盾の間違った使い方

KeyBow

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第25話 安息の中の蠢動

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 拠点に帰り着いた俺は、両手に握りしめていた獲物を、ドサリと地面に放り出した。
 二体のリザードマンの尻尾、そして右手に一緒に掴んでいたホーンラビットだ。
 重かった。だが、それ以上に疲れたのは、この格好だ。
 俺はまず、左右の腕に巻き付けていた盾を外し、頭に被っていた円形盾を外す。
 さらに、背中の大盾、左肩のスパイク、右腕のL字シールドも、すべて解いて床に置いた。
 全身を締め付けていた20キロ近い装備から解放され、ようやく人心地つく。
 地面には、引きずってきた二体のリザードマンと、ホーンラビット。
 これだけの肉があれば、当分は食うに困らないだろう。
「……さて、やるか」
 俺は獲物を持って、奥の作業エリアへと移動した。
 そこには、無骨な銀色の輝きを放つ、巨大な「棚」が鎮座している。
『業務用スチールラック(耐荷重300kgタイプ)』
 この数日間、俺はただひたすら鎧と戯れていたわけじゃない。
 増えていく工具や資材、脱ぎ捨てた服などが床に散乱しているのを見て、「いくら広いとはいえ、床に物を置きっぱなしにするのは現場管理としてありえない」と痛感したのだ。
 そこで、部材をポイントで購入し、夜な夜な組み立てて導入した、俺の自慢の逸品だ。整理整頓(5S)は安全の基本だからな。
 本来は資材置き場だが、今は最高の「解体ハンガー」として活躍してもらう。
 俺は購入しておいたS字フックとロープを使い、ラックの梁に三体の獲物を逆さ吊りにした。
 さすが耐荷重300キロ。ビクともしない。
 こうして吊るしておけば、解体も血抜きも効率的に行える。
 俺はラックの下に厚手のビニールシートを敷き、ゴム手袋をはめてナイフを構えた。
 まずは手頃なホーンラビットからだ。
 胸から腹にかけてナイフを入れ、内臓を掻き出し、心臓の奥にあるビー玉ほどの魔石を取り出す。これは慣れたものだ。
 次にリザードマンだ。
 俺は、最初に盾を投げつけて頭蓋を粉砕した「一体目」に取り掛かった。
 鱗が硬く、少し手こずったが、なんとか腹を割いて内臓を処理し、スケルトンのものより一回り大きい魔石を摘出した。
 順調だ。
 そう思った、まさにその時だった。
 ギュルルル……
 腹の底から、抗いがたい便意がこみ上げてきた。
「うおっ、まじか」
 迂闊だった。
 戦闘の緊張と、その後の高揚感ですっかり忘れていたが、朝に食べた「大量の芋と豆(食物繊維)」が、ここに来て猛烈に仕事を始めたらしい。
 生理現象は待ってくれない。しかも、ここはダンジョンだ。我慢して集中力が切れれば事故の元になる。
 俺は作業を中断し、手を拭うのもそこそこに、拠点の隅に設けた簡易トイレがあるテントへ駆け込んだ。

 ・
 ・
 ・
 
「……ふぅ」
 用を足し、スッキリして戻ってきた俺は、残りの作業を再開することにした。
 といっても、主な解体はあらかた終わったつもりでいた。
 あとは血が抜けるのを待つだけだ。
 ポタ、ポタ……と、ラックから吊るされた獲物から血が滴り落ちている。
 俺は、この待ち時間を利用して、返り血で汚れた服や道具を洗うことにした。
 作業着の上着を脱ぎ、バケツの水ですすぐ。水がすぐに真っ赤に染まる。
 解体に使ったナイフや、血を洗い落とすために持ってきていた「円形盾(投げ用)」を洗っておこう。
 その、洗い作業が終わりかけた、まさにその時だった。
 ピクっと。
 視界の隅で、ラックに吊るされた死体の一つが、微かに動いたような気がした。
「……ん?」
 気のせいか?
 死後硬直か何かだろう。あるいは、筋肉の収縮か。
 俺は再び手元のバケツに目を戻そうとした。
 だが。
 ガサッ、ギシッ。
 今度は、スチールラックが軋む音と共に、もっとはっきりとそれが動いた。
 俺は顔を上げ、凝視した。
 動いているのは、三体目――最後にボディプレスで胸を圧し潰した、「二体目のリザードマン」。
 その足が、ぶらぶらと不自然に揺れている。
「えっ……?」
 間違いなく、殺したはずだ。心臓も、肺も、質量で完全に潰した。即死だった。
 なぜ?
 そこで、俺はハッとした。
 便意に急かされ、作業を中断した時のことだ。
 ホーンラビットと、頭を砕いた一体目の処理(魔石摘出)は終えた。
 だが、この二体目は……?
「……まさか」
 そうだ。
 こいつだけは吊るしたままで、まだ「魔石も、内臓も、入ったまま」だ。
 その瞬間。
 逆さ吊りになったリザードマンの目が、カッ、と見開かれた。
 その瞳に、知性の光はない。
 あるのは、ただ、飢えと憎悪に満ちた、濁った光だけ。
 ゾンビ化(アンデッド化)。
 魔石が核となり、残留した魔力が死体を無理やり動かしているのだ。ダンジョンの死体がスケルトンになる過程を、俺は今、目の当たりにしている。
「シャ……ア……!」
 ゾンビ・リザードマンは、喉から空気が漏れるようなうめき声を上げながら、自身を吊るしていたロープを、その怪力で引きちぎった。
 ドサリ!
 腐りかけた肉塊が床に落ちる。
 まずい!
 ここは安全地帯(セーフエリア)。俺は鎧などの装備を全て外してしまっている!
 今の俺は、丸腰の作業着姿だ。
 ゾンビがゆっくりと起き上がる。その濁った視線が、俺を捉えた。
 明確な殺意。
 俺は反射的に、スチールラックの横に立てかけてあった「鉄の棒」に飛びついた。
 戦利品として持ち帰り、使い道がないからと放置していた、あの「錆びたロングソード」だ。
 そして、たった今洗っている最中の「投げ用の円形盾」を掴む。
 カチャリ。
 錆びついて刃こぼれだらけの剣と、水で濡れた盾。
 今の俺を守るものは、この心許ない武装と、薄っぺらい作業着だけだ。
「シャアアアアッ!!」
 ゾンビ・リザードマンは、よろめきながらも、生前以上の狂気を孕んだ動きで、俺に向かって襲いかかってきた。
 最も安心できるはずの場所が、一転して、逃げ場のない死地(ケージ)と化した。
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