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第5章 2日目
とある昔話
しおりを挟む「紫苑! もう下りろって!」
森の中でも比較的大きな木の下で、当時小学五年生だった蓮は叫んでいた。
その視線の先では、遥か上に伸びる太い木の枝をまるで猿のように登っていく紫苑の姿があった。
当時の紫苑は小学三年生。
まだまだわんぱく盛りで、怖いもの知らずの頃だ。
「大丈夫だってば。」
木の枝に座って蓮に手を振る紫苑の首には、大きなスカーフが巻かれていた。
その中には、拾った鳥のひなが包まれている。
「こいつを巣に戻したら、すぐに下りるから。」
「そういう問題じゃない! 怪我したらどうするんだよ!?」
紫苑という元気すぎる従兄弟がいたせいか、蓮はこの時からしっかり者であったが、些か神経質で心配性すぎるところがあった。
「お前は、またそんな無茶ばっかりして。だから叔母さんが心配するんだよ! いいから下りてこい!!」
蓮の有無を言わさない口調に、紫苑がむっとする。
「なんだよ。こいつだって、巣に戻れないと母さんが心配するって。」
「それは可哀想だけど、僕たちには無理だって。おじいちゃんだって、そう言ってたじゃん。」
「そんなん、やってみなきゃ分かんないって。さっきから下りろってばっか。蓮の弱虫ー!!」
「弱虫でもなんでもいいよ! とにかく、危ないから下りて!!」
蓮がそう言うと、紫苑は不服そうに唇を尖らせた。
「やーだね。あんな怖いだけのくそじじいの言うことなんか聞くもんか!」
「紫苑!!」
木登りを再開した紫苑に、蓮はありったけの声で叫んだ。
だが、やはり紫苑は止まらず、どんどん鳥の巣へと近付いていく。
「あともうちょっと! もうちょっとだから!」
鳥の巣が目前まで迫ったところで、紫苑は枝の上に立って木の幹から手を離した。
首に巻いたスカーフを、不器用な手つきで解こうとする紫苑。
それに夢中になって足元のバランスが覚束なくなっているのを、蓮はハラハラした気持ちで見つめる。
「あ、取れた!」
ようやく結び目が解けて紫苑が笑顔を浮かべたその瞬間、小さな体が大きく傾いだ。
「うわあっ!?」
「紫苑!!」
落ちるかと思ったが、紫苑はとっさに手近に突き出ていた枝を掴んで、なんとか体を支えた。
「……セ、セーフ…っ」
紫苑はゆっくりと元の体勢に戻る。
バランスを取り直した紫苑は、ひなが包まれたスカーフを離さなかった自分に対して満足そうな、そしてどこか誇らしそうな笑顔を浮かべた。
「何がセーフだ! 頼むから、もう下りてってば!!」
蓮の声は懇願に近い。
「大丈夫だって。おれは絶対に大丈夫。」
「その自信はどっから出てくるんだ!?」
「えー?」
紫苑は腕を伸ばして、スカーフごとひなを巣に戻した。
一仕事終えてうんうんと頷いた紫苑は、また蓮を見下ろす。
そこにあるのは、とても清々しく、まぶしいまでに輝いた笑顔。
「だって―――おれには、蓮がいるもん。蓮は、おれが危なくなったらすぐに助けてくれるじゃん? だから、おれはいつだって大丈夫なの!」
きらめく笑顔で、紫苑はそう言ったのだった。
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