世界の十字路

時雨青葉

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第5章 血の罪

尚希からの頼まれ事

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 夜闇が満ちる林の中を、実は風のように走り抜けていた。


 色々と世話を焼いてくれた老婆には申し訳ないが、のんびりと休んでいる暇もないのだ。


 まだ手足は痛むが、それに構っている余裕もない。


 林を走り抜け、噴水がある庭を通り過ぎ、庭に面する建物の中に忍び込む。




『悪いな、実。一つ、頼まれてほしい。』




 あの時、尚希は口には出さずにこう頼んできた。


『知恵のそのの西館に行ってくれ。そこは貴族用の宿舎だから、見た目で分かるはずだ。そこの最上階、奥から一つ手前に、木の葉が彫られた扉の部屋がある。今はどうだか分からないが、そこがオレの部屋だった。その部屋の左奥のすみに、分かりにくいだろうけどカラクリがあるんだ。そこに隠してあるものを取ってきてほしい。』


 当然、その願いを断る理由もない。
 そういうわけで、実はいとも簡単に知恵のそのへと忍び込んでいた。


 建物に入ってからは、念のために足音を忍ばせて中を進む。


 基本的に魔法で安全を管理しているこの国は、少しばかり物理的なセキュリティが弱い。


 それ故に、魔法を使わないだけで忍び込むのはかなり簡単になるのだ。


 階段をのぼって廊下を進み、木の葉のレリーフがかかった扉を見つけて、そっとそれを開けた。


 特に人の気配も感じなかったので、ゆっくりと部屋の中を覗き込む。


 ベッド、机、クローゼットに本棚。
 家具はあるものの、中に人の姿は全くなかった。


 今の部屋のあるじが誰かは知らないが、人がいないならその方が都合がいい。
 実は部屋に入って素早く扉を閉めると、尚希が言っていた左奥を目指した。


 遠目から見ていても分からないので、膝をついてそこを凝視する。


「………?」


 しかし、どれだけ目をらしても、カラクリらしきものは見つからなかった。
 不思議に思って手をかざし、ようやく違和感に気付く。


「微妙に、空間が歪んでる……」


 実は左腕に手を伸ばして、腕輪を外した。
 ほんの少しの魔力を込めてその空間の歪みに触れると、歪みは簡単に晴れた。


 そこに現れたのは、床にある小さなくぼみだ。


 腕輪をはめながら、実は感心する。


 本当に綺麗に隠されている。
 空間の歪みも、触れてみないと気付かないほどに微少なものだ。
 これは本人から言われない限り、こんなカラクリがあることは分からないだろう。


 くぼみに指をかけてみると、板張りの床の溝に沿って、板の一部がふたのように開いた。


 中は小さな空洞になっている。
 そして、そこには五センチ四方ほどの木箱が収まっていた。


「これか……ん?」


 箱を取り上げて、箱のふたに紙切れが挟まっているのに気付いた。
 引っ張ると、小さく折り畳まれた紙切れはすぐに出てくる。


 一瞬考えて、紙切れを開く。


「―――っ!!」


 そこに書かれた短い文章を読んで、実は息を飲んだ。




 ―――どうか、あの子を助けてあげてほしい。私の血も使いなさい。




 そんな簡単な文章と、その下にされたひどく見慣れた印。


「……はは。」


 開いた口から乾いた笑いが零れるのを、他人事のような心地で聞いた。


「何これ…。これも、予知どおりってわけ? ……父さん。」


 これは参った。
 実は髪を掻き上げる。


 あの人は、どこまで先の未来を見ているのだろう。
 その目に何を映して、今はなんのために、どこで何をしているのだろうか。


 いくら考えても、想像がつかない。


「ほんと……敵わないな。」


 今にも泣きそうな笑顔を浮かべ、実はそう呟いた。


 紙切れをポケットにしまい、再び箱に意識を向ける。
 そっと箱を開けると、中には綿と柔らかい布の包みが入っていた。


「ん? ……なんだ、これ?」


 中身をあらためた実は、首をひねる。


 それは、親指と人差し指でつまめる程度の小さな石だった。


 みがかれたそれは透き通る淡い紫色をしていて、形も綺麗に整えられている。
 月明かりにかざしてみると、石はキラキラと光を反射して輝いた。


 それをまじまじと眺めていると、ふいに光が増えた。
 月明かりだけではなく、視界の下の方からも淡い光が差しているのだ。


 光源を探して、実は目をみはる。


 もう一つの光は、自分の胸元から漏れていたのだ。
 自分の胸元を探り、光源だと思われるものを引きずり出してみる。


 光っていたのは、以前の事件で手に入れたネックレスだった。
 そして、ネックレスの存在に共鳴したのか、石の方も淡く発光しだす。


「もしかして……」


 実はネックレスを見つめる。




〝多分、それを使う時はそう遠くないから―――〟




 ネックレスを手に入れた時に託された手紙の内容が、ふと思い出される。


 このネックレスには、十字架の中心に何かをはめるようなくぼみがある。
 思い至った瞬間、手が動いていた。


 吸い寄せられるように、石はネックレスの窪みに近付く。
 そして、石がぴったりと窪みにはまる。


 次の瞬間、今まで以上に強い光がネックレスから放たれた。


「!?」


 視界の全てが光に焼かれて、真っ白に染まる―――

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