世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
696 / 714
第5章 揺れる心と揺らがぬ決意

復讐よりも―――

しおりを挟む

「キース!? 何してるんだよ! 実を頼むって言ったじゃねぇか!!」


 近付いてきた尚希の胸ぐらを問答無用で掴む拓也。


 一方の尚希は、こんなことをされるとは思っていなかったのか、数秒目を丸くして、すぐにその顔に焦りを浮かべて手を振った。


「いやいや、その実に頼まれたんだって。」
「実に?」


 ろんげに呟いた拓也は、険しい目つきのまま続きをうながす。


「答えは分かってるんだけど、一応訊いてきてほしいって言われたんだ。本当に大丈夫なのかってな。」


「何が?」


 拓也は不機嫌丸出しでぶっきらぼうに問う。


 体調に関しては全く問題ないが、気分は最悪だ。


 せっかく敵の目が実から離れてくれているというのに、尚希が実から離れてどうするのだ。


 自分にとって、ここで実を任せられる人間は尚希だけだというのに。


 拓也の目つきと雰囲気から怒りはひしひしと伝わっているのだろう。
 尚希は数秒言葉をつまらせ、次に呆れたような息を吐いた。


「分かってるか? それが実を心配させてるんだぞ?」
「………?」


 拓也は不可解そうに眉を寄せる。
 そんな拓也にもう一つ溜め息をつき、尚希は再び口を開いた。


「いいか? 実の言葉を、そのまんま伝えるぞ。『なんか……この前の一件から、拓也の態度が微妙に変わったような気がするんですよね。』」


「!!」


「『迷いがなくなった、と言えば聞こえはいいんですけど……どうしても引っ掛かるんですよ。拓也は自分に嘘をつけない人間だから、きっと拓也なりの選択があったんだと思います。それがなんなのかは分かりませんが……その選択が拓也を追い詰めていないか、少し心配なんです。後悔してないといいけど……』だとよ。」


「………」


 気付けば、尚希の胸ぐらを掴む手から力が抜けていた。


 さすがは実だ。


 あからさまに態度が変わらないように意識はしていたのに、それでも些細な変化を敏感に察知していたらしい。


「心当たり大ありって顔だな。」


 尚希に指摘されて、ぐっと返答に窮する拓也。


「実の言うとおり、お前って少し変わったよ。でも、嫌な変化じゃない。だって、オレが今まで見たことがないくらいすっきりした顔をしてるからな。その変化のきっかけは、実なんだろ?」


「まあ、そうだけど……」


 隠すつもりはないので、拓也は正直にそう答える。


「やっぱりな。なんとなく、実もそれは感じてるんだろうよ。実はこれ以上何も言わなかったけど、あの実のことだ。多分、本当はお前にこう訊きたいんだろうな。―――自分のためにそんな選択をして、本当に大丈夫なのかってな。」


「言うまでもない。」


 おそらく、尚希の推測は限りなく正しい。


 いつも、自分に向けられる好意にどこか申し訳なさを感じている実だ。
 こちらの変化を感じ取っているのなら、絶対にそう思っているだろう。


 だからこそ、この決意は余計に強くなるのだ。


 拓也はまっすぐに尚希の目を見据みすえた。




「おれはもう決めた。絶対に引かないし、譲らない。後悔なんて、それこそするつもりもない。―――復讐ふくしゅうよりも、大事なことが見つかったから。」




 ふわり、と。
 拓也は微笑を浮かべる。


 最初の言葉は実に向けたもの。
 そして最後の一言は、これまで自分を見守ってきてくれた尚希に向けたものだ。


「………」


 尚希が大きく目を見開く。


 朝焼けや夕焼けを思わせる綺麗なオレンジ色の瞳が、時間をかけてゆっくりとなごんでいって、そして―――


 心底嬉しそうに、心底安堵したように、尚希は笑った。


「そうか。実には、感謝しなくちゃな。」


 その言葉には、自分としても同意見だった。


 今尚希に告げた言葉に嘘はない。
 だからこそ、尚希もぐっと肩の荷が降りたことだろう。
 これからはきっと、領主の仕事により打ち込むことができるはずだ。


 尚希も自分も変わった。


 絶望に向かって突き進むしかなかったはずなのに、今立っている場所とこれから向かう場所は、覚悟していた未来とは全く違う明るい場所。


 こうして立っていられるのは間違いなく、実に出会って、彼と一緒に過ごしてきたからだ。


 もしもどこかで実を突き放してしまっていたら、尚希も自分もここにはいないだろう。


「答えとしては十分か?」


 訊ねると、尚希は穏やかな微笑みで頷いた。


「おう。実としては複雑だろうけどな。」
「確かにな。じゃあ―――」


 拓也は一瞬で表情を引き締める。


「早く実のところに帰れ。」


 低い声で言うと、尚希はぱちくりと目をまたたいた。


「お、おう……ってか、切り替えはやー!?」
「あったりまえだ!」


 狼狽ろうばいする尚希に、拓也は憮然として指を突きつけた。


「それはそれ、これはこれだ。聞くことを聞いたなら、さっさと帰れ! まったく、なんのために実を部屋に押し込めてお前に任せてると思ってんだよ。おれかお前が傍にいないと、あの馬鹿はまた無茶をやらかすだろ!?」


「いや、それは事実だけどさ……」


「分かってんなら帰れって! 珍しい実の頼み事だからって簡単にこっちに来てるけど、これが部屋を抜け出すための口実だったらどうすんだよ!!」


「わ、分かった! 帰る帰る! 帰るから、その前に……」


 また掴みかかりそうな勢いで迫ってくる拓也に、尚希は口早に言う。


「この人たちを引き取ってくれ。」


 尚希の視線が後ろに流れたので、拓也は尚希の背後に目を向ける。
 そこにいたのは、無言で立っている二人の男女だ。


「引き取れって……その人たちがどうかしたのか?」


 いまひとつ尚希の意図が理解できないので首を傾げると、尚希はあからさまに周囲を気にする素振りを見せた。


 周囲に人が少ないことを確認しても気が休まらないのか、彼はゆっくりと耳元に顔を寄せてくる。


「それが、オレも一人になった途端に襲撃を受けてな。」
「!?」


 極力音量を落とした声でも聞き取ることができたのか、自分だけではなく、後ろのクルオルも息を飲むのが分かった。


 尚希は続ける。


「あんまり騒ぎになっても困るし、とっさに意識を乗っ取らせてもらったはいいんだけど、どこに引き渡せばいいか分からなくて。とりあえずお前のとこに行けばクルオルもいるだろうと思って、連れてきちまったんだよ。」


「なるほどな。」


 尚希の操り人形となっている襲撃者たちを見やり、拓也は先ほどまでとは別の意味で表情を険しくする。


「拓也さん。」


 呼ばれて振り返ると、クルオルの真剣な目がこちらを見下ろしていた。


「実さんが心配なのは分かるのですが、尚希さんにはもう少しお付き合いいただきましょう。彼らがこちらの思うように動いてくれるなら、好都合でしょう?」


「……そうだな。」


 クルオルの言葉を否定できず、拓也は苦虫を潰したような顔をしながらも頷いた。


 確かに、この状況は色々と手間が省けるので利用価値が大いにある。


「尚希。」


 クルオルとのやり取りを終え、拓也は尚希に向き直る。


「その人たちに、自分の家まで案内させてくれないか?」
「分かった。」


 尚希はすぐに了承の意を示し、男性の方に話しかけた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...