世界の十字路

時雨青葉

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第1章 ニューヴェル

不吉な噂

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 その後、実は尚希に電話を借りることにした。


 エーリリテたちに尚希の無事を伝えたいと告げると、彼は躊躇ためらいながらもそれを了承してくれた。


 ただしその代わり、彼自身の立場については一切伝えないこと。
 何故か、尚希は電話を貸す条件としてそんなことを頼んできた。


 だが、結果的にそれは意味のない条件だったと、実はこの後思い知ることになる。


 電話に出たユリアスは実から報告を聞くや否や、電話の向こうで息を飲んでこう言ったのだ。


「キース君の家にいるって……まさか、ニューヴェル領主邸にいるんじゃないだろうな?」


「えっ…」


 まさかそう切り返されると想定していなかった実は、とっさにユリアスの言葉を否定することができなかった。


「やっぱり、そうなんだな。」


 ユリアスは、重々しく息を吐いた。


「どうりで、キース君が自分の話をしたがらないわけだ。そういうことか……」
「ま、待って。どういうことなの?」
 

 一人で納得している様子のユリアスに、実は思わずそう訊ねた。


 何がどうなっているのだ。
 勝手に納得してもらっても困る。


「いや……ニューヴェルのアイレン家といえば、確か領主の家系ではなかったかと思ってね。他人だったら申し訳ないと思って、ニューヴェル地区に住んでいる人々の名前を片っ端から調べたんだ。だけどやはり、アイレンという姓はニューヴェルにその一つしかなかった。まさか、キース君がその家にゆかりのある者だったとは……」


 縁があるというか、その直系に連なる立場なのだけど。
 尚希に口止めされている手前そう言うこともできず、実は別の話を振ることにする。


「それで、それが尚希さんが自分のことを話したがらないのと、どう関係するの?」


 先ほど見た、かたくなに口を閉ざす尚希の態度。
 今のユリアスの深刻そうな声音。


 それだけで、この家によからぬ事情があることが容易に察せられる。


じつは……」


 ユリアスが、控えめに口を開いた。


「一部の人々の中では、ニューヴェルは栄えている一方で、呪われているんじゃないかと言われているんだ。」


「呪われている…?」


 開口一番、物騒な言葉が出たものだ。
 実は眉を寄せた。


「ついでに調べんだけど……ニューヴェルの領主は、昔から頻繁に代替わりをしている。領主を継いだ人のほとんどが、若くして謎の死を遂げているんだ。」


「謎の死……」


 話がさらに不穏になってしまった。
 表情を険しくせざるを得ない実の耳に、ユリアスの声がどんどん流れ込んでいく。


「領主の死因も公表されていなければ、領主の死体を見た者もいないらしい。それを不審に思った人たちが、何度もアイレン家について調べたらしいけど……皆の情報網を持ってしても、ニューヴェルの中枢には全く踏み込めていないようなんだ。分かっているのは、ニューヴェルの領主が皆若くして死ぬことと、領主に正当な跡継ぎがいない時には、ニューヴェルに死が蔓延まんえんするという奇妙なうわさだけだ。」


「ちょ…っ。この街、物騒な話しかないの?」


 領主の死に続いて出てくるのが、街の人々の死だなんて。
 さすがに、ついていけなくなるではないか。


「尚希さんに会うまでに街を見たけど、そんなに重苦しい雰囲気はなかったよ…?」
「それがまた、調べる方としては厄介なんだ。」


 ユリアスが溜め息をつく。


「実が見たのも、間違いなくニューヴェルの真の姿だ。街の人々からのアイレン家への信頼は、同じ立場の人間として惚れ惚れするくらいに揺るぎない。そして、彼らは今もそれだけ大きなニューヴェルを立派に栄えさせている。その現状があるからして、内部の人間はアイレン家を疑わないし、外部はアイレン家に深く関わることもできないようなんだ。アイレン家の人々に直接会うことができるのは、仕事で付き合いがあるごくわずかな人間だけ。社交界にも顔を出さないものだから、アイレン家の家族構成も全くの不明ときた。私も、これ以上は何も調べられなかったよ。」


「まさに、謎の領主ってわけか……」


 きな臭い香りしかしない。


 影で暗躍するには目立ちすぎ、表で権力を振りかざすには秘密主義が過ぎる。


 尚希が知恵のそのにすんなりと行ったことや、先ほどの彼の態度を見る限りでは、無理に素性を隠している風でもない。


 ニューヴェルをここまで大きく発展させたアイレン家が、その内側に人を入れたがらない事情とは…?


「実。不確定な情報からの忠告で申し訳ないが、あまりそこには長居しない方が賢明かもしれない。キース君がエーリリテに何も告げなかったのも、そういうことだと思うんだ。」


「……分かった。できるだけ、善処はしてみる。」


 そんな風に電話を切った後、実は黙考する。


 尚希はまだ領主補佐の立場。
 現在領主を務めているのは、彼が指名した知恵のそのの人間とのこと。


 尚希には子供もいないし、今のニューヴェルには正式な跡継ぎがいないどころか、領主すらアイレン家の人間ではない状況だ。


 仮にユリアスが言っていたうわさが本当だとしたら、今の状況はとても笑っていられるものではないだろう。


 若くして命を落とす領主。
 領主なくしては死に侵される街。


「これじゃ、領主が生けにえみたいだな。」


 呟く。


 広い世界だ。
 生け贄という風習を持つ地域があってもおかしくはない。


 街全体としては衰退しているおきても、中枢部分では未だに根強く残っていることもありえるだろう。


 今回ここに戻った理由はそこそこ深刻だと語った尚希。


 アイレン家の血を継ぐ人間に限定された事情があるのだとしたら、この後尚希に危険が及ばないとも限らない。


 このまま何も起こらなければ……なんて。
 そんなことを考えるだけ無駄だろう。


「さて、どうしたもんか……」


 実は、悩ましげに表情を歪める。


「………」


 その様子を、こっそりとうかがっていた影が一つ。




 その影の主はすっと目を細め、静かにそこから離れていった―――……



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