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第4章 その魂の色
初めて芽生えた意思
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今日も空が綺麗だ。
ユエはここに来てから幾度となく見上げた空を、今日も飽きずに見ていた。
ここにいると、今まで意識することもなかった色んなものが目に入る。
澄み切った空。
様々な表情を見せる雲。
風を受けてそよそよと葉を揺らす木々や、そこで羽を休める鳥たち。
自分の身の周りで起きる些細なことに、いちいち目が留まる。
それらをとても綺麗だと思うし、見ていて楽しいとも思う。
窓に腕を組んで外の景色を見るユエは、ふいに後ろへ視線を向けた。
今日も実はいない。
自分がエーリリテと話せるようになったと知ってから、実はこの家からいなくなることが増えた。
やらなきゃいけないことがあると言っていたから、きっと今日も用事があるのだろう。
正直、かなり寂しい。
エーリリテと話せるようになったとしても、やはり自分が一番心を許しているのは実なのだ。
実は自分を助けてくれた人で、とても優しくて、ペンダントも買ってくれて、どこか自分に似ているような雰囲気を感じて、とっても安心できる人。
そんな人は、今まで自分の周囲にいなかった。
自分は実が好きだ。
今まで出会ってきた誰よりも。
ユエはちらちらとドアを見ては、外の景色に目を戻した。
実がいつもみたいな笑顔で入ってこないだろうかという、ちょっとした期待。
その期待はどんどん膨らんで、外の風景で気を紛らわすのも難しくなってくる。
「………」
ユエは心の中で決意すると、窓辺から離れてドアへ向かった。
静かにドアノブを下げて、ドアを開ける。
ドアの外に広がる廊下には誰の姿もなく、しんと静まり返っている。
そんな廊下に、ユエは一歩足を踏み出した。
捜せば、どこかに実がいるかもしれない。
長い廊下を、ユエはきょろきょろと周りを見回しながら歩いた。
目についた部屋を覗き込んで、実がいないと分かると少し落胆する。
そんなことを繰り返して、階段を上った。
そうやってまた同じことを繰り返しながら、どんどん廊下を奥へ進んでいく。
そうして一番奥の部屋を開けたユエは、目をぱちくりとさせて立ち止まった。
そこにも、実の姿はなかった。
代わりにあったのは、大きなグランドピアノだ。
数度まばたきをして、ユエはそっと部屋に入った。
ピアノに近寄って、その周りを一周してみる。
黒い光沢を放つグランドピアノは、どっしりとその場に鎮座している。
蓋をゆっくりと開けて赤紫色のカバーをめくると、白と黒が規則的に並んだ鍵盤が姿を現した。
ユエはしばらく鍵盤を黙って見ていたが、やがて興味を引かれたのか、ゆっくりと鍵盤に手を伸ばした。
鍵盤に触れて、そっと押してみる。
すると、小さいが澄んだ音が部屋に響いた。
「わあ……」
ユエの瞳に、感動したような輝きが揺れる。
何度か鍵盤を押すと、綺麗な音が響き渡る。
優しく押せば小さい音が、少し強く押せばその分大きい音が出た。
違う鍵盤を押せば、違う音が流れる。
「きれー…」
「やってみる?」
その時、突然後ろから声をかけられた。
「ひゃあっ!!」
人の気配に気付いていなかったユエは、その場で大きく飛び上がった。
その拍子に鍵盤を勢いよく叩いてしまい、巨大な不協和音が鳴り響く。
それにさらに驚いて肩をすくめるユエに、声をかけた張本人であるエーリリテは、くすくすと笑い声をあげた。
「ふふっ…。ごめんね、びっくりさせて。なんか、色んな部屋を開けながら進んでいくのが見えたから、こっそりついてきちゃった。また実を捜してたんでしょ?」
「うー……うん。」
予想外の音に耳を塞いでいたユエは、エーリリテを見上げて頷いた。
「実なら、今日もちゃんとお昼までには帰ってくるって言ってたわよ。もう少し我慢ね。」
