世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
381 / 714
第6章 悲しい別れ

たった一つの選択の違い

しおりを挟む
 実がささやいてから、数秒後。


 急に、百合の足から力が抜けた。
 倒れかけた百合の体を、後ろに回り込んでいたシルヴィスが受け止める。


「大丈夫ですか?」


 シルヴィスが百合と実を交互にを見て言うので、実はゆっくりと頷く。


「大丈夫だよ。気を失ってるだけ。それに、もう騒ぐこともないよ。越塚先輩から……あの人に関する記憶は、全部消したから。」


「違いますよ。」


 シルヴィスは、どこか不安げな口調で実をさえぎる。


「私が心配しているのは、実君の方です。顔色がよくない。力を使いすぎましたか?」
「え? ああ、いや……」


 実は言葉をにごした。


 そんなに顔に出ていただろうか。
 自分を抑えることくらい、簡単なはずなのに……


「本当に顔色が悪いですよ? 休んだ方が―――」
「いや、違うんだ。」


 手を伸ばしかけてきたシルヴィスから、実は本能的に逃げた。
 今優しく触れられると、押し込めているものがどっとあふれそうになる気がしたのだ。


 ……とはいえ、シルヴィスはきっと、そんな自分の状況になんとなく気付いているのだろう。


 それ以上の行動には出ず、じっとこちらを見つめてくるだけのシルヴィス。
 結局、無言の圧力に負けて口を開くしかなかった。


「こうやって記憶を操作する時は……いつも、相手の記憶が流れてくるんだ。それで、今操作している記憶がどれだけ大事なのかを身にみて実感する。必要な措置だったと言い訳するのは簡単だけど、罪悪感を持たずにはいられないんだ。俺は……越塚先輩を作っている大切な部分を、奪ったようなもんだから……」


 記憶がないことは怖いのだと言ったくせに、自分がしていることはなんだろう。
 時々、こんなにも簡単に人の記憶を操作できる自分が怖くなる。


 そんな気持ちに陥るのが嫌だから、記憶の操作はできる限りしたくないのだ。


「………」


 シルヴィスは、こちらに痛々しげな視線を送っている。
 まるで、同情でもしているかのような目だ。


 その視線からのがれるようにシルヴィスに背を向けると、今度は真季と目が合った。


 彼女は、焦点の合わない瞳に微かな怯えをたたえている。
 そんな彼女を見る自分の表情が、苦々しく歪むのが分かった。


 彼女は―――もう、戻れない。


 自分の心を守るために、これまでの自分を捨ててしまった。
 それに対して、百合は自分を捨てずに元の世界へ帰ることを選んだのだろう。


 たった一つの選択の違い。
 それが、二人の間にもはや越えられない壁を作ってしまったのだ。


 ―――別れる以外に、道はない。


「………ゆ……り……」


 怯えのあまり、かすれた声。


 実は無言で真季に近付くと、その額に触れてよみがえりかけていた記憶の欠片かけらを拭い取ってやった。


 その瞬間にリンクする、いっそ死んでしまいたいと思ってしまうほどの恐怖。


「………っ」


 実は唇を噛んで、それに耐えた。
 恐怖の波は、一瞬で引いていく。


 真季の額から手を放すと、不思議そうにこちらを見上げる瞳があった。
 先ほどまで見えていた怯えは、綺麗さっぱり消えている。


 実は、まるでおさなにそうするように真季の髪をなでて、彼女に優しく笑いかけた。


「もういいんだよ、思い出さなくても。苦しむ必要はないんだ。」


 真季は無言で首をひねる。


 それが〝いいの?〟と訊いてきているように見えたので、実はしっかりと頷いてやった。


 すると真季は安心したのか、表情を緩めて無邪気に笑った。


 実は微笑む。


 本当は、きちんと恐怖を乗り越えて百合と共に帰るべきなのかもしれない。


 だけど、一度放棄した過去を取り戻す対価が命になりえる以上、正論を無理強むりじいすることもできなくて……


「今度は……幸せになれますように。」


 自分には、真季を通して祈ることしかできない。


 これは、扉の先に消えた人たちへ送る、小さくてささやかな―――それでも、何よりも強い願いだ。


 実は、ゆっくりと真季から手を離す。
 その時、離れていこうとした実の腕を真季が両手で掴んで引き止めた。


 不安そうに見つめる真季に笑いかけながら、実は首を横に振る。


「だめだよ。俺は、一緒には行けない。さよならなんだよ。」


 優しく言い聞かせると、何度も躊躇ためらいながらではあるが、真季の手が腕から離れていった。


 悲しそうな顔をしている真季だったが、こちらの言葉が正しいことはなんとなく分かるのだろう。


「さ、行きましょう。」


 女性にうながされ、真季は名残惜しそうにこちらを見つめながらも、やがて小さく頷いて女性の手を握った。


 遠ざかる真季たちの姿を、実はただ見送る。


「自分の恐怖に負けると……あんな風に、言葉もまともに話せなくなるのか?」


 後ろのシルヴィスに訊ねる。


「あれは最初だけです。おそらくは、自分を捨てたショックで、今までつちかってきた知識が一時的にリセットされるのでしょう。二~三日経てば、言葉や一般的な知識は戻ってきます。」


「そう……」


 一言だけ、実は呟きのような言葉を返す。


 ようは、一度生まれ変わるようなものなのだろうと思った。


 今まで生きてきた自分を脱ぎ捨て、一度まっさらになって、新しい自分として新しい道を歩む。


 死せずして生まれ変われる。
 ここは、そんな場所なのだ。


「それにしても、あなたはつくづく損な性格をしていますね。」


 そんなシルヴィスの言葉に首を巡らせると、彼は苦虫でも噛み潰したような表情をしていた。


「別に、他人のためにここまでする必要なんてないんですよ? わざわざ恐怖を肩代わりするなんて、お人好しにもほどがあるでしょう。」


「お人好し……そうかな?」


 いまいちピンとこないらしい実に、シルヴィスは盛大に溜め息をつく。


 ここまで自分のリスクを考えずに他人のために行動できるのに、それを長所とも短所ともとらえていないどころか、まさかの無自覚だなんて。


 実は、この性格のせいで人一倍動いて、そして人一倍傷ついているだろう。


「前途多難ですね。苦労しかしませんよ。」


 シルヴィスの溜め息混じりの言葉は、透き通る青い空に消えていくのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...