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第64話 すき焼きと最高の褒め言葉
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ミノタウロスとブルータルボア。二体の巨体が吊るされた拠点は、さながら屠殺場だった。
だが、すぐに祝宴、とはいかない。
これらの巨大な肉塊から完全に血が抜けるまでには、このまま吊るしておいても、丸一日以上はかかるだろう。
「…まあ、こいつらは明日以降の保存食だな」
俺はスチールラックから滴り落ちる血を眺めながら、長期戦を覚悟した。
「あの、佐東さん…」
隣で、雫が残念そうに、ミノタウロスの見事な霜降り肉を見つめている。
「今日の焼肉パーティーは…?」
その、しょんぼりとした顔を見て、俺の心に火がついた。
馬鹿野郎。何のためにあんな化け物と戦ったんだ。今日、今、この勝利を祝うためじゃないか!
「…いや、やるぞ。今夜だ」
「え?」
「時間はかかるがな。今日の分だけ、強制的に血抜きする」
俺はミノタウロスの死体から、最高級のロース肉を分厚く切り出した。
そして大きなタライに100Lの袋をセットし、ミノタウロスの肉塊を入れる。次にワイトリカーをボトル一本丸ごと、惜しげもなく注ぎ込んだ。
「佐東さん、そんなに!?」
「いいから、見てろ」
そこからが地道で、過酷な作業だった。
俺はアルコールに浸けた肉を揉んだ。ひたすら揉み続けた。肉の繊維の奥深くまで染み込んだ血を、アルコールの力で無理やり外に絞り出すためだ。
赤く濁ったアルコールを一度捨て、新しい酒を注いでまた揉む。
それを何度も、何度も繰り返す。手間がかなりかかる。
その間、雫には野菜の世話と収穫をお願いした。プランターで育った瑞々しい小松菜と豆苗が、今夜の食卓を彩ってくれるだろう。
一時間ほど経っただろうか。
腕が悲鳴を上げ始めた頃、アルコールがほとんど赤く染まらなくなった。肉は少し白っぽくなってしまったが、これで血は抜けたはずだ。
俺は汗だくのまま、ようやく手に入れた「今夜の肉」を手に、満足げに頷いた。
そして今日の主役。
俺は、再びショッピング画面を開き、「防災用品」カテゴリにある、法外な値段の『割り下』と追加の『調味料セット』を、躊躇なくポチった。
「今日この日のために、ポイントは稼いできたんだからな」
雫は、俺が手間暇をかけて血抜きをする姿を、ただ黙って見つめていた。
そして俺が1万円の調味料をあっさりと購入するのを見て、興奮冷めやらぬ様子で、今日の俺の戦いぶりを熱心に語り始めた。
「本当に格好良かったです!最後の、壁を駆け上がってからの攻撃なんて、映画みたいでした!」
「そうか?」
「はい!私のお父さんも、きっとビックリします!」
父親の話をしたのには少しだけ複雑な気分だが、彼女が素直に褒めてくれているのが伝わってきて、悪い気はしなかった。
やがて、カマドの上のフライパンから、割り下の甘辛い匂いが立ち上る。
薄切りにした極上の牛肉を、さっと煮る。
「さあ、食おうか」
俺がそう言うと、雫は「はい!」と元気よく返事をした。
そして、熱々の肉を一切れつまむと、ふーふーと冷まし、あろうことか、その箸を俺の口元へと差し出してきた。
「え?」
「あ、あーん、です…?」
「あーん」って。
俺は一瞬・・・・固まった。
だが彼女の瞳は、尊敬する父親に向けるような、あまりにも純粋で、まっすぐなものだった。
ここで断るのは、野暮というものだろう。
俺は意を決して、その肉を口に含み、あーんされた。
「……………っ!!!」
うまい。
なんだこれは。
肉は口の中でとろけるように柔らかく、甘辛いタレと極上の脂の旨味が、脳天を突き抜ける。
卵がないことが人生でこれほど悔やまれることはなかった。
だが、それでも、このすき焼きは、俺がこの世界に来てから食べたものの中で、間違いなく一番美味かった。
俺の反応を見て雫は、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
その笑顔が、最高の調味料となって、肉の味を、さらに何倍にも美味くしてくれていた。
俺たちのささやかで、そして最高に贅沢な祝勝会が、温かい湯気と共にいつまでも続いていく。
だが、すぐに祝宴、とはいかない。
これらの巨大な肉塊から完全に血が抜けるまでには、このまま吊るしておいても、丸一日以上はかかるだろう。
「…まあ、こいつらは明日以降の保存食だな」
俺はスチールラックから滴り落ちる血を眺めながら、長期戦を覚悟した。
「あの、佐東さん…」
隣で、雫が残念そうに、ミノタウロスの見事な霜降り肉を見つめている。
「今日の焼肉パーティーは…?」
その、しょんぼりとした顔を見て、俺の心に火がついた。
馬鹿野郎。何のためにあんな化け物と戦ったんだ。今日、今、この勝利を祝うためじゃないか!
