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第24話 素人の血抜きと歩く不審者
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俺の全体重と大盾の質量が、リザードマンの胸部を圧し潰した。
ビクン、と痙攣した尻尾が、やがてだらりと力を失う。
その瞬間、先ほどのスケルトンとは比べ物にならない、温かく、濃密な何かが身体に流れ込んでくるのを感じた。一体目も何かが流れ込むのを感じたが、「死んだな」と分かる程度で、それ以上はもう一体がいたから感じとる余裕がなかった。
この手応え……やはり、あの骨野郎(スケルトン)と同格か、それ以上の相手だったらしい。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
大盾の下にあるリザードマンの上から身を起こし、俺は荒い息を整える。反省だ。多分経験値や魂か何かなのだろうが、二体目を吹き飛ばしたときになかったから、死んだかどうか分かったはずだ。
胸当てを見ると、鉄板に斧の形をした傷が刻まれていた。深さはあるが、貫通はしていない。裏側のゴムマットがしっかりと衝撃を殺してくれたようだ。
あれがなければ、俺の胸は今頃、真っ二つに裂けていただろう。
俺は、自作の不格好な鎧に、心の底から感謝した。バリデーション(実戦検証)、合格だ。
そして、床に転がる二体のリザードマンを見下ろす。
太ももの筋肉、尻尾の付け根。どこを見ても肉付きが良い。
今度こそ、正真正銘の「食える」獲物だ。
さて、ここからがまた一仕事だ。
目の前には、二体のリザードマンの死体。
一体あたり50キロはあるだろうか。レベルアップした今の筋力なら引きずって歩ける重さだが、問題は両手が塞がっていることだ。
俺は地面に転がっている三枚の円形盾(ラウンドシールド)を見下ろした。
汗をぬぐうのに地面に置いた右手用の「斬撃盾」、左手用の「打撃盾」、そして今投げたばかりの「投擲用盾」だ。
これをしまわなければ、死体の尻尾を掴めない。だが、リュックはパンパンだし、そんな大きさじゃない。考えていなかった。アホだ・・・俺。
「……着るか」
俺はまず、右手用と左手用の盾を拾い上げ、それぞれの腕に通した。
本来はグリップを握るスタイルだが、今は運搬のために腕に固定(マウント)する。これで両手はフリーになった。
問題は残りの一枚、投擲用の盾だ。
背中には大盾、両肩にはスパイクとL字、両腕にはラウンドシールド。もう装着する場所がない。
いや、一箇所だけ空いている場所があった。
「……ここしかないな」
俺は被っていた安全ヘルメットを脱ぎ、顎ひもを腰のベルトに通してぶら下げた。
そして、空いた自分の頭に、投擲用の円形盾を乗せた。
盾の裏側の革ベルトを顎にかけ、帽子のように被る。
背中には大盾。両肩、両腕にも盾。そして頭にも盾。
鏡を見なくても分かる。完全に不審者だ。あるいは歩く屑鉄屋か。
だが、ヘルメットは買い直せても、この盾は亡くなった冒険者の使っていた物だ(一点物)。置いていくわけにはいかない。
次に、獲物の処理だ。
早く血を抜かないと、肉が臭くなる。ボアの二の舞はごめんだ。
だが、ここで吊るす場所を探すのも手間だ。
「……歩きながら抜けばいいか」
俺はナイフを取り出し、素人丸出しの判断で、倒れているリザードマンの首筋に深々と切り込みを入れた。
ドクドクと血が溢れ出す。
このまま引きずって歩けば、拠点に着く頃にはあらかた抜けているだろう。我ながら効率的なアイデアだと思った。
俺は左右の手でそれぞれ一体ずつ、リザードマンの太い尻尾をガシッと掴んだ。
そして歩き出す。
ズルッ、ズルッ……。
重い死体が石畳を擦り、その背後には、首から流れ出る鮮血が二本の赤い道を作っていく。
それが、どれほど危険な行為か、気づきもしないまま。
ゴン!
右の太ももに、鈍い、しかし強烈な衝撃。
「うおっ!?」
思わず体勢が崩れる。見ると、地面に白くて丸い塊が転がり、ぴょこんと起き上がった。額に角を生やした、あの兎だ。
どうやら、俺が撒き散らした濃厚な血の匂いに興奮し、死角から突っ込んできたらしい。
狙いは俺の太もも――だが、そこには今回導入した『切創防止 太ももガード』があった。
前回はあれで大怪我を負った。
だが今回は、プラスチックのガードに白い傷がついているだけで、俺の足は無傷だ。痛くも痒くもない。
装備のアップデートが、生存率を劇的に変えている。
地面に転がったホーンラビットが起き上がり、こちらを睨む。
距離、およそ3メートル。
頭に盾を被り、両手に血まみれの死体を引きずる奇妙なおっさんを見ても、兎は怯む様子がない。血の匂いに酔っているようだ。
俺は、もはや何の感慨もなく、心の中で静かに挨拶した。
(……こんにちは)
「シャアアアア!」
兎が身を沈めた。
後ろ足に力が溜まり、筋肉が収縮するのが見える。
――来る。跳ぶぞ。
両手は塞がっている。盾は構えられない。
だが、今の俺には「余裕」があった。
俺の脳裏に、先日試してみた「あの動き」が閃いた。
それは、俺が若かった頃――世界中が熱狂したスーパースターに憧れて、必死に練習した無駄な特技。
レベルアップした身体で試したら、全盛期以上に完璧に再現できた、あのステップだ。
兎が地面を蹴る、そのコンマ数秒前。
俺は右足に体重を乗せず、つま先を軸にして、氷の上を滑るように「斜め後ろ」へとスライドさせた。
予備動作ゼロ。重心移動すら伴わない、人間離れした不自然な後退。
――ムーンウォーク。
あまりに滑らかで、生物としての「逃げる気配」を感じさせないその動きに、兎は反応できなかった。
奴は俺がそこに「居る」と誤認したまま、全力で地面を蹴った。
ヒュッ!
