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第6章 国境を越えて
ユエの選択
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激しく廊下を踏む音がたちがして、開きっぱなしだったドアから何人かの男性が入ってきた。
「この騒ぎはなん―――」
先頭に立っていた男性の言葉が、途中で途切れる。
倒れているヴィード。
見知らぬ人間たち。
床を濡らす血に、激しい戦いの後を思わせる乱れきった室内。
そのどれもが、彼らの想定を超えていたようだった。
彼らは棒立ちになったまま、茫然と実たちを凝視している。
「ユエ、こっちに。」
呼びかけに応えて立ち上がったユエを、実は軽く抱き上げる。
不安そうにこちらを見つめるユエに、大丈夫だと微笑みかけてやった。
「なあ、人間に関わっちゃいけないって言ってたけど、ここの奴らの記憶からユエのことを消すのはできるのか?」
隣のセルフェーラに、小声で訊ねる。
ユエが一般人の子供であったなら単純に連れ去ってしまえばいいと思っていたが、隣国の王族ともなると話が違う。
王族の者が誘拐されたと騒ぎになったら厄介だ。
この場を穏便に治めるには、ヴィードに子供がいたという事実を揉み消すしかないだろう。
記憶を消す苦しさを知っている手前、この手を使うことに多少の躊躇いはあるけれど……
「今なら可能だ。―――それが、ユエの望みなら。」
複雑そうな表情をする実に、セルフェーラはゆるりと頷いた。
ユエの意志で現れている彼女は、あくまでもユエの意志の下にしか動けないということだろう。
「ユエ、どうする?」
実は、全ての判断をユエに委ねた。
今後のユエが平穏に暮らしていくには、この国の人々からユエの記憶を消した方がいい。
しかし、たとえやむを得ないとしても、それはユエと関わった人々の中からユエの存在自体を消すことと同義。
自分が忘れられることを、ユエ自身が受け入れなければいけないのだ。
ユエは少しだけうつむいて、考える仕草を見せた。
やはり、迷っているのかもしれない。
周りに、少しずつ兵士たちが集まってくる。
こちらが何も行動を起こさないせいか、迂闊に手を出せないのだろう。
彼らの表情には、緊張と困惑が見て取れた。
周囲の動向を警戒する実に、ふとした拍子にユエが抱きついてきた。
「ユエ?」
「……いいよ。」
実の首に回す腕に苦しいほどの力を込め、ユエはそう言った。
「それは、紛れもないお主の意志か?」
訊ねたのはセルフェーラだ。
ユエはゆっくりと実の首から手を離し、まっすぐな目でセルフェーラを見返した。
「いいの。もう……ここにいたくない。」
その瞳には、一つの曇りもなかった。
「実と一緒に行く。」
ユエは、実の服をぎゅっと握る。
ここにいたくない。
この温もりから離れたくない。
そんな心情を必死に訴えるかのような仕草だった。
「―――分かった。この国を出ることを望むなら、それもよかろう。」
セルフェーラは目を閉じた。
その次の瞬間、彼女の全身から強力な魔力が迸る。
「ユエは連れていくよ。ここには、二度と戻ってこない。」
ドアの側で立ちすくんでいる彼らにそうとだけ言って、実は腕を振った。
その軌跡を追うように光が瞬き、実たちの体が光に包まれていく。
「世界の鍵を担う者よ。」
ふと、脳内にセルフェーラの声が響いた。
「お主が背負うものの重さは、神である私の目から見ても不憫に思える。だが、私たちとしてもこれが最後の悪足掻きなのだ。どうか、己の重荷に負けぬよう。さすれば、我らが長もきっと慈悲を授けてくれるはずだ。」
彼女の言葉に、実は眉を寄せて渋面を作る。
重荷に負けるな、などと。
そんなことは、言われなくとも自分が一番分かっているというのに。
浮かんだ反感は、きっとセルフェーラには届いていない―――
「この騒ぎはなん―――」
先頭に立っていた男性の言葉が、途中で途切れる。
倒れているヴィード。
見知らぬ人間たち。
床を濡らす血に、激しい戦いの後を思わせる乱れきった室内。
そのどれもが、彼らの想定を超えていたようだった。
彼らは棒立ちになったまま、茫然と実たちを凝視している。
「ユエ、こっちに。」
呼びかけに応えて立ち上がったユエを、実は軽く抱き上げる。
不安そうにこちらを見つめるユエに、大丈夫だと微笑みかけてやった。
「なあ、人間に関わっちゃいけないって言ってたけど、ここの奴らの記憶からユエのことを消すのはできるのか?」
隣のセルフェーラに、小声で訊ねる。
ユエが一般人の子供であったなら単純に連れ去ってしまえばいいと思っていたが、隣国の王族ともなると話が違う。
王族の者が誘拐されたと騒ぎになったら厄介だ。
この場を穏便に治めるには、ヴィードに子供がいたという事実を揉み消すしかないだろう。
記憶を消す苦しさを知っている手前、この手を使うことに多少の躊躇いはあるけれど……
「今なら可能だ。―――それが、ユエの望みなら。」
複雑そうな表情をする実に、セルフェーラはゆるりと頷いた。
ユエの意志で現れている彼女は、あくまでもユエの意志の下にしか動けないということだろう。
「ユエ、どうする?」
実は、全ての判断をユエに委ねた。
今後のユエが平穏に暮らしていくには、この国の人々からユエの記憶を消した方がいい。
しかし、たとえやむを得ないとしても、それはユエと関わった人々の中からユエの存在自体を消すことと同義。
自分が忘れられることを、ユエ自身が受け入れなければいけないのだ。
ユエは少しだけうつむいて、考える仕草を見せた。
やはり、迷っているのかもしれない。
周りに、少しずつ兵士たちが集まってくる。
こちらが何も行動を起こさないせいか、迂闊に手を出せないのだろう。
彼らの表情には、緊張と困惑が見て取れた。
周囲の動向を警戒する実に、ふとした拍子にユエが抱きついてきた。
「ユエ?」
「……いいよ。」
実の首に回す腕に苦しいほどの力を込め、ユエはそう言った。
「それは、紛れもないお主の意志か?」
訊ねたのはセルフェーラだ。
ユエはゆっくりと実の首から手を離し、まっすぐな目でセルフェーラを見返した。
「いいの。もう……ここにいたくない。」
その瞳には、一つの曇りもなかった。
「実と一緒に行く。」
ユエは、実の服をぎゅっと握る。
ここにいたくない。
この温もりから離れたくない。
そんな心情を必死に訴えるかのような仕草だった。
「―――分かった。この国を出ることを望むなら、それもよかろう。」
セルフェーラは目を閉じた。
その次の瞬間、彼女の全身から強力な魔力が迸る。
「ユエは連れていくよ。ここには、二度と戻ってこない。」
ドアの側で立ちすくんでいる彼らにそうとだけ言って、実は腕を振った。
その軌跡を追うように光が瞬き、実たちの体が光に包まれていく。
「世界の鍵を担う者よ。」
ふと、脳内にセルフェーラの声が響いた。
「お主が背負うものの重さは、神である私の目から見ても不憫に思える。だが、私たちとしてもこれが最後の悪足掻きなのだ。どうか、己の重荷に負けぬよう。さすれば、我らが長もきっと慈悲を授けてくれるはずだ。」
彼女の言葉に、実は眉を寄せて渋面を作る。
重荷に負けるな、などと。
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浮かんだ反感は、きっとセルフェーラには届いていない―――
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