世界の十字路

時雨青葉

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第5章 それぞれの選択

蝶に導かれた先で―――

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「なん…で……」


 茫然と立ち尽くす実。
 そんな実に、ヒスイは淡く微笑んだ。


「ちゃんと蝶を追ってこられたようで安心しました。シルヴィス、あれを。」


 ヒスイに言われて、机の前で待機していたシルヴィスが引き出しから何かを取り出した。


 シルヴィスから受け取ったそれを、ヒスイは実に差し出す。


「あなたをここに導いたのは、これを渡すためです。」
「これは…?」


 受け取って、実は小首を傾げる。


 渡されたのは封筒だった。
 中には、何やら固いものが入っている。


「あなたがここを出る権利を得た時に渡してほしいと頼まれて、預かっていました。」
「預かっていたって……誰から?」


 渡された封筒から目を上げて問うが、ヒスイはただ静かに笑うだけだった。


 どうやら、自分で確かめろということらしい。
 実は戸惑いながら、封筒に目を落とす。


 封筒は割と新しい。
 少なくとも、何年も前のものではなさそうだ。


 裏返すと、蝋燭ろうそくの蝋で封がされていた。
 蝋には何かでされたのか、模様がついている。


「―――っ」


 その模様を見て、心臓が止まるかと思った。


『ねえ、これなあに?』


 脳裏に響く、幼い声。


『ダメだよ。これがないと困っちゃうんだ。お仕事に大事なものだからね。』
『お仕事?』




『そう。この指輪の模様はね―――お父さんのことを、色んな人に教えてくれるんだよ。』




「うそ……」


 実は慌てて、ろうを割って封を開く。


 この模様は、父の―――エリオスの指輪の模様。
 四大芯柱の一角であるアクラルトの紋章だ。


 封にこの印がされているということは、これは間違いなくエリオスからの手紙だという事を示している。


 はやる気持ちと信じられないという気持ちが交錯して、なかなか手が進まない。


 開いた封筒をひっくり返すと、柔らかい紙に包まれたものが出てきた。
 そこから現れたのは、一つのネックレスだ。


 長いチェーンの先には、十字架にいばらが絡みついたデザインのトップがあしらわれている。


 十字架の中心にえられた薔薇ばらの中心には、くぼみが一つ。
 ここに何かをはめ込むのだろうが、封筒の中にそれらしきものはなかった。


 ネックレスを握り締め、実は封筒の中に指を差し入れる。
 中にはネックレスだけではなく、折り畳まれた紙が入っていた。


 ゆっくりとそれを開くと、文字の羅列が目に飛び込んでくる。


 一字一字が丁寧に書かれている字は、過去にタリオンで見つけた腕輪に添えられていた手紙と同じもの。


 間違いない。
 これは、父の字だ。




 ―――実。
 君がこれを読んでいるということは、君が一つの山を越えたということなんだろうね。


 そして、運命の歯車が確実に動いている。
 そういうことなんだ。


 私も色々と動いてはいるけれど、今のところ実の運命を曲げることはできそうにない。
 だからといって、諦めるつもりはないけれどね。


 私自身も今は追われている身だから、会いに行くこともできない。
 情けない父親で、本当にすまない。


 一緒に入れたそれは、色んな所を転々としている時に見つけたものだ。
 私が持っているよりも実が持っていた方が役立つから、彼らに託すことにした。
 多分、それを使う時はそう遠くないから、いつでも持っておくことを勧めるよ。


 今の実は、私なんかが想像もできない苦境に立っているんだと思う。
 こんな時に傍にいられない父さんを、どうか許してほしい。
 でも、どうかこれだけは伝えさせて。


 父さんは、いつでも君のことを愛しているよ。




「………っ」


 手紙を握る手の震えを必死に抑える。
 歯がきしんだ音を立てるほどに奥歯も噛み締めた。


 そうでもしないと、心の中にあふれてくる感情に負けてしまいそうだった。


「ありがとう。これに関してのことは、また後で聞かせてもらうよ。少し………一人になりたい。」


 言うや否や、実はきびすを返した。
 部屋から出て、動揺に耐えきれずに壁にもたれかかる。


 そんな馬鹿な。
 信じられない。


 でも……今確かに、ここに父親がいたという証拠が手の内にある。


 この心境をどう表現すればいいのか、この気持ちをどこからどう整理すればいいのか分からない。


「父さん…っ」


 必死に感情をこらえた実の口から零れたのは、聞いた者の切なさを掻き立てる、今にも消え入りそうな声だった。

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