風を切る音。
白い弾丸と化した兎が、俺の右足がさっきまであった空間を虚しく通過していく。
狙いを外した兎は、空中で無防備な腹を晒している。
対して俺は、ムーンウォークで右足を大きく後ろに引いたことで、左足を軸にした完璧な「溜め」が完了していた。
「お返しだ」
俺は軸足(左足)で地面を噛み締め、後ろに引いた右足を振り子のように弾き出した。
両手は塞がっているが、下半身はフリーだ。
鉄芯入りの安全靴による、渾身のカウンター・インステップキック。
ドゴォッ!
鈍い音が響き、兎の体がボールのように吹き飛んだ。
ダンジョンの石壁に激突し、ベチャリという嫌な音と共に、赤いシミができる。
哀れなF級モンスターは、ピクリとも動かなくなった。
「……ふぅ」
俺は冷や汗を拭った。
まさか、青春時代に「モテたくて必死に覚えたダンス」が、異世界のサバイバルで役立つとは。人生、何が役に立ち、無駄になるか分からないものだ。
「……」
俺は無言で、壁から剥がれ落ちた兎の足も掴んだ。
これで獲物は三体だ。右手が少し重くなったが、大した差ではない。
拠点へと引き返しながら、俺の頭はすでに、今夜の晩餐のことでいっぱいだった。
背後に続く血の道が、他の魔物を呼ばないことを祈りつつ、俺は足を速めた。
(二日ぶりの、まともな肉だあああ!)
腐って捨てたボア肉でも、毒と格闘した兎肉でもない。
ちゃんとした、美味いと噂の爬虫類の肉(妄想)。
俺の足取りは、頭と両手の重量にもかかわらず、ムーンウォークの余韻でスキップしそうになるほど軽やかだった。
ビクン、と痙攣した尻尾が、やがてだらりと力を失う。
その瞬間、先ほどのスケルトンとは比べ物にならない、温かく、濃密な何かが身体に流れ込んでくるのを感じた。一体目も何かが流れ込むのを感じたが、「死んだな」と分かる程度で、それ以上はもう一体がいたから感じとる余裕がなかった。
この手応え……やはり、あの骨野郎(スケルトン)と同格か、それ以上の相手だったらしい。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
大盾の下にあるリザードマンの上から身を起こし、俺は荒い息を整える。反省だ。多分経験値や魂か何かなのだろうが、二体目を吹き飛ばしたときになかったから、死んだかどうか分かったはずだ。
胸当てを見ると、鉄板に斧の形をした傷が刻まれていた。深さはあるが、貫通はしていない。裏側のゴムマットがしっかりと衝撃を殺してくれたようだ。
あれがなければ、俺の胸は今頃、真っ二つに裂けていただろう。
俺は、自作の不格好な鎧に、心の底から感謝した。バリデーション(実戦検証)、合格だ。
そして、床に転がる二体のリザードマンを見下ろす。
太ももの筋肉、尻尾の付け根。どこを見ても肉付きが良い。
今度こそ、正真正銘の「食える」獲物だ。
さて、ここからがまた一仕事だ。
目の前には、二体のリザードマンの死体。
一体あたり50キロはあるだろうか。レベルアップした今の筋力なら引きずって歩ける重さだが、問題は両手が塞がっていることだ。
俺は地面に転がっている三枚の円形盾(ラウンドシールド)を見下ろした。
汗をぬぐうのに地面に置いた右手用の「斬撃盾」、左手用の「打撃盾」、そして今投げたばかりの「投擲用盾」だ。
これをしまわなければ、死体の尻尾を掴めない。だが、リュックはパンパンだし、そんな大きさじゃない。考えていなかった。アホだ・・・俺。
「……着るか」
俺はまず、右手用と左手用の盾を拾い上げ、それぞれの腕に通した。
本来はグリップを握るスタイルだが、今は運搬のために腕に固定(マウント)する。これで両手はフリーになった。
問題は残りの一枚、投擲用の盾だ。
背中には大盾、両肩にはスパイクとL字、両腕にはラウンドシールド。もう装着する場所がない。
いや、一箇所だけ空いている場所があった。
「……ここしかないな」
俺は被っていた安全ヘルメットを脱ぎ、顎ひもを腰のベルトに通してぶら下げた。
そして、空いた自分の頭に、投擲用の円形盾を乗せた。
盾の裏側の革ベルトを顎にかけ、帽子のように被る。
背中には大盾。両肩、両腕にも盾。そして頭にも盾。
鏡を見なくても分かる。完全に不審者だ。あるいは歩く屑鉄屋か。
だが、ヘルメットは買い直せても、この盾は亡くなった冒険者の使っていた物だ(一点物)。置いていくわけにはいかない。
次に、獲物の処理だ。
早く血を抜かないと、肉が臭くなる。ボアの二の舞はごめんだ。
だが、ここで吊るす場所を探すのも手間だ。
「……歩きながら抜けばいいか」
俺はナイフを取り出し、素人丸出しの判断で、倒れているリザードマンの首筋に深々と切り込みを入れた。
ドクドクと血が溢れ出す。
このまま引きずって歩けば、拠点に着く頃にはあらかた抜けているだろう。我ながら効率的なアイデアだと思った。
俺は左右の手でそれぞれ一体ずつ、リザードマンの太い尻尾をガシッと掴んだ。
そして歩き出す。
ズルッ、ズルッ……。
重い死体が石畳を擦り、その背後には、首から流れ出る鮮血が二本の赤い道を作っていく。
それが、どれほど危険な行為か、気づきもしないまま。
ゴン!
