世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
257 / 714
第6章 別れの時

もう、大丈夫。

しおりを挟む
 最後に残ったのは拓也と尚希。
 そして、呼吸をしていない久美子の亡骸なきがらだった。


 拓也は久美子の手を胸の前で組ませ、毛布とかけ布団を体の上に被せる。
 そして、そのまま布団に突っ伏した。


「……ティル?」


 尚希が心配そうに肩を叩いてきたが、拓也は答えない。




 ――――逝ってしまった。




 自分の前で、また死んでしまった。


 今さらながらに涙が出た。
 久美子を見送りきるまではと、なんとかこらえていた感情がぐるぐると巡る。


「やっぱり……結構きついよ、キース……」


 涙声で、そうとだけ。
 尚希はそれに答えあぐね、何か言おうにも言葉が見つからないようだった。


 結局何も言わずに、拓也の頭を少し乱暴になでる尚希。
 その優しさを感じながら、拓也は静かに目を閉じる。


 人の死とは、こうもあっけない。


 拒んでも拒んでも、その時は唐突にやってきて、一瞬のうちに何もかもを奪い去っていく。


 あの時も、そして今も。


 覚悟はしてきた。
 透が部屋に現れた時、久美子を見送ろうと決心した。


 それでも久美子を前にした時は怖かったし、久美子が透と共に逝くところを見るのはつらかった。


 似ているというのは厄介だ。
 違うと分かっていても、母を送っている気分に陥ってしまう。


 悲しかった。
 嫌だった。
 引き止めたかった。


 それらを全部我慢して、久美子を見送った。
 つらくないわけがない。


 拓也は顔を上げる。
 そこにあるのは、久美子の幸せそうな顔。


 悲しいし、つらい。
 けれど……


(これでいいんだよな、母さん。)


 こんな幸せそうに笑って、こんなに穏やかでほっとする香りを放つのだ。
 この死は、久美子にとっての不幸ではないだろう。


 ならば、この決断を後悔はしない。


 思い出しては苦しくなるだろうけど、最後の笑顔が脳裏にひらめいた時に、この選択が間違っていなかったと何度でも思えるはずだから。


 拓也は目を閉じ、目尻に残る涙を一気に拭い取った。
 そして、勢いをつけて椅子から立ち上がる。


 尚希の方を向くと、彼は面白いほどに弱りきった顔をしていた。


 かなり心配させただろう。
 初めて出会った日から、ずっと。


 拓也は尚希に、なんの無理もない笑顔を向けた。
 これまでかけた迷惑に対する謝罪と、感謝を込めて。


「ありがとう。キースのおかげで、ここまで来れたよ。」


 もしかしたら、自分が別れを告げたのは久美子や母だけではないのかもしれない。
 肩がすっかり軽くなった気分だ。


 拓也は深く息を吸って、吐く。


「もう、大丈夫だよ。」


 未だに心にくすぶる悲しみを振り払うように、そう告げる。
 次の瞬間―――




 ―――――ぞわり




 自分の背後で、何かがうごめいた。


「―――っ!?」


 背筋が瞬く間にあわ立つ。


 ずるっ……ずる……


 何かが背中からがれる感触。
 背後の不快感に、考えるよりも先に振り返っていた。


 視界いっぱいに広がる―――黒。


 背後には、不吉な闇をたたえた影があった。


「―――え?」


 目を丸くし、茫然とそれを見上げる拓也。
 それは間違いなく、今まさに自分の背後から離れようとしているところだった。


「させるか!」


 呆ける拓也を無視して、尚希が魔力を爆発させる。
 病室の空気が不可視の力に満たされるのは、まばたき一つの間の出来事だった。


「キース!?」


 尚希が病室中に結界を張り巡らせたので、拓也は慌てて尚希を見やる。
 尚希の表情は、緊迫したものになっていた。


 うようよとさまよう影の行く手を次々にはばむ尚希。
 やがて行く道を失った影が、その影の濃さを落とし始めた。
 尚希はそこに、躊躇ためらいなく飛び込む。


「この野郎! 実を返しやがれ!!」
「!?」


 尚希の言葉に、拓也は瞠目する。
 そんな尚希に、影は逆に彼に襲いかかるような素振りを見せた。


「キース!!」


 拓也は尚希に向かって手を伸ばす。
 尚希の服のすそを掴んだ瞬間、影が自分にも襲いかかってきて―――




 視界が、真っ暗な闇に染まった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...