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第38話 台所のコンビと「昭和」のロートル
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拠点は今、さながら戦場の野戦病院と、家庭の台所が混在したような奇妙な活気に満ちていた。
スチールラックに吊るされた巨大な猪(ブルータルボア)の死体。床に並べられた解体道具。そしてその傍らで、俺たちの初めての「共同作業」による夕食の準備が進められていた。
「あの……佐東さん。何か、手伝わせてください」
即席の衛生装備を整え、新しいワークウェアに着替えた雫ちゃんが、おずおずと声をかけてきた。
最初は「今日はお客様だ」と言ったが、難関大学を目指して必死に机に向かっていたような彼女だ。何もせず守られているだけの状態は、居心地が悪いに違いない。
俺は血だらけのボアの解体から一度手を止め、彼女に向き直った。
「……そうか。分かった。じゃあ、あまり服が汚れない範囲で手伝ってもらおうかな」
俺は作業台の端を指差した。
「そこの豆と芋を洗って、皮を剥いてくれるか。種芋だから皮はかなり厚く、削り取るように剥いてくれ。……あと、雫ちゃん。俺のやり方を見て『こっちの方が効率がいい』と思ったら、遠慮なく言ってくれ。俺は一ヶ月、独学の力押しでやってきただけだからな。改善点はどんどん取り入れたいんだ」
「……はい! 分かりました!」
雫ちゃんは、パッと表情を明るくして作業を始めた。
その手際は驚くほど良かった。豆をザルで手早く洗い、サバイバルナイフを器用に使いこなして、無骨な芋の皮を淀みなく剥いていく。
「……かなりの手際だ。助かるよ」
「ふふ、実は父がレストランのシェフなんです。だから、お料理の手伝いは昔からやっていて……。あ、佐東さん、そのお肉のアルコール揉みですけど」
雫ちゃんが、俺の手元をじっと観察して口を開いた。
「袋の角を少しだけ切って、そこから空気を抜きながら揉めば、もっと奥までアルコールが浸透して、血抜きが早くなると思います。お父さんがジビエの下処理でそうしていました」
「……なるほど。よし、採用だ」
俺はさっそく試してみる。確かに、ただ揉むより圧力がかかって効率がいい。品証マンとして、こういう現場の知恵に基づいた「工程改善」は、雫ちゃんが単なる「守られる側」ではないことを証明しているようで、見ていて頼もしかった。
一ヶ月間、ただ「死なないために」口に押し込んでいた作業としての食事が、彼女の手によって「料理」へと変わっていく。拠点の冷たい空気に、1,000ポイントもした超高級調味料セットの香ばしい匂いが立ち込めた。
「よし、完成です! 佐東さん、食べましょう!」
テーブルに並んだのは、照りがつき、程よく焼かれた肉と、透き通ったスープ。
その見事な出来栄えに、俺はつい昭和生まれの「親父ワード」を口走ってしまった。
「すごい手際だね。これだけできれば、いいお嫁さんに・・・あっ」
「・・・」
雫ちゃんが、削り出した竹の箸を止めて、きょとんとした顔で俺を見る。そして、くすりと笑った。
「佐東さん。それ、思いっきり昭和の考え方ですよ?」
「はい。面目ない。昭和のロートル(老兵)です」
俺が項垂れると、彼女は楽しそうに声をあげて笑った。
俺たちの間に、初めて本物の「笑い」が生まれた瞬間だった。
スチールラックに吊るされた巨大な猪(ブルータルボア)の死体。床に並べられた解体道具。そしてその傍らで、俺たちの初めての「共同作業」による夕食の準備が進められていた。
「あの……佐東さん。何か、手伝わせてください」
即席の衛生装備を整え、新しいワークウェアに着替えた雫ちゃんが、おずおずと声をかけてきた。
最初は「今日はお客様だ」と言ったが、難関大学を目指して必死に机に向かっていたような彼女だ。何もせず守られているだけの状態は、居心地が悪いに違いない。
俺は血だらけのボアの解体から一度手を止め、彼女に向き直った。
「……そうか。分かった。じゃあ、あまり服が汚れない範囲で手伝ってもらおうかな」
俺は作業台の端を指差した。
「そこの豆と芋を洗って、皮を剥いてくれるか。種芋だから皮はかなり厚く、削り取るように剥いてくれ。……あと、雫ちゃん。俺のやり方を見て『こっちの方が効率がいい』と思ったら、遠慮なく言ってくれ。俺は一ヶ月、独学の力押しでやってきただけだからな。改善点はどんどん取り入れたいんだ」
「……はい! 分かりました!」
雫ちゃんは、パッと表情を明るくして作業を始めた。
その手際は驚くほど良かった。豆をザルで手早く洗い、サバイバルナイフを器用に使いこなして、無骨な芋の皮を淀みなく剥いていく。
「……かなりの手際だ。助かるよ」
「ふふ、実は父がレストランのシェフなんです。だから、お料理の手伝いは昔からやっていて……。あ、佐東さん、そのお肉のアルコール揉みですけど」
雫ちゃんが、俺の手元をじっと観察して口を開いた。
「袋の角を少しだけ切って、そこから空気を抜きながら揉めば、もっと奥までアルコールが浸透して、血抜きが早くなると思います。お父さんがジビエの下処理でそうしていました」
「……なるほど。よし、採用だ」
俺はさっそく試してみる。確かに、ただ揉むより圧力がかかって効率がいい。品証マンとして、こういう現場の知恵に基づいた「工程改善」は、雫ちゃんが単なる「守られる側」ではないことを証明しているようで、見ていて頼もしかった。
一ヶ月間、ただ「死なないために」口に押し込んでいた作業としての食事が、彼女の手によって「料理」へと変わっていく。拠点の冷たい空気に、1,000ポイントもした超高級調味料セットの香ばしい匂いが立ち込めた。
「よし、完成です! 佐東さん、食べましょう!」
テーブルに並んだのは、照りがつき、程よく焼かれた肉と、透き通ったスープ。
その見事な出来栄えに、俺はつい昭和生まれの「親父ワード」を口走ってしまった。
「すごい手際だね。これだけできれば、いいお嫁さんに・・・あっ」
「・・・」
雫ちゃんが、削り出した竹の箸を止めて、きょとんとした顔で俺を見る。そして、くすりと笑った。
「佐東さん。それ、思いっきり昭和の考え方ですよ?」
「はい。面目ない。昭和のロートル(老兵)です」
俺が項垂れると、彼女は楽しそうに声をあげて笑った。
俺たちの間に、初めて本物の「笑い」が生まれた瞬間だった。
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