盾の間違った使い方

KeyBow

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第51話 養生材のベッドと震える背中

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 一食一万円相当の五目ご飯で、俺たちの心と腹は満たされた。
 食後の片付けを終え、いよいよ就寝の時間だ。
 俺たちは安全のため、そして彼女の強い希望もあり、今夜も同じテントで寝ることになっていた。
 いちいちアイテムボックスからベッドを出し入れするのは場所を取るし面倒だ。俺は雫ちゃん用に用意したテントの床に、二人分の「布団」を並べて敷いた。
 それは、引越し業者がタンスなどを運ぶ際に使う、青くて分厚いキルティングマット――「梱包や養生用の当て布団(あてぶとん)」だ。
 掛け布団代わりに出したのは、家具や資材を保護する「養生用毛布」。
 さらに、枕元に置いたのは、新品の「メリヤスウエス(工業用拭き取り布)」の束だ。
 どれもこれも、工事現場や倉庫で見かける「資材」ばかり。
 この「現場仕様」の寝具一式を彼女にあてがった初日。
 年頃の女の子を寝かせるには、あまりに無骨すぎるその光景を前に、俺は思わず頭を下げたものだ。
「すまないな。本当は、ふかふかの布団や、肌触りのいいタオルを買ってやりたかったんだが……」
 あの日、俺は敷き詰めた青いマットを撫でながら、言い訳がましく彼女に説明した。
 だが、あの時の雫ちゃんは嫌な顔ひとつせず、青いマットの上で小さく跳ねて見せたのだ。
『ふふっ、大丈夫ですよ佐東さん。それに、なんだか頼もしいです。“家具を傷つけないための布団”なら、私たちのことも、壊れないようにしっかり守ってくれそうですから』
 その健気な解釈に、俺は少し救われた気分になったのを覚えている。
 ――だが。
 そんなやり取りを経て、彼女用にこの寝具一式を用意したものの、実のところ彼女がそれを使った時間は、今日まで累計しても二時間あるかないかだろう。
 結局、毎晩のように悪夢にうなされ、俺の布団へと逃げ込んでくるからだ。
 そして、今夜。彼女は別の布団でと俺の要望に渋ったが、同じテントで寝てくれるならとの要望に首を縦に振るしかなかった。
 俺たちは、「家具を守る布団」をテントの中に二つ並べ、それぞれ自分の寝床に入った。
「……佐東さん。あの、同じテントで寝るの、嫌じゃないですか?」
「嫌なわけないだろ。……何かあったらすぐ動けるしな。ゆっくり寝ていいぞ」
「はい……ありがとうございます。おやすみなさい」
 彼女は少し安心したように微笑み、自分の養生毛布を頭まで被った。
 俺もランタンの明かりを落とし、横になる。
(……よし、今日は大丈夫そうだな)
 俺は闇の中で、隣の青い布団を見やった。
 過去二日間、ほとんど主が不在だったあの布団も、今日こそはようやく一晩、寝具としての仕事を全うできる時が来たようだ。
 俺はそう安堵し、目を閉じた。
 ――だが、その考えは甘かった。
 「家具を守る布団」でも、彼女の心の傷までは守りきれなかったのだ。
 暗闇が訪れ、静寂が支配した途端。
 昼間は気丈に振る舞っていた彼女の心を、遅れてやってきた恐怖が蝕み始めた。
「…………うぅ……っ」
 静寂を破る、押し殺したような嗚咽。
 俺はガサリと毛布を跳ね除け、隣を見た。
 彼女は自分の青い当て布団の上で、膝を抱えて小さく震えていた。
「……雫ちゃん?」
「……ごめんなさい……目をつぶると、思い出すんです……」
 彼女の声が震えている。
 あのゴブリン・ジェネラルの殺気。振り下ろされる斧。死を覚悟したの記憶。
 彼女は、ほとんど仕事をしていない自分の布団から這い出し、俺の方へと身を寄せてきた。
「……佐東さん。……やっぱり、一緒に寝てください」
「……っ!?」
 俺は息を呑んだ。
 この当て布団は、幅90センチ程度の細長いものだ。そこで二人は、あまりに密着しすぎる。
 だが、今の彼女を拒絶することなどできるはずがない。
「……いいよ。こっちにおいで」
 俺は観念して身体をずらし、スペースを空けた。
 雫ちゃんが滑り込んでくる。触れた手足は氷のように冷たい。湯あみ上がりの石鹸の香りが鼻をくすぐるが、そこに色気を感じる余裕すらないほど、彼女は追い詰められていた。
「……佐東さん。……ぎゅっとして、ください」
「……え?」
「お願いします……。背中だけじゃ、怖いんです……。包まれてないと、斧が……降ってくる気がして……」
 切実な懇願。そこに甘い雰囲気など微塵もない。ただ、生存本能が「絶対的な壁」を求めている。
 俺は覚悟を決め、彼女の背中に腕を回し、その小さな身体を抱き寄せた。
「……っ」
 俺の腕の中にすっぽりと収まる彼女。
 俺の体温が伝わったのか、彼女の震えが少しずつ収まっていく。
「……あったかい……」
「……もう大丈夫だ。俺が守ってやる」
「……はい。……おやすみなさい、佐東さん……」
 彼女は俺の胸に顔を埋め、ようやく安らかな寝息を立て始めた。
 俺は、自分自身の理性と戦いながら、この「守るべき女性」を壊さないよう、朝までじっとしているしかなかった。
 いや、今日の彼女の精神状態を思えば、理性を保つ葛藤すら必要なかったかもしれない。ただ、守らなければという想いだけが、青い養生布団の上にあった。
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