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第3章 始めの一歩
夜中の触れ合い
しおりを挟む「ん…」
目を開くと、優しい手が頭をなでていた。
「あら、起こしちゃった?」
聞こえてきた声は、いつも聞く声とは違うもの。
それに気付いて身を縮めるユエに、エーリリテは苦笑して素直に手を離した。
「ごめんね。でも、うなされてたから気になってね。」
その次に、エーリリテはユエの小さな手を指し示す。
「それ、眠ってる間もずっと握り締めてたのよ? もしよかったら、私によく見せてくれないかしら?」
エーリリテは控えめに首を傾げて、静かにユエへ訊ねた。
「………」
ユエは何度かエーリリテと自分の手を見比べ、やがてそっと手を開いてエーリリテに手を差し出した。
その手の中を見て、エーリリテはほうと息をつく。
そこにあるのは、美しいペンダントだ。
「綺麗なデザインね。こんなに大きな琥珀も珍しいし。大事なものなの? お母さんからもらったものとか?」
エーリリテの問いにユエは微かに頷き、しかし次に首を横に振った。
「大事なもの。でも、お母さんのじゃない。実が……買ってくれたの。」
「実が?」
疑問形で聞き返しながら、エーリリテはすぐにその認識を改める。
一瞬驚いたが、実なら簡単にやりそうなことだ。
実がここに顔を出すようになってからというもの、イリヤの実への溺愛ぶりは半端なものではなかった。
なにせ、自分たちは実に会うまで、エリオスに子供がいたことはおろか、彼が結婚していたことすら知らなかったのだ。
初めて実と対面した時は、それはもう驚天動地といった心地だった。
自分たちと同じくらい動揺していた実と話しているうちに、どうにかこうにか互いに互いのことを認め合ったと思ったら、イリヤはあっという間に態度を豹変させた。
途端に、実を思い切り可愛がるようになったのだ。
まあ今思い返せば、イリヤの態度の豹変は実と打ち解けるよりも前からだった気がするけど……
おそらくイリヤは、実と会えなかった間の愛情を今に凝縮して注ぎ込んでいるのだ。
その愛情が度々実を困惑させているのは、言うまでもない。
例えば、イリヤは実が顔を出す度にお小遣いだと言ってお金を渡してしまう。
あの年頃の子供に何をあげればいいのか迷った挙句、結局は金銭を渡してしまうのは致し方ないこと。
しかし、当の実は金の使い道に困っているのが現実だ。
本人曰く、使う場面がないのだそうだ。
かといって変に律儀な実がそのお金を突き返せるわけもなく、与えられた自室の引き出しにそれをしまい続けた結果、今やその引き出しは金庫と化している。
そんな実のことだ。
お金の消費になって、なおかつユエが喜んでくれたともなれば、一石二鳥だと満足しているに違いない。
「よかったわね。」
そう言うと、ユエはペンダントを大事そうに握り締めて大きく頷いた。
「そういうの、好き?」
エーリリテのその問いに、ユエは少し悩むように首を傾げた。
答えてくれないかもしれない。
そう思ったが、ユエは何度も躊躇いながら、どうにかして答えようとしてくれているようだった。
「あんまり、こういうの見たことないから……分かんない。けど、すごく綺麗だったから、ずっと見てたの。そしたら、実がこれを買ってくれた。何かを買ってもらうの初めてだったから、すごく……嬉しかった。」
「そうなんだ。」
エーリリテはにっこりと笑う。
「私もいっぱい持ってるわよ。もしよかったら、明日見てみる?」
「えっ?」
次の瞬間、ユエがばっと顔を上げた。
見開かれた大きな黒い瞳が、初めてエーリリテを真正面から映す。
「……いいの?」
おそるおそるといった様子のユエ。
それでも期待に輝いている瞳に、エーリリテはくすりと笑い声を漏らした。
「もちろん。もう使わないのもあるから、もし気に入ったのがあったらあげるわ。」
その言葉に、ユエの目が一際大きく見開かれた。
徐々にその表情が緩んでいって、そして―――
「ありがとう。」
そう言ったユエは嬉しそうに頬を紅潮させながら、にこやかな笑顔を浮かべていた。
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