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第5章 2日目
懊悩する蓮
しおりを挟む「そういえば……紫苑は結局、昨日は来なかったな。」
「………」
ふと、そう呟く隆文。
途端に、蓮の表情が空のように曇ってしまった。
「そう、だね……」
歯切れの悪い蓮の声は、なんとか絞り出したように苦しげな響きを伴っていた。
その後沈黙した蓮に、隆文はやれやれと溜め息をつく。
「そんなに後悔するなら、あんなこと言わなければよかったんじゃないのかな?」
「………っ! こ、後悔なんか―――」
「してるだろう。」
「違うって! ただ、少し言いすぎたかなって思って……」
「それを後悔というんだ。」
「後悔じゃない! 反省だ!!」
頑なに、蓮はそう言い張る。
「まったく…。どうしてそんなに意地を張るんだ? 父さんから見ると、お前が無理やりそう思おうとしているようにしか見えないぞ。」
隆文の指摘に、蓮の表情がぎくりと強張った。
どうやら、図星のようだ。
「蓮…」
控えめに隆文が促すと、しばらく躊躇うように唇を噛んでいた蓮は、やがて諦めて肩を落とした。
「どうすればいいのか、分からないんだ。」
「それは、紫苑に対して?」
隆文の問いに、こくりと小さく頷く蓮。
「僕は、僕なりの誠意を示したつもりだよ。だから、紫苑の言葉を聞いた時は頭にきた。でも、頭を冷やして考えると、植松さんの言うとおり、紫苑の言葉にも一理あるなって思う。自惚れじゃないけど、紫苑は僕たちをすごく大事に思ってくれてる。優先順位の一番に来るくらいに。そう思ったら、紫苑の言葉も仕方ないのかなって思ったんだ。だけど……」
「思い切り否定した手前、紫苑にそう言うのは気が引ける?」
「……うん。」
蓮は素直に頷いた。
「頭に血が上っていたとはいえ、僕は紫苑にかなりひどいことを言った。確かに少しはショックだったけど、失望だなんて……そこまでは思っていなかったのに。」
「蓮…。ばっちり後悔してるじゃないか。」
隆文の感想に、何も返す言葉がなかった。
確かに、今言ったことはどう聞いても後悔だ。
自分の心の内を素直に出した今、何を言い返せるだろう。
「………」
蓮は、浮かない表情で地面を見つめる。
白状してしまえば、紫苑に対するあの言動については、ずっと後悔していた。
あの時―――尚希が、紫苑をかばう発言をした時から。
『紫苑君がああ言うのは、蓮君たちのことがそれだけ大事だってことだよ。その気持ちを捨てろとは言えないさ。』
尚希の言葉を聞いた瞬間、頭の熱が急激に引いていくのを感じた。
頭を冷やすために一人で考えて、徐々に紫苑の気持ちが見えてきて、自制が利かずに暴言を吐いた自分が嫌になった。
別に、紫苑の発言を全て認めたわけではない。
紫苑が尚希たちに向かって言い放ったことは、いくら自分たちが大事だからといっても許せるものではない。
けれど、自分にも非があったことは否めない。
『大切な人に死んでほしくないって思う周りの親しい人たちのことを、これっぽっちも考えていない言葉だ!!』
紫苑の言葉が、胸にぐさりと突き刺さって抜けなかった。
使命にかまけて自分を蔑ろにするつもりはなかったのだが、あの時の発言は、聞きようによってはそう聞こえたのかもしれない。
事実、紫苑にはそう聞こえたのだろう。
使命を果たすのに手は抜かないし、実のことだって諦めたくない。
だが、これから起こるであろう戦いの中でも、自分の身だってちゃんと守るつもりだった。
それではいけないのだろうか…?
一回腹を割って紫苑と話したいと思わないでもないが、何せお互いに我の強い性分だ。
こうして衝突を起こすと、なかなか和解の糸口を見つけられない。
ましてや、時間にひっ迫したこの状況では、そんな暇があるとも思えなかった。
「今さらそんなことを悩んでいたのか?」
「……え?」
言われたのは、予想外の一言。
それに、蓮は思わず顔を上げる。
一方の隆文は、半ば呆れた顔で肩をすくめた。
「昔から、お前たちは本当に喧嘩っ早い。歳が近いせいもあるのか、昔は小さなことで言い争っては取っ組み合っていたなぁ。でも、その分仲直りも早かったように思ったけど? 悩む間もないくらいに。」
「それと今回とでは、次元が違うよ。」
「そうかな? 大して変わらないと思うけど。」
隆文は微かに笑うと、蓮の隣に腰を下ろした。
「今は、あの時とは逆だね……」
「あの時って?」
「うん? 覚えてないかい? 蓮と紫苑がまだ小学生だった時の話だよ。ほら、家の森で鳥のひなが巣から落ちていたことがあっただろう? 巣は木の高いところにあって、大人ですら届かなくて。なのに、紫苑は絶対に巣に戻すんだって言って、勝手に木に登り始めちゃって……」
隆文は遠い昔を懐かしむように表情を和らげ、目を閉じた。
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