エーリリテは鍵盤にかかるカバーを完全に取ると、ユエに向かって首を傾げた。
「ユエちゃんは、これを見るの初めて?」
「うん、初めて。」
そう答えたユエに、エーリリテは「そう…」と返して、ピアノの前の椅子に座った。
「綺麗な音でしょう? さっきみたいな音はびっくりしたかもしれないけど、これは弾き方次第で、どこまでも綺麗な音を出せるのよ。」
エーリリテの指が鍵盤を叩く。
すると、室内にさっきまでとは全然違う音が流れ出した。
エーリリテの指が鍵盤の上で踊る。
そこから紡ぎ出されていく、軽快で美しい旋律。
それは部屋中に、そしてユエの聴覚に響き渡って、うっとりするような余韻を残して消えていく。
「ね?」
得意げに笑んでみせるエーリリテに、ユエは何度も頷いた。
「どう? ちょっとやってみる?」
「うん、やってみたい!」
ほとんど即で、ユエはそう答えていた。
後から自分の発言に気付いたらしいユエは、「あ…」と呟いて気まずげに顔を逸らす。
そんなユエに―――
「あははははっ!」
エーリリテは明るく笑った。
きょとんとしてエーリリテを見上げるユエに、エーリリテは優しげな表情を向ける。
「素直で結構。ちゃんと、自分の気持ちを言えるじゃない。ちょっと安心したわ。さ、椅子に座って。色々と調整してあげるから。」
ユエは笑顔のエーリリテに戸惑いながらも、言われたとおりに椅子に腰を下ろした。
そうやって始まった、即席のレッスン。
それは自分にとって、とても楽しい時間となった。
元々、何かを教わるのは好きだ。
何かを教わっている間だけは、殴られたりすることは決してなかったから。
けれど、教わることをこんなにも楽しいと感じたのは初めてだ。
途中で間違ってはエーリリテと笑い合って、自分でこうすればいいのかと納得したり、エーリリテに自分の意見を言ってみたり。
そんな一つ一つのことが、楽しくてたまらなかった。
活き活きとした様子でピアノを弾いているユエ。
そんなユエを見ていたエーリリテは笑みを深めると、後ろからユエを抱き締めて、その小さな頭に自分の顔を寄せた。
「楽しそうでよかった。」
いきなりの事に固まったユエに、エーリリテは言う。
「あのね、あなたはもっと、素直になってもいいと思うわ。」
「……素直?」
「そう。どんなことをしたいとか、何が好きだとか、こんなことは嫌だとか。自分が思ったこと、感じたこと。そういうのを我慢して飲み込まずに、口に出して言ってもいいのよ。」
優しく。
まるで家族のように。
そんな穏やかさで、エーリリテはユエに語りかける。
「もしかしたらその中には、言っちゃいけないこともあるかもしれない。でも、そんなのは言ってみないと分からないことでしょ? 言いたいことを言うだけ言って、泣きたい時は思い切り泣いて、納得できないなら喧嘩でもなんでもして……そうやって、色んなことを知っていくものだわ。だから、もっと私たちに言ってね。やりたいことでも、食べたいものでも、なんでもいいから。」
そんなエーリリテの言葉に、ユエは動揺してしまう。
我慢しなくてもいいって。
実もエーリリテも、同じことを言ってくれる。
本当に、正直に言っても怒られないのだろうか。
自分の気持ちを言ってみたくなる反面、ちょっぴり怖くてなかなか口が動かない。
「えっと……」
言葉が続かないユエは何度も無為に手を握って開いてみたり、足をぶらぶらと揺らしてみたり、落ち着かないようだった。
「うんと……じゃあ……」
恥ずかしそうに小さく縮こまって、ユエは目線だけをエーリリテに向けた。
「もっと、これやりたい。」
それは、初めて思いきって言ってみた自分の意志。
言ってみてから、やっぱり怖くなる。
でも、エーリリテはにっこりと笑うだけだった。
「もちろん。じゃあ、続きをしましょう。」
そうやって笑顔で自分の気持ちを受け入れてもらえるのは、初めての経験で。
胸の中に、温かい何かがどんどん広がっていくようだった。
「うん!」
