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第4章 その魂の色
血の契約とは
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そこは、地下に広がる果てしない空間だった。
壁も床も整備はされてはいるものの、天井にぶら下がる照明が数える程度しかない地下室は、とても薄暗い。
そんな薄暗い空間には、本棚がぎっしりと詰め込むだけ詰め込まれていた。
本棚と本棚の隙間は、人一人が入れるほどの隙間しか開いていない。
そしてその本棚の中にも、やはり本が隙間なく詰まっていた。
ここは、知恵の園の地下にある資料室。
遥か昔の資料が捨てられることもなく、どんどん溜め込まれている場所だ。
地上にある図書館に入りきらなくなった資料や、簡単に人の目に触れると困るような内部資料が、この資料室にしまわれているのである。
そんな場所で、実は本棚の間に紛れるようにして立っていた。
もちろん、許可など取らずにこっそりと忍び込んだ。
実の目は、手に持った本に綴られたかすれかけた文字をひたすらに追っている。
ここしばらく、実はこの場所に忍び込んでは血の契約について調べていた。
血の契約とは、現存している契約の中で一番拘束力の強い契約だと言われている。
名の通り、契約には血を必要とする。
主人が隷属させる者の血を自分の体内に含むことによって、強力な支配力を得る契約だ。
この世界において、全身に巡る血液は魔力が宿る媒介として重要なもの。
血を差し出すことはつまり、自分の命を差し出すことと同等の意味を持つのだ。
本来は奴隷とその主人の間で結ばれる契約であり、昔は稀に強い主従関係の証としても用いられることもあったようだ。
血の契約を結べば、主人の命令には一切逆らえない。
命令に逆らえば契約不履行となり、自身の中に巡る血が毒と化して体を蝕む。
それこそ〝死ね〟と命令されてしまえば死ぬしかないような、それほどまでに強力な契約だ。
父のエリオスに魔法を習い始めた序盤で教わった後、何かにつけては〝この契約には気をつけなさい〟と言われ続けていたので、術の概要はよく覚えている。
まさか、契約に縛られた人を実際に目の当たりにする日が来るなんて思わなかったけれど……
「……はあ。」
読んでいた本を閉じ、実は深く溜め息を吐き出した。
これまで読んだ本には、血の契約に関するあらゆる情報が記されていた。
その他の知識を得るに十分すぎるだけの資料もあった。
しかし、それらの資料を読めば読むほどに、自分の中には違和感が膨らんでいく。
ユエに血の契約が科せられる理由が、これっぽっちも思い浮かばないのだ。
それなりの教育を施されながらも、血の契約に縛られているユエ。
いらないのなら契約を破棄するなり、いっそ命令で殺してしまうなりすればいい。
それなのに、契約を破棄せずに遠い地に捨てられるに留められた理由はなんなのか。
あんな森の中に捨てれば、いずれは死ぬだろうと高をくくっていたのか。
あるいは、単純に捨てたわけではないのか。
さらに、ユエの身に幾重にも結ばれた契約も気になる。
多重契約が危険な行為であることは、少しでも魔法をかじっていれば誰でも知っている。
仮にそれぞれの主人が相反する命令を下した場合、隷属している者はどちらの命令にも従うことができず、身が裂けるような苦しさを味わいながら死んでしまう。
一時期はかなり横行していた血の契約も、多重契約の危険さを重く受け取られて、最近ではその存在自体を秘匿としている場合も多いらしい。
つまり、今のユエはその小さな身に巨大な爆弾を抱えているようなものなのだ。
「なんで、こんなことに……」
考えても答えなど出ない疑問が、今日もまたぐるぐると回る。
「血の契約…か……」
ふと、そう呟いた時だ。
―――――ザザザッ
「!?」
何の前兆もなく襲ってきた、衝撃のようなノイズ。
それと同時に、視界にも灰色のノイズが走る。
そのノイズの中に、目の前の景色とは違う映像が霞んで見えた。
(まただ…っ!)
