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第5章 揺れる心と揺らがぬ決意
苛烈な紺碧
しおりを挟む「………?」
何が起こったのだろう。
急に、自分にかかる体重が消えた。
焦点の定まらない視界を必死に動かし、微睡みの中に落ちていた意識をなんとか引き上げる。
(ああ……)
そこに見慣れた後ろ姿を発見し、胸の中に安堵が広がる。
そんな実を背後にかばって―――
「実に手を出そうなんて……度胸と愚かさだけは認めてやる。」
誰もがぞっとするほど低い声音で、拓也は槍を構えて告げた。
拓也が睨む先では、実を襲っていた男性たちが茫然とした表情で立ち尽くしている。
その内の一人は、腹にざっくりと切り傷を負っていた。
男性たちは、誰一人として動かない。
拓也が彼らの自由を奪っているからだ。
「ティル!!」
「拓也さん!!」
尚希とクルオルが、それぞれ焦った声で拓也に呼びかける。
特に、クルオルの声には悲鳴に近い響きがこもっていた。
「落ち着いてください! 彼らも操られているだけです!!」
「そう思うなら……」
拓也は瞳に苛烈な光を宿したまま、血に汚れた槍の切っ先を男性たちに容赦なく向けた。
「今すぐに、そいつらをおれの目の前から消せ。このままだと、本気で殺すかもしれない。今ならまだ、そいつの治療も間に合う。」
そうは言うものの、男性が腹に負った傷はそれなりに深い。
一刻も早い処置が必要だろう。
だが、傷を負わせた張本人である拓也には、男性を助ける気などさらさらないようだった。
いち早くそれに勘付いた尚希が、拓也と男性の前に立ちはだかる。
「ティル。オレが引き受ける。とりあえず、術を解け。」
「………」
「ティル。」
「………」
「た……く、や……」
「!!」
ふと割り込んだ、か細い声。
それが響いた刹那に、拓也の殺気が嘘のように和らいだ。
それで魔法の効果が切れたらしく、男性たちがその場に腰を抜かす。
尚希はその隙を見逃さず、すぐに怪我をしている男性の腹部に手を当てて治癒を施した。
「クルオル、ティルがこれ以上殺気立つ前に…っ」
「分かっています!」
珍しく慌てた様子のクルオルが、人を呼びに部屋を出ていく。
しかし、そんなに急がずとも、拓也の関心は男性たちから完全に離れていた。
「実…」
下を見た拓也は目を見開く。
そこでは、なんとか上体を起こした実が拓也の服の袖を小さくつまんでいた。
「だい、じょうぶ……だから。もう、いいよ……」
実は必死に訴える。
何が起きているのかは、今の思考回路では考えが及ばない。
ただ、尚希やクルオルの慌てようから、とりあえず拓也を止めなければならないことだけはなんとなく分かった。
拓也に迸っていた殺気が、瞬く間に勢いをなくしていく。
それにほっとした瞬間、体を支える気力が底を尽きてしまった。
「実!?」
ぐらりと傾いた実の体を拓也が支える。
と、その表情が一気に血相を変えた。
「実っ……お前、それどうしたんだ!?」
「……え?」
拓也の手が首に触れたので、自分もそこに触れてみる。
返ってきたのは、ぬるりと生温かいものに濡れた感触だった。
「あ、れ…? 何これ……」
茫然と呟くと、拓也が収まっていたはずの殺気を再び爆発させた。
「まさか、あいつら…っ」
尚希に傷を治療されている男性をキッと睨む拓也。
しかし。
「―――違う。」
拓也を止めたのは、実であり実ではない声だった。
「これを……やったのは、こいつ自身だ。」
「実……じゃないな。ノルンか。」
状況を察した拓也が声をひそめて問うと、実の体を借りたノルンは微かに頷く。
「大した、奴だ……。もうほとんど、まともな意識もない状態で……そこの者のように、操り人形になる、一歩手前だったのだがな。敵の手に落ちるくらいならと……無意識で取る行動が、自害とは……」
「なっ…!?」
「お前が駆けつけるのが、あと一秒でも遅かったら……こいつは、躊躇いなく首を掻き切っておったぞ。」
苦しそうにしながらも、ノルンは顔を上げて拓也をまっすぐに見つめる。
そして、今の実の体でできる精一杯の微笑みを浮かべた。
「よかったな。……主を、守ることができて。お前は本当に、クルオルと……似て、いる……」
その言葉を最後に、実の体が力を失った。
「無意識で自殺未遂…?」
カラカラに渇いた声でそれだけを絞り出し、拓也は唖然として気を失った実を見下ろす。
血の気の失せた顔でこちらに身を預ける実。
肌の青白さ故に、首を染める深紅が余計に際立って見える。
その鮮やかな赤色にハッと我に返り、拓也は慌てて実の首に手をかざした。
首の傷を治しながら、華奢な体をベッドに横たえてやる。
実の中にいるノルンがああ言うのだから、この傷をつけたのは実自身なのだろう。
普段から自分のケリは自分でつけると言っていたが、本当にこんな手段に打って出るとは。
よくも悪くもまっすぐすぎる実らしくて、いっそのこと笑えてくる。
首の傷が癒えたことを確認し、つい首に手を当てて脈を確認する。
そこから伝わる体温と脈動に胸をなで下ろし、拓也は苦笑して実の髪を掻き回した。
「まったく……誇り高すぎるだろ。こんなんじゃ、下手に目も離せねぇじゃん。」
誰に聞かせるでもなく、ひっそりと呟く拓也だった。
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