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第5章 揺れる心と揺らがぬ決意
復讐よりも―――
しおりを挟む「キース!? 何してるんだよ! 実を頼むって言ったじゃねぇか!!」
近付いてきた尚希の胸ぐらを問答無用で掴む拓也。
一方の尚希は、こんなことをされるとは思っていなかったのか、数秒目を丸くして、すぐにその顔に焦りを浮かべて手を振った。
「いやいや、その実に頼まれたんだって。」
「実に?」
胡乱げに呟いた拓也は、険しい目つきのまま続きを促す。
「答えは分かってるんだけど、一応訊いてきてほしいって言われたんだ。本当に大丈夫なのかってな。」
「何が?」
拓也は不機嫌丸出しでぶっきらぼうに問う。
体調に関しては全く問題ないが、気分は最悪だ。
せっかく敵の目が実から離れてくれているというのに、尚希が実から離れてどうするのだ。
自分にとって、ここで実を任せられる人間は尚希だけだというのに。
拓也の目つきと雰囲気から怒りはひしひしと伝わっているのだろう。
尚希は数秒言葉をつまらせ、次に呆れたような息を吐いた。
「分かってるか? それが実を心配させてるんだぞ?」
「………?」
拓也は不可解そうに眉を寄せる。
そんな拓也にもう一つ溜め息をつき、尚希は再び口を開いた。
「いいか? 実の言葉を、そのまんま伝えるぞ。『なんか……この前の一件から、拓也の態度が微妙に変わったような気がするんですよね。』」
「!!」
「『迷いがなくなった、と言えば聞こえはいいんですけど……どうしても引っ掛かるんですよ。拓也は自分に嘘をつけない人間だから、きっと拓也なりの選択があったんだと思います。それがなんなのかは分かりませんが……その選択が拓也を追い詰めていないか、少し心配なんです。後悔してないといいけど……』だとよ。」
「………」
気付けば、尚希の胸ぐらを掴む手から力が抜けていた。
さすがは実だ。
あからさまに態度が変わらないように意識はしていたのに、それでも些細な変化を敏感に察知していたらしい。
「心当たり大ありって顔だな。」
尚希に指摘されて、ぐっと返答に窮する拓也。
「実の言うとおり、お前って少し変わったよ。でも、嫌な変化じゃない。だって、オレが今まで見たことがないくらいすっきりした顔をしてるからな。その変化のきっかけは、実なんだろ?」
「まあ、そうだけど……」
隠すつもりはないので、拓也は正直にそう答える。
「やっぱりな。なんとなく、実もそれは感じてるんだろうよ。実はこれ以上何も言わなかったけど、あの実のことだ。多分、本当はお前にこう訊きたいんだろうな。―――自分のためにそんな選択をして、本当に大丈夫なのかってな。」
「言うまでもない。」
おそらく、尚希の推測は限りなく正しい。
いつも、自分に向けられる好意にどこか申し訳なさを感じている実だ。
こちらの変化を感じ取っているのなら、絶対にそう思っているだろう。
だからこそ、この決意は余計に強くなるのだ。
拓也はまっすぐに尚希の目を見据えた。
「おれはもう決めた。絶対に引かないし、譲らない。後悔なんて、それこそするつもりもない。―――復讐よりも、大事なことが見つかったから。」
ふわり、と。
拓也は微笑を浮かべる。
最初の言葉は実に向けたもの。
そして最後の一言は、これまで自分を見守ってきてくれた尚希に向けたものだ。
「………」
尚希が大きく目を見開く。
朝焼けや夕焼けを思わせる綺麗なオレンジ色の瞳が、時間をかけてゆっくりと和んでいって、そして―――
心底嬉しそうに、心底安堵したように、尚希は笑った。
「そうか。実には、感謝しなくちゃな。」
その言葉には、自分としても同意見だった。
今尚希に告げた言葉に嘘はない。
だからこそ、尚希もぐっと肩の荷が降りたことだろう。
これからはきっと、領主の仕事により打ち込むことができるはずだ。
尚希も自分も変わった。
絶望に向かって突き進むしかなかったはずなのに、今立っている場所とこれから向かう場所は、覚悟していた未来とは全く違う明るい場所。
こうして立っていられるのは間違いなく、実に出会って、彼と一緒に過ごしてきたからだ。
もしもどこかで実を突き放してしまっていたら、尚希も自分もここにはいないだろう。
「答えとしては十分か?」
訊ねると、尚希は穏やかな微笑みで頷いた。
「おう。実としては複雑だろうけどな。」
「確かにな。じゃあ―――」
拓也は一瞬で表情を引き締める。
「早く実のところに帰れ。」
低い声で言うと、尚希はぱちくりと目をまたたいた。
「お、おう……ってか、切り替えはやー!?」
「あったりまえだ!」
狼狽する尚希に、拓也は憮然として指を突きつけた。
「それはそれ、これはこれだ。聞くことを聞いたなら、さっさと帰れ! まったく、なんのために実を部屋に押し込めてお前に任せてると思ってんだよ。おれかお前が傍にいないと、あの馬鹿はまた無茶をやらかすだろ!?」
「いや、それは事実だけどさ……」
「分かってんなら帰れって! 珍しい実の頼み事だからって簡単にこっちに来てるけど、これが部屋を抜け出すための口実だったらどうすんだよ!!」
「わ、分かった! 帰る帰る! 帰るから、その前に……」
また掴みかかりそうな勢いで迫ってくる拓也に、尚希は口早に言う。
「この人たちを引き取ってくれ。」
尚希の視線が後ろに流れたので、拓也は尚希の背後に目を向ける。
そこにいたのは、無言で立っている二人の男女だ。
「引き取れって……その人たちがどうかしたのか?」
いまひとつ尚希の意図が理解できないので首を傾げると、尚希はあからさまに周囲を気にする素振りを見せた。
周囲に人が少ないことを確認しても気が休まらないのか、彼はゆっくりと耳元に顔を寄せてくる。
「それが、オレも一人になった途端に襲撃を受けてな。」
「!?」
極力音量を落とした声でも聞き取ることができたのか、自分だけではなく、後ろのクルオルも息を飲むのが分かった。
尚希は続ける。
「あんまり騒ぎになっても困るし、とっさに意識を乗っ取らせてもらったはいいんだけど、どこに引き渡せばいいか分からなくて。とりあえずお前のとこに行けばクルオルもいるだろうと思って、連れてきちまったんだよ。」
「なるほどな。」
尚希の操り人形となっている襲撃者たちを見やり、拓也は先ほどまでとは別の意味で表情を険しくする。
「拓也さん。」
呼ばれて振り返ると、クルオルの真剣な目がこちらを見下ろしていた。
「実さんが心配なのは分かるのですが、尚希さんにはもう少しお付き合いいただきましょう。彼らがこちらの思うように動いてくれるなら、好都合でしょう?」
「……そうだな。」
クルオルの言葉を否定できず、拓也は苦虫を潰したような顔をしながらも頷いた。
確かに、この状況は色々と手間が省けるので利用価値が大いにある。
「尚希。」
クルオルとのやり取りを終え、拓也は尚希に向き直る。
「その人たちに、自分の家まで案内させてくれないか?」
「分かった。」
尚希はすぐに了承の意を示し、男性の方に話しかけた。
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