本を落とし、実は両耳を押さえて目を閉じる。
意識をさらうようなノイズに耐えながらも、全神経はノイズの向こうの映像に集中させる。
「そっか……」
聞こえたのは、どこか知っているような気がするあの声。
「僕は、君を支えたいからこそ血を捧げたけれど……もう、分かり合えないんだね。」
それは悲しそうである一方、どこか空虚で冷めていて、淡々と現実を受け入れているようにも聞こえた。
激しいノイズの中に紛れる声の主の姿は、どんなに意識を集中させても、その細部までは全く見えてこない。
「なら……―――全力で、君を止めるよ。」
揺れる影が、そう宣言する。
その直後、ノイズが一気に勢いを増した。
視覚と聴覚をうるさく掻き乱すノイズは、極度の集中力さえも奪うほどに大きくなった後、あっという間にその勢いを失くしていく。
あの人影は、もう見えない。
どんなに意識を研ぎ澄ませても、そこにはいつもの微かなノイズがあるだけだ。
「……終わったか。」
呟いて、実は本棚にもたれかかる。
あんなに派手なノイズも久しぶりだ。
「何なんだろうな……これ。」
ノイズと一緒に流れてくる、誰かの声。
輪郭がギリギリ分からないくらいの映像。
知らない景色。
知らない姿。
それなのに、どこか知っているような気もする、ノイズの向こう側の世界。
〝僕は、君を支えたいからこそ血を捧げたけれど……〟
あの声は、そう呟いていた。
あの声の人物も、誰かと血の契約を交わしていたのだろうか。
悲しそうに、けれど淡々と、主人を止めると告げたあの声。
彼もまた、契約の毒に蝕まれて命を落としたのだろうか。
しばらく考え込み、実はふっと肩をすくめた。
ここであれこれ考えても、何かが分かるはずもない。
そう結論づけて、床に落としてしまった本を取り上げる。
すると、開いた本の隙間から紙切れが落ちた。
「ん?」
四つに畳まれていたその紙切れを拾う。
かなり古いものらしく、紙切れはかなり黄ばんでいて、端はボロボロになってしまっていた。
開いてみると、見た目の古さの割には比較的かすれも少なく、読みやすい文字が並んでいる。
これも、血の契約に関する記述だろうか。
深く考えることもなく、実はその紙の文字をなぞった。
「………っ!!」
文字をなぞっていた手が震える。
その表情に驚愕を滲ませながらも、実の目はものすごい速さで文字を追いかけていた。
「……なるほど。」
実は紙を丁寧に畳み直し、それを本の間に戻した。
その顔に、不敵な笑みが浮かぶ―――
壁も床も整備はされてはいるものの、天井にぶら下がる照明が数える程度しかない地下室は、とても薄暗い。
そんな薄暗い空間には、本棚がぎっしりと詰め込むだけ詰め込まれていた。
本棚と本棚の隙間は、人一人が入れるほどの隙間しか開いていない。
そしてその本棚の中にも、やはり本が隙間なく詰まっていた。
ここは、知恵の園の地下にある資料室。
遥か昔の資料が捨てられることもなく、どんどん溜め込まれている場所だ。
地上にある図書館に入りきらなくなった資料や、簡単に人の目に触れると困るような内部資料が、この資料室にしまわれているのである。
そんな場所で、実は本棚の間に紛れるようにして立っていた。
もちろん、許可など取らずにこっそりと忍び込んだ。
実の目は、手に持った本に綴られたかすれかけた文字をひたすらに追っている。
ここしばらく、実はこの場所に忍び込んでは血の契約について調べていた。
血の契約とは、現存している契約の中で一番拘束力の強い契約だと言われている。
名の通り、契約には血を必要とする。
主人が隷属させる者の血を自分の体内に含むことによって、強力な支配力を得る契約だ。
この世界において、全身に巡る血液は魔力が宿る媒介として重要なもの。
血を差し出すことはつまり、自分の命を差し出すことと同等の意味を持つのだ。
本来は奴隷とその主人の間で結ばれる契約であり、昔は稀に強い主従関係の証としても用いられることもあったようだ。
血の契約を結べば、主人の命令には一切逆らえない。
命令に逆らえば契約不履行となり、自身の中に巡る血が毒と化して体を蝕む。
それこそ〝死ね〟と命令されてしまえば死ぬしかないような、それほどまでに強力な契約だ。
父のエリオスに魔法を習い始めた序盤で教わった後、何かにつけては〝この契約には気をつけなさい〟と言われ続けていたので、術の概要はよく覚えている。
