなさい。お願い、帰ってきて…っ」


 涙なんて拭わずに、全力で実を抱き締める。


 なんて馬鹿なんだろう。
 こうなるまで、自分の本心を認められないなんて。


 本当は、最初から気付いていたくせに。
 それでも、必死に見ないようにしていた。


 忘れられた悲しさを思い返して、実を憎むことに集中して本心を塗り潰そうとした。


 だけど―――


「死なないで……お願い。」


 涙が、次から次へと零れてくる。


 失いたくない。
 消えてほしくない。


(今度こそ、私を一人にしないで……)


 目を閉じて、ただそう祈った。

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