570 / 714
第6章 国境を越えて
彼女についていた存在
しおりを挟む「なんじゃ。お主、気付いておったのか。」
気圧されそうな雰囲気をまとって降り立った彼女は、感心する一方で面白くなさそうにそう告げた。
体にぴったりとフィットする、肩が大きく開いたドレス。
その上に毛皮のストールを羽織り、片手には大きな扇子。
緩くうねる真っ黒な髪に包まれた顔は驚くほどに白く、柔らかく微笑む赤い唇には妖艶な香りが漂う。
実たちの前に姿を表した女性は、そんな派手で妖しい美しさを醸し出していた。
「誰だ?」
鋭く問う。
すると、彼女は艶やかな口の端をより深く上げた。
「我が名はセルフェーラ。我が長より、この地域の魔力バランスの調整を任されている。」
「つまりは、この国の神様ってわけね。」
実の結論を、セルフェーラはゆったりとした動作で頷いて肯定した。
驚いた表情のドラードや未だにきょとんとしているユエとは違い、実は動揺することもなく冷静だった。
この魔力は知っている。
人間だけではなく精霊をも屈服させ、人智を遥かに超えた存在。
そんな存在が放つ、自分のものとはまた違う魔力。
こんな力を持つのは、神に属する存在くらいだ。
「ずっとユエについてたのか?」
「そのとおりだ。ユエが生まれた時から、ずっと見ていた。ユエの母親に頼まれてな。」
「お母さんが…?」
そこで声をあげたのはユエだった。
信じ難そうな表情が、そこには広がっている。
「そこの男が言っていたであろう? ユエの母親は、旅の舞踏団の人間だったと。昔から、歌や踊りは神に通じるものがある。彼女の純粋な想いと歌が、私を呼び出したのだ。―――その男を殺したい。そんな、純粋すぎる憎しみだったよ。彼女が抱いていたものは。」
ふと、セルフェーラが実を指差す。
その瞬間―――
ザザザザーッ
突如として脳内に響いたとてつもないノイズに、実は無意識に耳を塞いでいた。
―――憎い。
思念が流れ込んでくる。
―――憎い。憎い憎い。私から全てを取り上げたあの男が。殺してしまいたい。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい……
これが、ユエの母親の心だというのか。
「ふふっ、すごいだろう?」
顔を青くして息を乱す実に満足したのか、セルフェーラは腕を下ろした。
途端に、流れ込んできた感情が消えていく。
「だかな、私の姿を見た途端に彼女は私にこう言ったのだ。〝この子を助けて〟とな。」
薄暗い地下牢のような場所。
そこで心身共に弱っていた彼女は、ただ憎しみだけを糧に生きているようなものだった。
しかし、その想いに答えて現れたセルフェーラに、彼女はヴィードを呪うことではなく、当時お腹の中にいたユエを助けることを願ったのだという。
これから生まれてくるこの子は、決して幸せな人生は歩めない。
いいように使われて、そしていいように捨てられていく。
自分の血を継いでいるせいで、身に宿した魔力を気味悪がられることもあるだろう。
ユエの母親は、そう語ったそうだ。
「時間がかかってもいいから、こんな悪夢みたいな運命から解放してやってほしい。彼女はそう言った。憎しみを超えるほどの愛情でな。だから、私はその子供についてやることを了承したのだよ。」
セルフェーラはこちらを見上げているユエと目を合わせると、その場に膝をついた。
そして、慈しむようにユエの頭をなでる。
「お主は母親とは一度も話したことがなかったから、私が教えよう。お主の母親は、ちゃんとお主のことを愛しておったぞ。命が尽きる最期まで、お主を守るために力を使い続けていた。だから、案ずることはない。―――お主は、いらない子ではなかったのだよ。」
「………っ」
何年もの時を経て伝えられた、母の想い。
それに、ユエは大きく目を見開いた。
そんなユエを何度もなでるセルフェーラの手つきは、ユエの母親が抱いていた愛情を示すように優しげだ。
ユエの母親がユエのことを心底愛していたように、今までユエを見守ってきた彼女にも、それなりの情があるのだろう。
それは、彼女の様子を見ているだけで十分に伝わってきた。
―――伝わってくるからこそ、納得できない。
「なんで…っ」
実の感情を押し殺したような声に、セルフェーラは顔を上げる。
「ついているって約束したなら、なんでちゃんと守ってやらなかったんだよ! こんなに追い詰められるまで、どうして何もしなかったんだよ!?」
今ならからくりが分かる。
ユエが一度で全ての契約を解除することができたのは、ユエが反発した瞬間にセルフェーラが力を貸したからだ。
こんなギリギリになってようやく協力するくらいなら、最初から助けてやればよかったではないか。
ずっと見ていたくせに。
その気になれば、あっさりと事態を解決できるほどの力を持っているくせに。
どうして、こんなボロボロになるまで―――……
「……すまないな。」
拳を握り締めて激情をこらえていた実は、そんなセルフェーラの言葉に驚いてハッとした。
彼女が自分の非を認めるような発言をするとは、露ほどにも思っていなかったからだ。
セルフェーラは、困ったような微笑みでユエの頭に手を置く。
「どんなに介入したくとも、神とはそう簡単に人間に関わることはできないのだ。我々が人間に直接介入するのは、特例を除いて許されない。私がユエについてやれていたのも、ユエの母親の強い想いに応えてもよいとお許しをもらえたが故のこと。それにも制限があって、ユエの純粋なる強い意志が現れた時のみにしか手を貸してはならないと……そういう決まりだったのだ。」
セルフェーラの瞳が、すっと伏せられる。
その瞳にあったのは、どこかもどかしげな色。
「これまでは、ユエに強い意志がなかった。その男に完全に洗脳されているような状態だったからな。言い訳がましくなってしまうが、救いたくとも救えなかったのだよ。私の守護をつけたことで、この子の魔力は己の身を守れるほど強力になっていた。しかし……それでも、ユエがその男の操り人形のまま命を落とすようなら………私は、それを一つの結末として受け入れるしかなかった。」
「………」
なんだか、急に我に返ったような気分。
セルフェーラの言うとおり、神とはそのくらいの存在でいいのかもしれない。
神が不用意に人間に関われば、人間の人生を簡単に捻じ曲げてしまう。
それは、レティルや死神と相対した自分がよく知っているじゃないか。
自分には神という類いのものに関わってほしくないくせに、セルフェーラがこれまでユエに関わらなかったことは責める。
身勝手な矛盾。
それに思い至り、実は歯噛みする。
その時、急に部屋の外が騒がしくなった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる