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第6章 別れの時
〝さよなら〟
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言葉を失う久美子の視線の先。
そこには、背景に透けるように一人の少年が立っていた。
綺麗な黒髪をやや長髪気味に伸ばし、柔和な目元や顔つきが穏やかな雰囲気を放つ、大人びた印象の少年だ。
「―――透……」
茫然とする久美子。
拓也はそれを見て、ほっと息をついた。
自分が待っていたのは、この透だったのだ。
『透は、まだ私を迎えに来てくれない。まだ見えない。こんな寂しい気持ちのまま、死にたくないわ…。』
久美子のあの言葉が、頭にずっと残っていた。
尚希に心の内を吐露してすっきりした後も、その言葉だけが気がかりで何もできずにいた。
透がいなくては、久美子の元に行くことはできない。
そう思って、祈るような気持ちで透を呼び続けた。
現れる可能性も定かではなかったが、どうか母のために来てくれと願わずにいられなかったのだ。
固まって動かない久美子にどうしたらいいのか分からないのか、透は困ったように佇んでいる。
拓也は、そんな透に向かって笑いかけた。
これは、死にゆく久美子に自分が贈ることのできる、精一杯の手向けだ。
透は拓也の笑顔に答えて、おずおずと久美子に近付いた。
足音も立たなければ、動きに周囲の物が動いたりする様子もない。
透がベッド周りのカーテンに触れても、カーテンはしわの一つも作らない。
それが、彼が紛れもない死者である証。
「透…」
久美子は目の前の少年を見上げる。
信じられないと、その表情がありありと物語っていた。
「お母さん。」
透が口を開く。
その声は空気を揺らさずに、拓也たちの脳内に直接響く。
「ごめんね。迎えに来るのが遅れた。この人が呼んでくれなかったら、きっとここに来れなかったよ。」
拓也を見て、透は恥ずかしそうに舌を出して笑った。
写真の姿からは想像できないお茶目な仕草だったが、久美子にはそれが透のものだと痛いほどに分かるようだ。
彼の仕草を見たその双眸から、涙がぽろぽろと零れていく。
「透なのね……」
顔を両手で覆う久美子。
透は、そんな彼女の肩にそっと手を置いた。
しかし、その手は実感を伴っていないのだろう。
久美子に触れた透の瞳が、少し寂しそうに揺らめいた。
「お母さん、泣かないで。一緒に行こう?」
久美子の前に手を差し出す透。
それに何度も頷きながら、久美子は震える手を透に伸ばした。
時間をかけて、ゆっくりと。
手と手が近付く。
噛み締めるように。
確かめるように。
ゆっくり、ゆっくりと。
そして―――
久美子の手が、透の手の上に重なった。
透が隣の拓也に目をやる。
それを合図に、拓也は黙って手を振った。
その軌跡に光が舞い、次いで久美子の体が淡い光に包まれる。
―――これで、本当にお別れだ。
自分の中で暴れていた禁忌の反動が、途端にその勢力を失っていく。
この勢力が完全になくなれば、久美子は死ぬだろう。
自分は助かり、久美子が死ぬのだ。
それを実感しながら、拓也は魔法の解除を淡々と行う。
見届けなければならない。
久美子のために。
自分のために。
そして―――今は亡き母のために。
久美子が光の中で幸せそうに目を閉じる。
それが最後だった。
久美子の体が、重力に従ってベッドに倒れる。
拓也はそれを認めて、虚空に視線を上げた。
そこには、互いに固く手を取り合う久美子と透の姿。
死者と生者という絶対の壁により触れることも叶わなかった二人は、同じ死者になることでようやく触れ合うことができたようだ。
「ありがとう。」
久美子が拓也にそう言って笑いかけた。
その姿は、透と同じように景色を透かしている。
―――もう、戻れない。
拓也は湧き上がる感情をこらえ、笑みを浮かべる。
久美子はそんな拓也の前に舞い降り、もう一度その体を抱き締めた。
そこに……触れられているという感覚はなかった。
「あなたには、感謝しても感謝しきれないわ。あなたのお母さんは、世界一の幸せ者よ。絶対に。」
「そんな…。おれの方こそ、ありがとうございました。」
久美子は花が咲くように笑顔を輝かせると、拓也から離れて透の元に戻っていった。
「ありがとう。僕もお礼を言わなきゃね。」
今度は透が口を開いた。
それに対し、拓也は首を横に振る。
「いや、いいんだ。二人とも、ゆっくりとおやすみ。」
拓也と尚希が見守る中、二人の姿が淡く発光し始めた。
その姿が、徐々に光の中に透けていく。
別れの時が来たようだ。
「さよなら。」
久美子と透が、別れの言葉を口にする。
「さよなら、連城さん。」
拓也もそれに答える。
そして……
「さよなら――――母さん。」
消え入るような小さい声で、別れを告げる。
自分の過去と、誰よりも大好きだった母に。
「それと、ごめん。」
ずっと言いたかったその言葉を、小さく、微かに呟く。
久美子は笑った。