ユエの表情が、まぶしい笑顔で染まった。
ユエはここに来てから幾度となく見上げた空を、今日も飽きずに見ていた。
ここにいると、今まで意識することもなかった色んなものが目に入る。
澄み切った空。
様々な表情を見せる雲。
風を受けてそよそよと葉を揺らす木々や、そこで羽を休める鳥たち。
自分の身の周りで起きる些細なことに、いちいち目が留まる。
それらをとても綺麗だと思うし、見ていて楽しいとも思う。
窓に腕を組んで外の景色を見るユエは、ふいに後ろへ視線を向けた。
今日も実はいない。
自分がエーリリテと話せるようになったと知ってから、実はこの家からいなくなることが増えた。
やらなきゃいけないことがあると言っていたから、きっと今日も用事があるのだろう。
正直、かなり寂しい。
エーリリテと話せるようになったとしても、やはり自分が一番心を許しているのは実なのだ。
実は自分を助けてくれた人で、とても優しくて、ペンダントも買ってくれて、どこか自分に似ているような雰囲気を感じて、とっても安心できる人。
そんな人は、今まで自分の周囲にいなかった。
自分は実が好きだ。
今まで出会ってきた誰よりも。
ユエはちらちらとドアを見ては、外の景色に目を戻した。
実がいつもみたいな笑顔で入ってこないだろうかという、ちょっとした期待。
その期待はどんどん膨らんで、外の風景で気を紛らわすのも難しくなってくる。
「………」
ユエは心の中で決意すると、窓辺から離れてドアへ向かった。
静かにドアノブを下げて、ドアを開ける。
ドアの外に広がる廊下には誰の姿もなく、しんと静まり返っている。
そんな廊下に、ユエは一歩足を踏み出した。
捜せば、どこかに実がいるかもしれない。
長い廊下を、ユエはきょろきょろと周りを見回しながら歩いた。
目についた部屋を覗き込んで、実がいないと分かると少し落胆する。
そんなことを繰り返して、階段を上った。
そうやってまた同じことを繰り返しながら、どんどん廊下を奥へ進んでいく。
そうして一番奥の部屋を開けたユエは、目をぱちくりとさせて立ち止まった。
そこにも、実の姿はなかった。
代わりにあったのは、大きなグランドピアノだ。
数度まばたきをして、ユエはそっと部屋に入った。
ピアノに近寄って、その周りを一周してみる。
黒い光沢を放つグランドピアノは、どっしりとその場に鎮座している。
蓋をゆっくりと開けて赤紫色のカバーをめくると、白と黒が規則的に並んだ鍵盤が姿を現した。
ユエはしばらく鍵盤を黙って見ていたが、やがて興味を引かれたのか、ゆっくりと鍵盤に手を伸ばした。
鍵盤に触れて、そっと押してみる。
すると、小さいが澄んだ音が部屋に響いた。
「わあ……」
ユエの瞳に、感動したような輝きが揺れる。
何度か鍵盤を押すと、綺麗な音が響き渡る。
優しく押せば小さい音が、少し強く押せばその分大きい音が出た。
違う鍵盤を押せば、違う音が流れる。
「きれー…」
「やってみる?」
その時、突然後ろから声をかけられた。
「ひゃあっ!!」
人の気配に気付いていなかったユエは、その場で大きく飛び上がった。
その拍子に鍵盤を勢いよく叩いてしまい、巨大な不協和音が鳴り響く。
それにさらに驚いて肩をすくめるユエに、声をかけた張本人であるエーリリテは、くすくすと笑い声をあげた。
「ふふっ…。ごめんね、びっくりさせて。なんか、色んな部屋を開けながら進んでいくのが見えたから、こっそりついてきちゃった。また実を捜してたんでしょ?」
「うー……うん。」
予想外の音に耳を塞いでいたユエは、エーリリテを見上げて頷いた。
「実なら、今日もちゃんとお昼までには帰ってくるって言ってたわよ。もう少し我慢ね。」
エーリリテは鍵盤にかかるカバーを完全に取ると、ユエに向かって首を傾げた。
「ユエちゃんは、これを見るの初めて?」
「うん、初めて。」
そう答えたユエに、エーリリテは「そう…」と返して、ピアノの前の椅子に座った。
