盾の間違った使い方

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第60話 勝鬨と遅れて来た代償

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 勝利の余韻に浸り俺は日和っていた。
「(……醤油はある。砂糖もある。……今夜は、すき焼きだ……!!)」
 こうして、ボス部屋手前での激闘は、高らかな勝鬨と、おっさんのあくなき食欲と共に幕を閉じた。
 ――はずだった。
「……ん?」
 勝利の味(すき焼き)を想像して、つい口の端からツツーと垂れたよだれ。
 俺はそれを拭おうと、手の甲を口元にやった。
 ぬるり。
 奇妙な感触。
 何気なく拭ったその手を見て、俺は動きを止めた。
「……あ、かい……?」
 手の甲が、べっとりと鮮血で染まっていた。
 よだれじゃない。
 喉の奥から、鉄錆のような味がせり上がってくる。
「ご、ふっ……!?」
 咳き込んだ瞬間、口からドス黒い塊が噴き出した。
 吐血。
 鮮血が石床にぶちまけられる。
「……あ、れ……?」
 視界が急速に霞む。
 立っていられない。膝から力が抜け、俺はその場に崩れ落ちた。
 激痛が遅れてやって来た。
 そうだ。俺は無敵じゃない。
 ミノタウロスの戦斧を何度も盾で受け止めた。壁に吹き飛ばされ、激突したりした・・・
 いくら頑丈な盾で防いでも、運動エネルギーは消滅しない。衝撃は俺の腕を伝い、身体を揺さぶり、内臓や毛細血管を確実に破壊していたのだ。
 アドレナリンで麻痺していた「代償」が、今、一気に返済を求めてきた。
「佐東さんッ!?」
 背後から駆け寄ってきた雫の悲鳴が聞こえた。
 彼女は俺の口元の血と、地面の惨状を見て、顔色を蒼白にした。
「血が……! 嘘、嫌だ、しっかりしてください!」
「……悪ぃ……ちょっと、張り切りすぎた……」
「喋らないでください!」
 彼女は杖を放り出し、俺の胸に両手をかざした。
 その瞳は必死で、涙が溢れそうになっている。
 だが、彼女はパニックで泣き叫ぶだけの子供ではなかった。
 彼女は深く息を吸い、震える声で、しかしはっきりと言葉を紡いだ。
 初級魔法のような省略詠唱ではない。
 より強く、より深い干渉力を求める、中級魔法の正式な詠唱。
「――慈愛の光よ、生命(いのち)の源よ。傷つきし肉体を修復し、苦痛を取り除きたまえ」
 彼女の手のひらが、温かい光に包まれる。
「ミドルヒール!!」
 フワァァァァッ……。
 柔らかな光が俺の身体に吸い込まれていく。
 焼けるようだった胸の痛みが、スーッと引いていくのが分かった。
 壊れた組織が繋がり、内出血が消えていく感覚。
 初級の『ヒール』とは段違いの回復量だ。
「……ふぅ……」
 呼吸が楽になる。
 俺は大きく息を吐き、乱れた呼吸を整えた。
 顔を上げると、目の前で雫が涙をポロポロとこぼしながら、へたり込んでいた。
「……死んじゃうかと、思いました……」
「ごめん。心配かけたな」
 俺は彼女の頭をポンと撫でた。
 彼女がいなければ、勝てたとしても、俺はこのまま内臓破裂で死んでいたかもしれない。
 本当に、彼女は俺の命綱だ。
「ありがとう。君のおかげで助かった」
「……うぅ……ぐずっ……」
 彼女はしばらくの間、俺の袖を掴んで泣いていた。
 俺はその背中をさすりながら、改めて「生きて帰る」ことの重さを噛み締めていた。
 やがて、涙を拭った彼女が落ち着きを取り戻すと、俺はようやく本来の目的に意識を戻すことができた。
 内臓が治れば、また腹が減る。
 俺はふらつく足で立ち上がり、ニヤリと笑った。
「さて、心配かけたお詫びも兼ねて、今日はとびきりのご馳走にするぞ」
「……ご馳走、ですか? 今、血を吐いたばかりなのに……」
「ああ。血を吐いたからこそ、血肉って言っても血は抜かなきゃだけどさ、たんまり肉を食って血を補給しなきゃな」
 俺は足元に転がるミノタウロスを指差した。
「今夜は、すき焼きだ」
 俺の言葉に、雫は目を丸くし、それから呆れたように、でも嬉しそうに涙目のまま吹き出した。
「ふふっ……もう。佐東さんは、本当に食いしん坊なんですから」
 こうして、死線を越えた俺たちは、確かな絆と空腹を抱えて、拠点への帰路につくのだった。
          
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