「…いや、やるぞ。今夜だ」
「え?」
「時間はかかるがな。今日の分だけ、強制的に血抜きする」
俺はミノタウロスの死体から、最高級のロース肉を分厚く切り出した。
そして大きなタライに100Lの袋をセットし、ミノタウロスの肉塊を入れる。次にワイトリカーをボトル一本丸ごと、惜しげもなく注ぎ込んだ。
「佐東さん、そんなに!?」
「いいから、見てろ」
そこからが地道で、過酷な作業だった。
俺はアルコールに浸けた肉を揉んだ。ひたすら揉み続けた。肉の繊維の奥深くまで染み込んだ血を、アルコールの力で無理やり外に絞り出すためだ。
赤く濁ったアルコールを一度捨て、新しい酒を注いでまた揉む。
それを何度も、何度も繰り返す。手間がかなりかかる。
その間、雫には野菜の世話と収穫をお願いした。プランターで育った瑞々しい小松菜と豆苗が、今夜の食卓を彩ってくれるだろう。
一時間ほど経っただろうか。
腕が悲鳴を上げ始めた頃、アルコールがほとんど赤く染まらなくなった。肉は少し白っぽくなってしまったが、これで血は抜けたはずだ。
俺は汗だくのまま、ようやく手に入れた「今夜の肉」を手に、満足げに頷いた。
そして今日の主役。
俺は、再びショッピング画面を開き、「防災用品」カテゴリにある、法外な値段の『割り下』と追加の『調味料セット』を、躊躇なくポチった。
「今日この日のために、ポイントは稼いできたんだからな」
雫は、俺が手間暇をかけて血抜きをする姿を、ただ黙って見つめていた。
そして俺が1万円の調味料をあっさりと購入するのを見て、興奮冷めやらぬ様子で、今日の俺の戦いぶりを熱心に語り始めた。
「本当に格好良かったです!最後の、壁を駆け上がってからの攻撃なんて、映画みたいでした!」
「そうか?」
「はい!私のお父さんも、きっとビックリします!」
父親の話をしたのには少しだけ複雑な気分だが、彼女が素直に褒めてくれているのが伝わってきて、悪い気はしなかった。
やがて、カマドの上のフライパンから、割り下の甘辛い匂いが立ち上る。
薄切りにした極上の牛肉を、さっと煮る。
「さあ、食おうか」
俺がそう言うと、雫は「はい!」と元気よく返事をした。
そして、熱々の肉を一切れつまむと、ふーふーと冷まし、あろうことか、その箸を俺の口元へと差し出してきた。
「え?」
「あ、あーん、です…?」
「あーん」って。
俺は一瞬・・・・固まった。
だが彼女の瞳は、尊敬する父親に向けるような、あまりにも純粋で、まっすぐなものだった。
ここで断るのは、野暮というものだろう。
俺は意を決して、その肉を口に含み、あーんされた。
「……………っ!!!」
うまい。
なんだこれは。
肉は口の中でとろけるように柔らかく、甘辛いタレと極上の脂の旨味が、脳天を突き抜ける。
卵がないことが人生でこれほど悔やまれることはなかった。
だが、それでも、このすき焼きは、俺がこの世界に来てから食べたものの中で、間違いなく一番美味かった。
俺の反応を見て雫は、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
その笑顔が、最高の調味料となって、肉の味を、さらに何倍にも美味くしてくれていた。
俺たちのささやかで、そして最高に贅沢な祝勝会が、温かい湯気と共にいつまでも続いていく。
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