世界の十字路

時雨青葉

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第6章 悲しい別れ

闇の向こうにいたのは―――

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 幸せなんて、人それぞれ。
 ある人にとっては幸せでも、またある人にとっては不幸であることも多々ある。


 自分たちは他人の幸せにどこまでも土足で踏み込めるわけじゃないし、踏み込んだところで意味をなさないかもしれない。


 たとえ、それが間違った幸せだと思ったとしてもだ。




 だって……その人にとっては、それが幸せなのだから―――




 そんなことを考えながら、眠りについた。


 我ながら、くだらないことを考えていると思う。
 でも、考えずにはいられなかった。


 今日目の当たりにした悲しい別れが、どうしてもそれを考えさせてしまう。


 ぐるぐると出口のない思考を巡らせているうちに、意識は睡魔に飲み込まれ……気付けば一人、真っ暗な闇の中にぽつんと立っていた。


「………」


 実は、自分の両手を闇にかざしてみる。


 何も映らない、漆黒の夢。


 普段見る夢とは違う。
 今までの恐怖を誘う夢とも違う。


 こんな夢を見る時は、大抵何かの意味がある時だ。


 辺りをぐるりと見回してみる。
 すると、遥か遠くに今にも闇に埋もれそうな人影を見つけた。


 その人影は淡く発光しているようにも見え、かなりの距離があるはずなのに、ひどく明瞭にその存在感を訴えていた。


 まるで見えない糸に手繰たぐり寄せられるように、人影に向かって歩く。


 その姿がはっきりと見えてくるにつれ、どんどん歩調が速くなっていく。
 いつの間にか、実は闇の中を全力疾走していた。


 徐々に近付いてくる人影に向かって、必死に、がむしゃらに走る。
 そして……




「―――父さん!!」




 十分に近付いたその背中に、実は叫んだ。
 そんな実の声に反応して、人影が振り返る。


 相手と目が合って、実は息を飲んだ。


 一つの癖もなくまっすぐに下りる、襟足えりあしが首元まで伸びた淡い栗毛色の髪。
 優しげに細められた、透き通るような薄茶色の瞳。
 線の細い風貌ふうぼうと穏やかな雰囲気。


 ずっと記憶の片隅かたすみにある面影を求めてきたんだ。
 見間違えるわけがない。


 エリオスは実を見ると一瞬驚いたように目をみはり、次に嬉しそうに笑った。


「久しぶり。……大きくなったね。」
「―――っ」


 声を聞いた瞬間、衝動に突き動かされた実はつかつかとエリオスに歩み寄る。


 止まると同時に流れるように繰り出された実の拳は、簡単にエリオスに受け止められた。


「この……馬鹿親父…っ」


 たくさんのものを抑え込んでこらえたような、静かながらも必死な声。
 エリオスは笑みを深めると、実の髪を静かにいた。


「うん、ごめんね。こんなにもつらい顔をするまで追い込まれてるのに、傍にいることもできなくて。」


「………っ」


 実は下をうつむいて、奥歯を噛み締めるので精一杯だった。


 優しく、何度も髪の毛をいてくる父の指。


 少しでも気を抜けばこの手にすがりついて、その胸に飛び込んで子供のように泣き喚いてしまいそうだった。


 そんな衝動を、必死にこらえる。


 今この衝動に負けてしまったら、この夢から永遠に抜け出せなくなる気がしたのだ。


 ある意味、恐怖を誘う夢よりも性質たちが悪い。
 突き放すにはこくすぎる。


 本当は、嬉しくてたまらないのだ。
 この夢から、一生目覚めなくてもいいと思ってしまうくらいに。


 己の葛藤かっとうと戦っている息子の心を、エリオスは十分に分かっているようだった。
 彼は自分から実を抱き締めるようなことはせず、静かに口を開く。


「こんな風に夢で会えたってことは、あそこでの試練を乗り越えたんだね。……少し複雑だな。やっぱり、運命には逆らえないのかもしれないと思うと……」


「え…?」


 エリオスの発言に違和感を持って、実は思わず顔を上げた。


「ごめん、一つ訊いていい? 俺って今、父さんの影と話してるんだよね?」


 魔力を取り戻す前に夢で会ったのは、エリオスの影だった。
 だからてっきり、今回もそうだろうと思っていたのだけど……


 どうして影でしかない彼が、こちらの状況を知っているのだろうか。


「ん? 違うよ?」


 エリオスはさらりと、そう答えた。

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