それは、拓也に対する母の答えを代弁しているかのように綺麗な笑み。
二人の姿が、空気に溶けて消えていく―――……
そこには、背景に透けるように一人の少年が立っていた。
綺麗な黒髪をやや長髪気味に伸ばし、柔和な目元や顔つきが穏やかな雰囲気を放つ、大人びた印象の少年だ。
「―――透……」
茫然とする久美子。
拓也はそれを見て、ほっと息をついた。
自分が待っていたのは、この透だったのだ。
『透は、まだ私を迎えに来てくれない。まだ見えない。こんな寂しい気持ちのまま、死にたくないわ…。』
久美子のあの言葉が、頭にずっと残っていた。
尚希に心の内を吐露してすっきりした後も、その言葉だけが気がかりで何もできずにいた。
透がいなくては、久美子の元に行くことはできない。
そう思って、祈るような気持ちで透を呼び続けた。
現れる可能性も定かではなかったが、どうか母のために来てくれと願わずにいられなかったのだ。
固まって動かない久美子にどうしたらいいのか分からないのか、透は困ったように佇んでいる。
拓也は、そんな透に向かって笑いかけた。
これは、死にゆく久美子に自分が贈ることのできる、精一杯の手向けだ。
透は拓也の笑顔に答えて、おずおずと久美子に近付いた。
足音も立たなければ、動きに周囲の物が動いたりする様子もない。
透がベッド周りのカーテンに触れても、カーテンはしわの一つも作らない。
それが、彼が紛れもない死者である証。
「透…」
久美子は目の前の少年を見上げる。
信じられないと、その表情がありありと物語っていた。
「お母さん。」
透が口を開く。
その声は空気を揺らさずに、拓也たちの脳内に直接響く。
「ごめんね。迎えに来るのが遅れた。この人が呼んでくれなかったら、きっとここに来れなかったよ。」
拓也を見て、透は恥ずかしそうに舌を出して笑った。
写真の姿からは想像できないお茶目な仕草だったが、久美子にはそれが透のものだと痛いほどに分かるようだ。
彼の仕草を見たその双眸から、涙がぽろぽろと零れていく。
「透なのね……」
顔を両手で覆う久美子。
透は、そんな彼女の肩にそっと手を置いた。
しかし、その手は実感を伴っていないのだろう。
久美子に触れた透の瞳が、少し寂しそうに揺らめいた。
「お母さん、泣かないで。一緒に行こう?」
久美子の前に手を差し出す透。
それに何度も頷きながら、久美子は震える手を透に伸ばした。
時間をかけて、ゆっくりと。
手と手が近付く。
噛み締めるように。
確かめるように。
ゆっくり、ゆっくりと。
そして―――
久美子の手が、透の手の上に重なった。
透が隣の拓也に目をやる。
それを合図に、拓也は黙って手を振った。
その軌跡に光が舞い、次いで久美子の体が淡い光に包まれる。
―――これで、本当にお別れだ。
自分の中で暴れていた禁忌の反動が、途端にその勢力を失っていく。
この勢力が完全になくなれば、久美子は死ぬだろう。
自分は助かり、久美子が死ぬのだ。
それを実感しながら、拓也は魔法の解除を淡々と行う。
見届けなければならない。
久美子のために。
自分のために。
そして―――今は亡き母のために。
久美子が光の中で幸せそうに目を閉じる。
それが最後だった。
久美子の体が、重力に従ってベッドに倒れる。
拓也はそれを認めて、虚空に視線を上げた。
そこには、互いに固く手を取り合う久美子と透の姿。
死者と生者という絶対の壁により触れることも叶わなかった二人は、同じ死者になることでようやく触れ合うことができたようだ。
「ありがとう。」
久美子が拓也にそう言って笑いかけた。
その姿は、透と同じように景色を透かしている。
―――もう、戻れない。
拓也は湧き上がる感情をこらえ、笑みを浮かべる。
久美子はそんな拓也の前に舞い降り、もう一度その体を抱き締めた。
そこに……触れられているという感覚はなかった。
「あなたには、感謝しても感謝しきれないわ。あなたのお母さんは、世界一の幸せ者よ。絶対に。」
「そんな…。おれの方こそ、ありがとうございました。」
久美子は花が咲くように笑顔を輝かせると、拓也から離れて透の元に戻っていった。
「ありがとう。僕もお礼を言わなきゃね。」
今度は透が口を開いた。
それに対し、拓也は首を横に振る。
「いや、いいんだ。二人とも、ゆっくりとおやすみ。」
拓也と尚希が見守る中、二人の姿が淡く発光し始めた。
その姿が、徐々に光の中に透けていく。
別れの時が来たようだ。
「さよなら。」
久美子と透が、別れの言葉を口にする。
「さよなら、連城さん。」
拓也もそれに答える。
そして……
「さよなら――――母さん。」
消え入るような小さい声で、別れを告げる。
自分の過去と、誰よりも大好きだった母に。
「それと、ごめん。」
ずっと言いたかったその言葉を、小さく、微かに呟く。
久美子は笑った。
それは、拓也に対する母の答えを代弁しているかのように綺麗な笑み。
二人の姿が、空気に溶けて消えていく―――……
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