世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
379 / 714
第6章 悲しい別れ

ちょっとした交流

しおりを挟む

「もうそろそろ、お別れが近そうですね。」


 木に茂った緑葉がそよ風に揺れる中、下からそんな風にしみじみと言われて、実はそちらを見下ろした。


 目が合ったシルヴィスは、人当たりのいい笑顔を浮かべている。


「おはようございます。まさか、朝もここに来ているとは思いませんでした。」
「こっちだって、こんな朝早くからあんたがここに来るなんて思わなかったよ。」


 実は顔をしかめる。


 シルヴィスとは、つい数時間前に会ったばかりだ。


「追いかけてきたの?」
「見回りついでに寄ってみただけです。なんとなく、ここにいる気がしたので。」


 シルヴィスは、否定しなかった。


 食えない奴だ。
 実は軽く息をつくと、座っていた枝から地面に飛び降りた。


「さっそく身につけてるんですね、それ。」


 実の胸で揺れるネックレスに、シルヴィスはくすりと笑い声を漏らした。


「……ほっといてよ。」


 一瞬狼狽うろたえた実は、ネックレスの十字架を握ってそっぽを向く。
 少し恥ずかしいのか、気まずそうな表情の頬が赤みを帯びていた。


「いつも持ってろって、手紙に書いてあったし……」


 まるで自分に対する言い訳のように、ぼそりと言う実。


「それは、何か大切なものなんですか?」


 これ以上からかうのは可哀想かと思い、シルヴィスは話を変えた。
 実はそれに、首を横へ振る。


「さあ。大事なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」
「記憶にないんですか? 誰かが身につけていたものとか―――」


 シルヴィスの言葉が、途中から尻すぼみに消えていく。
 彼が訊ねたと同時に、実が寂しげな表情をたたえたからだ。


「記憶には……ないなぁ……」


 チェーンの先にある十字架を手でもてあそぶ実の口から、ぽつりと零れる空虚な声。


「父さんとの思い出なんて、思い出すほど多くもない。母さんとの思い出なんか、かすみみたいにおぼろげだよ。俺は、生まれた時から基本的に誰の目にも触れられないように育てられてきたし……物心つく頃には、周りをけるようになってた。父さんも、そんなに暇な人じゃなかったしなぁ……」


 そう語れば、おぼろげでも懐かしく感じる記憶が脳裏をかすめる。


「あの人は、いつも仕事に追われてたよ。父さんが別のことに集中したくても、周りがそれを許さないんだ。仕事から離れた今も、俺のせいで追われてる。……本当に、忙しい人だよ。そんなわけで、これがなんなのかはよく分からないんだ。」


 寂しそうに告げる実の頬が、そこでほころんだ。


「でも……やっぱり、嬉しいのかな…? これが父さんから託されたもので、きっとこの後に役立つものだからっていう建前なんて関係なく……父さんがいたっていう証拠に触れていることが、ただ純粋に嬉しいのかもしれない。」


 それは、うそいつわりのない本心。


 これがどんな物なのかは知らないけれど、父の持っていた物だというだけで大切にする理由になる。


 最近知った父の字。
 思い出すには遠い、その表情や声。


 それでも、その微かな思い出の欠片かけらに触れられたことが、自分でも不思議に思うくらいに嬉しくて――― 


「そうやって笑うと、本当にそっくりですね。」


 シルヴィスが笑った。


「そっくりって……父さんと?」


 訊ねると、シルヴィスは一つ頷いてから口を開いた。


「あの人は、風のような人でしたよ。現れたと思ったら、引き止める間もなく去っていく。あなたと同じくらい私を驚かせた人です。血は水より濃しとは、よく言ったものですね。」


「父さんは、自分からここに?」


「まさか。ここに来たのは、本当に偶然だったみたいですよ。私に根掘り葉掘り、色んなことを訊いてきましたから。」


 穏やかに語っていたシルヴィスの瞳が、そこで思案げに揺れる。


「でも、彼はここに来て何かを掴んだようでした。悪夢をあっという間に打ち破って、色んなものが見えたと言っていました。それで、私にあの手紙を渡してきたのです。」


「父さんが、あんたに?」


 確認の意味で問うと、シルヴィスは肯定を示して頷いた。


「『この次に交わる世界から、私の息子が来ると思います。あの子がここを出る決意をした時に、これを渡してほしい。』と。そう頼まれたんです。最初は何かの冗談だと思ったのですが、彼がとても真面目だったので半信半疑で受け取っておいたら……本当にあなたが来るんですから、驚きましたよ。」


「そんな素振りは、欠片かけらも見せてなかったけど。」


 ここに来た瞬間に人の腕をひねり上げておいて、よく言ったものだ。


「動揺を隠すことは得意なんですよ。そうじゃなきゃ、多くを率いることなんてできませんからね。」


 あっさりと笑ってそんなことをうそぶくシルヴィスに、実はなんとも言えない気分になった。


 そして、シルヴィスに対してずっといだいていた疑問をぶつける。


「……あのさ。今の話で確信したから訊くんだけど、ここのリーダーって本当はあんたでしょ?」


 そうとしか思えないのだ。


 周りの態度もさることながら、彼の行動や立ち振る舞いを考えても、補佐という立場には疑問が生じる。


 そして図らずも、シルヴィスが語った父の行為が疑惑を確信に変える決定打となった。


 シルヴィスがここのリーダーでなければ、父が彼に手紙を託すわけがない。


 シルヴィスはやはり、これも否定しなかった。


「表向きのリーダーというのは、色々と面倒で身動きしづらいものなんですよ。私は起こった出来事を人づてに聞くより、自分の目で見て判断したい人間なので、堂々とリーダーを名乗るには不向きでして。だから、ヒスイさんには感謝していますよ。」


 ほら見たことか。
 どうせ、そんなことだろうと思った。


 彼は、狡猾こうかつかつ効率的に行動できる。


 利用できるものはその価値を最大限に使い、少ない手間で自分の目的を遂行する人間なのだ。


 彼の過去に何があったかなど知りたいとは思わないが、言えることはただ一つ。


「あんたを敵に回したくはないな。」


 実は疲れたような口調で、そう述べた。


「褒められたと取っておきますね。」


 にこやかに笑うシルヴィスに、実は息を吐き出す以外にできることがなかった。


 まあ、とらえ方としては間違ってはいない。


 敵に回したくないということは、それだけシルヴィスが手強いということ。
 言い換えれば、そう思うくらいに彼の実力を認めていることになるのだから。


「さてさて、屋敷に戻りましょう。もう朝食の時間ですよ。」


 お腹が空きましたね、と。
 笑いながら歩き出すシルヴィス。


 実はやはり溜め息をつき、だが苦笑して彼の後に続いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...