世界の十字路

時雨青葉

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第5章 揺れる心と揺らがぬ決意

ピンチの果てに

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「ん?」


 重い体を引きずって、部屋の入り口を振り返る。


 騒がしくなったとはいっても、特に差し迫った状況ではないようだ。


 何人かが早口で情報交換をしている。


 耳を澄ますと、四階下で侵入者を捕らえたことと、念のためこの辺りの見張りを増やすという話が聞こえた。


 自分の出る幕はなさそうだ。


 そう結論づけて、再び襲ってきた眠気に欠伸あくびをした時、ふいに入り口を塞ぐ布が揺れた。


 尚希が帰ってきたのかと思ったのだが、そこから顔を出したのは見張りの男性だった。


「どうし―――」


 訊ねかけて、実は口をつぐむ。


 どうも、彼の様子がおかしい。


 男性がこちらに向かって手を伸ばす。


「に……げ……」


 言葉は最後まで続かず、男性の体が前方に傾ぐ。
 その後になだれ込むようにして押し入ってきたのは、数人の男性たちだった。


「―――っ」


 状況を飲み込むよりも早く、体が反応する。


 しかし―――素早く飛び起きたはずの体が次の瞬間に力を失って、ベッドにもんどりを打つことになってしまった。


「!?」


 思ってもみなかった展開に、実は瞠目するしかない。


 体に全く力が入らないのだ。
 かろうじて体を支えることはできるが、それ以上の行動に移ることが一切できない。


「しまった。一服盛られたか…っ」


 ノルンが焦りをにじませて言うが、今となっては何もかもが遅すぎた。


 男性たちの一人が実に飛びかかり、ベッドに押しつける形でその首に手を回す。
 そのまま一気に力を込められ、一気に意識がとお退きかけた。


「ぐっ…」


 これは、本格的にまずいかもしれない。


 反射的に男性の手に爪を立てると、思いのほか簡単に男性の手が首から離れていった。


 だが、当然こちらの抵抗が通じたわけではなく、こちらが動けないのをいいことに、彼は腕を振り上げる。


「わっ!?」


 実は、思わず声をあげて顔を背けた。


 振り上げられた男性の拳が耳元をかすってベッドに直撃する。
 それと同時に、何やら白いものが視界を舞った。


 もうもうと立ち込める砂煙のようなそれは、首を絞められていたせいで空気を求めていた喉をあっという間に侵食していく。


 ノルンが息を飲んだ。


「吸うな!」
「ごほっ……も…おそ……」


 咳き込む喉と肺は言うことを聞かない。
 一時的に呼吸を奪われたのは、この粉を吸わせるためだったらしい。


「や……ば……」


 唐突に、ぐわりと視界が揺れた。
 船酔いのような酩酊感が全身を侵し、思考が混濁しそうになる。


 微かに入っていた力すらも抜けていき、手がベッドの上に落ちる。
 視界がかすんで、目の前の男性の姿が何重にもだぶって見えた。


「花は……どこだ?」


 いつの間にか、部屋に侵入してきていた男性たちがぐるりと自分を囲んでいた。


「花を……寄越せ……」
「花は……」
「花を……」


 彼らは、まるで壊れた機械のようにそれだけを言い続ける。


「うる……い。……ん、なの……知る、か……」


 なけなしの理性を繋いで答える。
 しかし―――


「う…」


 馬乗りになる男性に逆らうこともできず、実はうめき声を漏らす。
 気合いで意識を保っているものの、これもいつまで持つか分からなかった。


 朦朧もうろうとして鮮やかさをなくしていく五感に、男性たちの声だけが十重とえ二十重はたえに響く。


 それが、まるで催眠術のように脳内に染み渡っていく。


 ……現実の世界が、あんなにも遠い。


 理性も本能も何もかも、この気持ち悪くも心地よい微睡まどろみの中に溶かされてしまいそうだ。


(さすがに……油断しすぎたか……)


 そんな後悔も、ぼんやりとした頭ではもう意味をなすものとして機能しない。


「花は……」
「花は……」


 ああ、気持ち悪い。




 もう―――何もかもどうでもいい気がする。




 だから……


「は……な、なんて……」


 完全に力を失っていた手が、ピクリと動いた。
 それは、ほとんど意識しての行動ではなかった。


 呆れるほどゆっくりと動いた手が、静かに自分の首へとかかる。


 半分以上が闇へと溶けた感覚の中、自分の口が笑みの形を作ったことだけがはっきりと分かった。




 そのまま、最後の力を振り絞って―――



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