「綺麗な音でしょう? さっきみたいな音はびっくりしたかもしれないけど、これは弾き方次第で、どこまでも綺麗な音を出せるのよ。」
エーリリテの指が鍵盤を叩く。
すると、室内にさっきまでとは全然違う音が流れ出した。
エーリリテの指が鍵盤の上で踊る。
そこから紡ぎ出されていく、軽快で美しい旋律。
それは部屋中に、そしてユエの聴覚に響き渡って、うっとりするような余韻を残して消えていく。
「ね?」
得意げに笑んでみせるエーリリテに、ユエは何度も頷いた。
「どう? ちょっとやってみる?」
「うん、やってみたい!」
ほとんど即で、ユエはそう答えていた。
後から自分の発言に気付いたらしいユエは、「あ…」と呟いて気まずげに顔を逸らす。
そんなユエに―――
「あははははっ!」
エーリリテは明るく笑った。
きょとんとしてエーリリテを見上げるユエに、エーリリテは優しげな表情を向ける。
「素直で結構。ちゃんと、自分の気持ちを言えるじゃない。ちょっと安心したわ。さ、椅子に座って。色々と調整してあげるから。」
ユエは笑顔のエーリリテに戸惑いながらも、言われたとおりに椅子に腰を下ろした。
そうやって始まった、即席のレッスン。
それは自分にとって、とても楽しい時間となった。
元々、何かを教わるのは好きだ。
何かを教わっている間だけは、殴られたりすることは決してなかったから。
けれど、教わることをこんなにも楽しいと感じたのは初めてだ。
途中で間違ってはエーリリテと笑い合って、自分でこうすればいいのかと納得したり、エーリリテに自分の意見を言ってみたり。
そんな一つ一つのことが、楽しくてたまらなかった。
活き活きとした様子でピアノを弾いているユエ。
そんなユエを見ていたエーリリテは笑みを深めると、後ろからユエを抱き締めて、その小さな頭に自分の顔を寄せた。
「楽しそうでよかった。」
いきなりの事に固まったユエに、エーリリテは言う。
「あのね、あなたはもっと、素直になってもいいと思うわ。」
「……素直?」
「そう。どんなことをしたいとか、何が好きだとか、こんなことは嫌だとか。自分が思ったこと、感じたこと。そういうのを我慢して飲み込まずに、口に出して言ってもいいのよ。」
優しく。
まるで家族のように。
そんな穏やかさで、エーリリテはユエに語りかける。
「もしかしたらその中には、言っちゃいけないこともあるかもしれない。でも、そんなのは言ってみないと分からないことでしょ? 言いたいことを言うだけ言って、泣きたい時は思い切り泣いて、納得できないなら喧嘩でもなんでもして……そうやって、色んなことを知っていくものだわ。だから、もっと私たちに言ってね。やりたいことでも、食べたいものでも、なんでもいいから。」
そんなエーリリテの言葉に、ユエは動揺してしまう。
我慢しなくてもいいって。
実もエーリリテも、同じことを言ってくれる。
本当に、正直に言っても怒られないのだろうか。
自分の気持ちを言ってみたくなる反面、ちょっぴり怖くてなかなか口が動かない。
「えっと……」
言葉が続かないユエは何度も無為に手を握って開いてみたり、足をぶらぶらと揺らしてみたり、落ち着かないようだった。
「うんと……じゃあ……」
恥ずかしそうに小さく縮こまって、ユエは目線だけをエーリリテに向けた。
「もっと、これやりたい。」
それは、初めて思いきって言ってみた自分の意志。
言ってみてから、やっぱり怖くなる。
でも、エーリリテはにっこりと笑うだけだった。
「もちろん。じゃあ、続きをしましょう。」
そうやって笑顔で自分の気持ちを受け入れてもらえるのは、初めての経験で。
胸の中に、温かい何かがどんどん広がっていくようだった。
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ユエの表情が、まぶしい笑顔で染まった。
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