まさか、契約に縛られた人を実際に目の当たりにする日が来るなんて思わなかったけれど……
「……はあ。」
読んでいた本を閉じ、実は深く溜め息を吐き出した。
これまで読んだ本には、血の契約に関するあらゆる情報が記されていた。
その他の知識を得るに十分すぎるだけの資料もあった。
しかし、それらの資料を読めば読むほどに、自分の中には違和感が膨らんでいく。
ユエに血の契約が科せられる理由が、これっぽっちも思い浮かばないのだ。
それなりの教育を施されながらも、血の契約に縛られているユエ。
いらないのなら契約を破棄するなり、いっそ命令で殺してしまうなりすればいい。
それなのに、契約を破棄せずに遠い地に捨てられるに留められた理由はなんなのか。
あんな森の中に捨てれば、いずれは死ぬだろうと高をくくっていたのか。
あるいは、単純に捨てたわけではないのか。
さらに、ユエの身に幾重にも結ばれた契約も気になる。
多重契約が危険な行為であることは、少しでも魔法をかじっていれば誰でも知っている。
仮にそれぞれの主人が相反する命令を下した場合、隷属している者はどちらの命令にも従うことができず、身が裂けるような苦しさを味わいながら死んでしまう。
一時期はかなり横行していた血の契約も、多重契約の危険さを重く受け取られて、最近ではその存在自体を秘匿としている場合も多いらしい。
つまり、今のユエはその小さな身に巨大な爆弾を抱えているようなものなのだ。
「なんで、こんなことに……」
考えても答えなど出ない疑問が、今日もまたぐるぐると回る。
「血の契約…か……」
ふと、そう呟いた時だ。
―――――ザザザッ
「!?」
何の前兆もなく襲ってきた、衝撃のようなノイズ。
それと同時に、視界にも灰色のノイズが走る。
そのノイズの中に、目の前の景色とは違う映像が霞んで見えた。
(まただ…っ!)
本を落とし、実は両耳を押さえて目を閉じる。
意識をさらうようなノイズに耐えながらも、全神経はノイズの向こうの映像に集中させる。
「そっか……」
聞こえたのは、どこか知っているような気がするあの声。
「僕は、君を支えたいからこそ血を捧げたけれど……もう、分かり合えないんだね。」
それは悲しそうである一方、どこか空虚で冷めていて、淡々と現実を受け入れているようにも聞こえた。
激しいノイズの中に紛れる声の主の姿は、どんなに意識を集中させても、その細部までは全く見えてこない。
「なら……―――全力で、君を止めるよ。」
揺れる影が、そう宣言する。
その直後、ノイズが一気に勢いを増した。
視覚と聴覚をうるさく掻き乱すノイズは、極度の集中力さえも奪うほどに大きくなった後、あっという間にその勢いを失くしていく。
あの人影は、もう見えない。
どんなに意識を研ぎ澄ませても、そこにはいつもの微かなノイズがあるだけだ。
「……終わったか。」
呟いて、実は本棚にもたれかかる。
あんなに派手なノイズも久しぶりだ。
「何なんだろうな……これ。」
ノイズと一緒に流れてくる、誰かの声。
輪郭がギリギリ分からないくらいの映像。
知らない景色。
知らない姿。
それなのに、どこか知っているような気もする、ノイズの向こう側の世界。
〝僕は、君を支えたいからこそ血を捧げたけれど……〟
あの声は、そう呟いていた。
あの声の人物も、誰かと血の契約を交わしていたのだろうか。
悲しそうに、けれど淡々と、主人を止めると告げたあの声。
彼もまた、契約の毒に蝕まれて命を落としたのだろうか。
しばらく考え込み、実はふっと肩をすくめた。
ここであれこれ考えても、何かが分かるはずもない。
そう結論づけて、床に落としてしまった本を取り上げる。
すると、開いた本の隙間から紙切れが落ちた。
「ん?」
四つに畳まれていたその紙切れを拾う。
かなり古いものらしく、紙切れはかなり黄ばんでいて、端はボロボロになってしまっていた。
開いてみると、見た目の古さの割には比較的かすれも少なく、読みやすい文字が並んでいる。
これも、血の契約に関する記述だろうか。
深く考えることもなく、実はその紙の文字をなぞった。
「………っ!!」
文字をなぞっていた手が震える。
その表情に驚愕を滲ませながらも、実の目はものすごい速さで文字を追いかけていた。
「……なるほど。」
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