187 / 714
第7章 本当の気持ち
忘れてなんか、なかったんだよ。
しおりを挟む「………」
実が倒れていく姿を、桜理はただ茫然と見つめていた。
この桜が人を襲うところなんて、初めて見る。
桜も生きた人間を襲ったことはないと言っていたから、きっと実が初めてなのだろう。
桜理は見ていた。
そして、感じていた。
実が自分の腕を傷つけた瞬間、桜がざわめき出したのを。
実が何をしたのかは分からなかった。
気付いたら急に地中から飛び出した一本の根が、実の肩を目にも止まらぬ速さで貫いていた。
それは、本当にまばたき一つの間の出来事で……
凄惨な光景を目の当たりにした瞬間、放心してしまっていた。
目の前で起こっていることは何?
実が、本当にこんなことをするなんて……
これは、私が実にさせたことなの?
もう一人の自分が問いかけてくる。
桜が何か実に話しかけているけど、何を話しているのかは分からない。
桜が聞かせないようにしているのか、それとも自分が聞きたくないのかは判断がつかなかった。
「桜理!!」
上空の方から、誰かが自分を呼んだ。
麻痺した思考は役には立たず、声に反応した体だけが勝手に首を巡らせる。
建物の屋根から、招いていない訪問者たちは飛び降りてきた。
梨央と拓也だった。
二人して、緊迫した表情をしている。
「………っ」
梨央の姿を見た瞬間に苦い気持ちが広がっていくような気がして、桜理は思わず唇を噛む。
ちょっとした嫉妬だった。
初対面の時は「実の彼女?」なんて軽く言ってみせたけど、内心で梨央の存在にかなり驚いた。
梨央の様子を見ていれば、梨央が実に好意を抱いていることには察しがついた。
だからこそ、梨央の存在が嫌だった。
確かに、自分の知っている実は封印されてしまっていて、その後の実はもはや別人だと聞かされていた。
だとしても、実の傍にいて実に好意を寄せる梨央が、どうしても好きになれなかった。
実の前では仲良くしてみせたけと、二人になった瞬間に我慢できなくなった。
言うつもりなんてなかったのに、思わず自分が実を利用するつもりだと言ってしまった。
だって、牽制しないと気が済まなかったんだもの。
そうしないと、嫉妬でおかしくなりそうだった。
実は自分のものなんだって。
心が必死にそう叫んでいたから。
『実君は、あたしだけのお友達だよ! 約束ね!?』
幼い頃に無邪気に告げた言葉が、残酷なまでに独占欲を掻き立てていた。
どうして、自分はこんなにも嫉妬しているのだろう。
実は、自分を忘れてしまったのに。
自分を忘れる道を選んで、笑って過ごしていたのに。
実は、憎い相手のはずなのに……
「―――っ!? 実!!」
梨央が真っ青になって金切り声をあげる。
実の状態に気付いたのだろう。
焦った拓也が桜の根から実を解放しようと魔法を繰り出すが、それは透明な壁のようなものにことごとく遮られる。
おそらく、あれは結界か。
拓也でも一筋縄ではいかないと察した梨央が、桜理を睨みつける。
「桜理!! 実に何をしたの!? あれをどうにかしてよ!」
詰め寄ってくる梨央に、桜理はふるふると首を振るしかなかった。
こんなこと知らない。
桜がこんな力を持っていたなんて、これまで聞いたこともない。
どうにかしろと言われても、何も知らない自分にはどうにもできない。
梨央はこちらの態度を、〝どうにもできない〟ではなく〝そんなことをしたくない〟という意味に取ったようだった。
梨央の顔にカッと血が上ったかと思うと、その腕が素早く動いて空気を切った。
パン、と。
澄んだ音が、自分の中でやけにはっきりと響いた。
叩かれた頬が、じんわりとした痺れを伴った痛みを発する。
そのおかげで、どこかに飛んでいた思考が徐々に戻ってきた。
梨央は、そんな桜理の胸に何かを押しつけた。
反射的にそれを受け取った桜理は、不可解げに眉をひそめる。
そこにあるのは、一冊の黒い手帳。
どういうつもりかと、目だけで梨央に訊ねる。
しかし、梨央はこちらを睨んだまま微動だにしない。
(開けろって言うの…?)
梨央の意思を汲み取った桜理は、その表紙をおそるおそる開けた。
そこにあったのは―――
「うそ…」
自分の口がそう呟いたのを、桜理は自覚していなかった。
何かの間違いじゃないだろうか。
こんなこと、あるわけない。
信じられない思いで、桜理は手帳に挟まっていた写真を食い入るように見つめる。
古くて小さなポラロイド写真。
そこに写るのは、幼い実と自分だった。
「忘れてなんか、なかったんだよ。」
梨央が言う。
「確かに昔、実は桜理のことを忘れたのかもしれない。でも、心はちゃんと桜理を覚えていたの。じゃなきゃ、こんなに大切に写真を持ち続けてるわけないでしょ。」
「……やめて。」
一歩、後ろに退く桜理。
(嫌……嫌……)
足元が大きくぐらつく感覚がする。
自分の信じてきた事実が唐突に幻になっていくようで、動揺から思わず手帳を落してしまった。
「この子は誰なのって訊くと、いつも『分からないけど、すごく大切な人だった気がする。』って言ってた。写真を見る度に、実があんたを想って切ない顔をしてたってことを、あんたは知らないでしょう?」
「嫌………言わないで。」
桜理の手が震える。
しかし、梨央は桜理の拒否を無視した。
これは、彼女が絶対に知らなければいけないことなのだ。
桜理のことなんてどうでもいい。
自分は、実のためだけに真実を伝える。
桜理の中で実が悪者で終わるなんて、自分は絶対に許せない。
「桜理。私は、あんたに嫉妬してた。もちろん今もね。だって、実の心にはいつだって桜理がいた。実が見ている世界の先には、絶対に桜理がいるの。実はいつでも桜理のことを想ってた。傍にいた私には分かる。誰よりも実の心を独占していたのは―――桜理、あんたよ。それを、あんたは知ってた?」
梨央の凄みの利いた視線に、桜理は怯んだ。
梨央の後を引き継ぐように、今度は拓也が口を開く。
「実は、ずっとあなたの存在に縛られていた。桜理を助けられなかったのは自分のせいだって、実は心が死んでしまいそうになるまで自分を追い込んだ。だから忘れたんだ。自分の心を守るために。」
拓也は追い詰められた実の姿を思い返して、痛々しげに眉根を寄せる。
「記憶を取り戻した後、実はあっという間に昔と同じ道を辿った。自分を責めて、心を病ませていった。見ているこっちがつらかったよ。あそこまでつらそうな実は、見たことがなかった。それでも、桜理のことを話す実の顔はものすごく穏やかで優しかった。実は今でも、あなたのことを心底大事に想っているんだ! だからっ……だから今、あんなことをしてるんだ……」
「………」
拓也の言葉に、桜理は何も答えられなかった。
実は忘れていなかった?
ずっとずっと、私を想っていたの?
実を追い込んだのは、私?
目まぐるしい自問の嵐が脳裏を揺さぶる。
「それなのに……それなのに、あんたは実に死ねって言ったのよ!?」
梨央がこらえきれずに叫んだ。
彼女の言葉は、一振りの剣となって自分の心を一刀両断する。
足元が崩れるような錯覚がして、膝が笑った。
へなへなと座り込んだ桜理を見下ろす梨央の瞳の中では、未だ冷め切らぬ怒りが火を噴いている。
「実はあんたを大事に想ってきたのに……なのに、あんたは―――」
「やめてくれ!!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる