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第1章 ニューヴェル
尚希の素性
しおりを挟む「なあ、拓也…。いい加減、機嫌を直せって。」
尚希が機嫌を取り繕うような声音で言うが、相変わらず拓也はむすっとしたまま。
「まあまあ…。拓也、会えたんだからいいじゃん。」
実も隣から言うが、拓也の機嫌が直る気配は一向にない。
むしろ、余計に悪くなっていくように見える。
「実は怒ってないのか?」
尚希が救いを見出だしたかのように実に話を振る。
だが、実はその問いに当惑顔を浮かべた。
「怒るも何も、俺は前科持ちなんで怒れる道理がないというか、なんというか……」
「あ……そういうわけ……」
なんだか墓穴を掘ってしまったようで、二人は気まずさから黙ってしまう。
「まあ……なんだ。二人とも、よくここが分かったな。」
「迷う理由がなかったけどな。有名人の家じゃあさ。」
拓也が皮肉げに言う。
不機嫌さを全面に出した声はあまりにも刺々しくて、とっさには反論が許されないほどだった。
「あはは……なるほど。名前を出したのか。そりゃ、迷うわけがないな。」
冷や汗を浮かべる尚希は納得したように頷いて、一つ咳払いをした。
「じゃあ改めて…。オレの家は、代々ニューヴェルの領主を務めている。オレで十六代目……とは言っても、オレはまだ正式に領主を継いでいないから、正確に言えば地位はまだ領主補佐。別段言うことでもないと思って言わなかったんだけど、それがまずかったか?」
「ええ。今回に関しては、それが一番の失敗でしょうね。」
拓也の表情をちらりと一瞥し、実は冷静に返した。
拓也が自分に相談を持ちかけたと思ったらこれだ。
タイミングが悪かったとしか言いようがないが、そんなことを言えば火に油を注ぎかねない。
「……国は、このことを知っててお前を知恵の園に連れてきたんだよな。」
国は、素質さえよければ、子供の環境も意思も考えない。
それを改めて実感し、拓也は嫌悪感を露わにする。
「ああ、もちろん知ってたよ。」
尚希は肯定の意を示す。
「とはいえ、オレの場合はきちんと双方が合意した上での召集だ。あの時には父さんも母さんも死んでたし、領主の仕事は祖父の兄さん夫婦がやってて、その二人もいつ死ぬか分からないくらい歳を取ってるっていう状況でな。跡取りがオレしかいないって分かってたからか、知恵の園も召集の通達には慎重だったよ。」
「そ、そうなんですか…?」
「……ふん。」
少し意外そうな実と、不機嫌なまま鼻を鳴らすだけの拓也。
双方の反応を眺めながら、尚希は一つ頷いた。
「貴族にとっては、家門を継ぐ跡取りはかなり重要なんだ。ましてや、国から領を預かるほどの重鎮ともなればなおさらに。というわけで、オレの召集については、ニューヴェル領対国家という規模の大交渉となるわけだな。」
「それが破綻したら…?」
「最悪、内乱勃発だろうな。」
「な、内乱…っ」
恐るべし、領を統べる大貴族様。
国を相手に、そこまで思いきった手段に出られるとは。
「そんなに引くなって。結果的にその交渉が上手くまとまったから、こうして平和に時間が過ぎてるわけなんだし。まあ……まとまったっていうか、オレがあれこれと条件を突きつけて飲み込ませただけなんだけど。」
昔を思い出して面白かったのか、尚希はにやにやと含み笑いをする。
「へえ…。その条件って?」
尚希の様子からちょっと興味が湧いて、訊ねてみる。
すると、尚希がびしっと人差し指を立てた。
「第一に、最終的にはオレが領主としてニューヴェルに戻ることを承諾すること。これは譲れない。」
「はい、そうですね。」
「さらに、祖父の兄さん夫婦の面倒は死ぬまできっちりと見ること。それまでは兄さん夫婦に領主の仕事を一任すること。加えて、兄さん夫婦が死んだ後からオレがニューヴェルに戻るまでは、オレが選んだ人に領主の仕事を代理させること。」
「え…」
「その時は一時的に領主の権限を国に預けるけど、オレが領主の仕事に介入しても文句はなし。あと、年に一回は視察を兼ねてニューヴェルに帰るのを認めること。これが最低限の条件。」
「………」
途中から実の目が点になっているのに気付きながら、尚希も自分自身で驚いてしまう。
我ながら、よくもまあこれだけの条件を瞬時に並べられたものだ。
確かに小さい頃から、上に立つ者はずる賢くなければならないと言われて育ったが、いつの間にあんな悪知恵がついていたのか。
机に噛りつくような勉強など、知恵の園に行くまではあまりしていなかったはずだが。
「その条件……全部飲ませたんですか?」
実が半ば茫然としながら訊いてきたので、尚希はあっけらかんと笑った。
「おう! こんな大きな街から次代の領主を連れていくからには、それくらいできるでしょーって言ってやったら、向こうもムキになってあっさり承諾してくれちゃったよ。あ、後でひっくり返されても困るから、ちゃんと会話の録音と書面での合意も忘れずにってな。」
「はあ…。要領がいいというか、人を転がすのが上手いというか……とんでもない子供ですね。」
「なあ? まったくだよ。ある意味、実と張るかもな。」
語る尚希は、どこか楽しそうだ。
「ま、そんな感じで年に一回は帰ってたわけだけど、ここ二年は地球に行ってて、こっちに帰ってなかっただろ? 今年こそはって、リオンもサイも血眼になってオレを捜したんだろうな。迎えが来た時はびっくりしたけど、しょうがないなって思って、とりあえずは帰ってきたわけさ。」
「―――キース。それはおかしいだろ。」
丸く収めようとした尚希に、拓也は底光りする視線を向ける。
実も、尚希の言動の矛盾を感じて表情を消した。
「ただの帰省なら、なんでエーリリテさんの前であんなことを言ったわけ? エーリリテさんの話じゃ、かなり険しい顔をしてたらしいけど、その辺はどう説明するつもりだ?」
拓也が厳しく問うと、尚希が明らかな動揺を見せた。
狼狽えて拓也と実から目を逸らした尚希は、何やら深く考え込む。
そんな尚希を、拓也は静かな瞳でじっと見据える。
そこには、尚希の一挙一動や嘘偽りを何一つ見逃すつもりはないという、鋭い眼光が見て取れた。
拓也の声に出さない圧力を、尚希も感じたのだろう。
彼は一つ溜め息を吐き出すと、諦めたように目を閉じた。
「参ったな……エーリリテが情報源か。分かった、言うよ。確かに、今回ここに戻ったのはあまりいい理由じゃない。そこそこ深刻だ。でも……悪い。オレに言えるのはここまでだ。」
はっきりとそう告げた尚希は、すっと声のトーンを下げる。
「この先は、訊かないでほしい。とりあえず、しばらくはここにいるつもりだ。二人はここにいるなり帰るなり、好きにしてくれて構わない。追いかけてきてくれたところ、本当に悪いな……」
実たちはそれに、何も言えなかった。
静かに語る尚希が、深く思い詰めたような顔をしていたからだ。
尚希はもう何も語るつもりはないのか、固く口を閉ざしている。
まるで、この先に待つ嵐を予感させるような。
最後に室内を満たしたのは、そんな不吉な沈黙だった。
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