世界の十字路

時雨青葉

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第6章 国境を越えて

辿り着いた先は―――

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 驚愕して固まる男性。
 ユエの首に伸ばされた手。


 そんな光景を、実は冷静とも無反応とも言える表情で見つめていた。


 無言のまま、実がパチリと指を弾く。
 すると、目に見えない何かに飛ばされるように、男性の体がユエから吹っ飛んだ。


「ぐっ…」


 壁に叩きつけられて、一瞬呼吸を奪われた彼が苦しげにうめく。


 ようやく首が解放されて激しく咳き込むユエの傍に膝をつき、実はその背を優しくなでた。


「大丈夫? ごめんね、遅くなって。ちょっと、外の奴らを片付けるのに手間取った。」


 実の言うとおり、ドアの外には力なく倒れている何人もの兵士の姿が見えた。


「まさか……あれを全部倒してきたのか?」


 男性がなかば茫然とした様子で呟く。
 それを空気のように無視し、実は部屋の奥にえられているベッドへと目をやった。


「ドラードもごめんね。出てきていいよ。」


 言うと、シーツの下から勢いよくドラードが飛び出してきた。


「遅いって! ぼく、すっごく怖かったんだから!!」


 目の端に涙を浮かべて訴えてくるドラードに苦笑しながら、実はその頭を軽く叩いた。


「悪かったってば。これでも急いで来たんだよ。まさか……行き着く先がこんな所だとは思わなかったからさ。」


 実はゆっくりと立ち上がり、こちらを見ていた男性を見据みすえる。


 ドラードが残してくれた魔力のざんを追いながら移動しているなか、驚くべき事実に直面した。


 ユエとドラードを乗せた荷馬車が、国境を管理するとりでを抜けていっていたのだ。


 砦での手続きに時間を取っている暇はなかったので、魔法でごまかして秒で国境を越えさせてもらった。


 そして、最初に辿り着いた町で情報収集をして、現在地を把握した。


 そこは、アズバドルの西側に隣接しているスーヴェルカルトの領地だったのだ。


 それだけでも驚くには十分だったが、追跡を続けているうちに、その驚きはさらなる驚きで塗り替えられることになる。


 ここは、スーヴェルカルトの王都レンドリア。
 今いる場所は、レンドリアのさらに中枢。


 つまり―――




「まさか、お隣の国の王城に着いちゃうとは……ね。」




 初めは、何かの間違いではないかと思ったくらいだ。


 城からドラードが魔力を出し続けていなければ、中に入ることを躊躇ためらっただろう。


 おかげで、馬鹿みたいに広い城内を騒ぎにならないように進むのに苦労したのなんの。


「で、あんたがユエのあるじか……」


 そこで初めて、実の目が男性を中心にとらえた。


 こうして見ると、主従関係の結びつきがよく分かる。
 間違いなく、この男性がユエの主だ。


「あんたの目的がなんなのかは知らないけど、ユエを解放しろ。俺の要求はそれだけだ。」


 ここに飛び込んだ時の景色を見た瞬間に、彼に話が通じないだろうことは分かった。
 なので、端的に結論だけを告げることに。


 しかし―――


「やだね。」


 男性は、にんまりと口の端を吊り上げてそう宣言。
 不愉快そうな表情をする実とドラードを前に、彼は高く笑う。


「お前こそ、誰にものを言ってんだ? オレはこの国の第三王子であるヴィード様だ。お前らなんて、オレにとっちゃただの道具みたいなもんなんだ。それに―――そいつはオレの娘だ。好き勝手に扱って何が悪い。」


 彼が告げた言葉に驚いた実がユエを見ると、ユエは眉を下げて実の服を掴む手に力を込めた。


 どうやら、性質たちの悪い冗談というわけではなさそうだ。


 これで、ユエに関する違和感の一つが氷解する。


 彼女がやけに高度な教育を施されていたのは、王族として最低限の教養だったということか。


「ユエ……」


 ぽつりと呼びかける実に、ユエはぎゅっと目をつぶって顔を背ける。


 その表情はあまりにもつらそうで、胸の内に渦巻く気持ちを必死に抑え込めているよう。


 そんなユエを見ていたら頭に血がのぼって、実は思わずヴィードに向かって怒鳴っていた。


「なら、なんでユエを捨てたりしたんだ!? 自分の子供なんだろ!?」
「はあ?」


 顔をしかめたヴィードの答えは、あまりにも単純であっさりとしていて、常識を逸していた。


「そんなの、いらなくなったからに決まってるだろ。」


 当然だと言わんばかりの口調に、実は絶句してしまう。


「元々そいつは、便利そうな旅の舞踏団の女に産ませた子供だ。兄貴たちには子供がいなかったし、跡継ぎになる子供がいれば、三男のオレでも優遇されたからな。」


「―――っ!! もういい。」


 実はたまらず、男性の言葉をさえぎった。


 握り締めた拳の中で、爪が皮膚に食い込んで痛む。
 その痛みすらも、今の自分には興奮剤となりえた。


 ―――許せない。


 脳裏が、怒りで真っ赤に染まる。


「これ以上、あんたの戯言ざれごとなんて聞きたくない。そんなくだらない理由で、命を……ユエの人生をめちゃくちゃにしたっていうのかよ!」


 訴えるも、ヴィードには何も響いていないようだった。


「何言ってるんだ? ……まあ、いらなくなったとはいえ、オレが王位に近付くために必要な奴ではあったぜ。それに、そいつを道具だと思ってるのはオレだけじゃないしな。」


 悪びれもなく、ヴィードは続ける。


「兄貴たちも親父も、揃いも揃ってそいつを利用しようと考えてた。最近は近隣国との仲も怪しくなってきたし、何かあった時のために人質として出そうとかな。」


「………っ」


「三男の子供でも、一応王家の血を引いてるわけだし、使いようはいくらでもあんだろ? だから、そいつは親父や兄貴たちとも契約してるんだよ。絶対に逃げられないようにな。」


 おぞましいほどの不快感に侵されながら、その裏で理性が理解する。


 ユエを縛る、いくつもの血の契約。
 それらが全て、彼女の親族から課せられたものなのだと。


「おかげで、オレも親父の目に留まるようになった。そいつは、オレの地位を安定させるのに本当に役立ったさ。……今まではな。」


 そこで、ヴィードの声が一気に低くなった。

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