右の太ももに、鈍い、しかし強烈な衝撃。
「うおっ!?」
思わず体勢が崩れる。見ると、地面に白くて丸い塊が転がり、ぴょこんと起き上がった。額に角を生やした、あの兎だ。
どうやら、俺が撒き散らした濃厚な血の匂いに興奮し、死角から突っ込んできたらしい。
狙いは俺の太もも――だが、そこには今回導入した『切創防止 太ももガード』があった。
前回はあれで大怪我を負った。
だが今回は、プラスチックのガードに白い傷がついているだけで、俺の足は無傷だ。痛くも痒くもない。
装備のアップデートが、生存率を劇的に変えている。
地面に転がったホーンラビットが起き上がり、こちらを睨む。
距離、およそ3メートル。
頭に盾を被り、両手に血まみれの死体を引きずる奇妙なおっさんを見ても、兎は怯む様子がない。血の匂いに酔っているようだ。
俺は、もはや何の感慨もなく、心の中で静かに挨拶した。
(……こんにちは)
「シャアアアア!」
兎が身を沈めた。
後ろ足に力が溜まり、筋肉が収縮するのが見える。
――来る。跳ぶぞ。
両手は塞がっている。盾は構えられない。
だが、今の俺には「余裕」があった。
俺の脳裏に、先日試してみた「あの動き」が閃いた。
それは、俺が若かった頃――世界中が熱狂したスーパースターに憧れて、必死に練習した無駄な特技。
レベルアップした身体で試したら、全盛期以上に完璧に再現できた、あのステップだ。
兎が地面を蹴る、そのコンマ数秒前。
俺は右足に体重を乗せず、つま先を軸にして、氷の上を滑るように「斜め後ろ」へとスライドさせた。
予備動作ゼロ。重心移動すら伴わない、人間離れした不自然な後退。
――ムーンウォーク。
あまりに滑らかで、生物としての「逃げる気配」を感じさせないその動きに、兎は反応できなかった。
奴は俺がそこに「居る」と誤認したまま、全力で地面を蹴った。
ヒュッ!
風を切る音。
白い弾丸と化した兎が、俺の右足がさっきまであった空間を虚しく通過していく。
狙いを外した兎は、空中で無防備な腹を晒している。
対して俺は、ムーンウォークで右足を大きく後ろに引いたことで、左足を軸にした完璧な「溜め」が完了していた。
「お返しだ」
俺は軸足(左足)で地面を噛み締め、後ろに引いた右足を振り子のように弾き出した。
両手は塞がっているが、下半身はフリーだ。
鉄芯入りの安全靴による、渾身のカウンター・インステップキック。
ドゴォッ!
鈍い音が響き、兎の体がボールのように吹き飛んだ。
ダンジョンの石壁に激突し、ベチャリという嫌な音と共に、赤いシミができる。
哀れなF級モンスターは、ピクリとも動かなくなった。
「……ふぅ」
俺は冷や汗を拭った。
まさか、青春時代に「モテたくて必死に覚えたダンス」が、異世界のサバイバルで役立つとは。人生、何が役に立ち、無駄になるか分からないものだ。
「……」
俺は無言で、壁から剥がれ落ちた兎の足も掴んだ。
これで獲物は三体だ。右手が少し重くなったが、大した差ではない。
拠点へと引き返しながら、俺の頭はすでに、今夜の晩餐のことでいっぱいだった。
背後に続く血の道が、他の魔物を呼ばないことを祈りつつ、俺は足を速めた。
(二日ぶりの、まともな肉だあああ!)
腐って捨てたボア肉でも、毒と格闘した兎肉でもない。
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