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第75話 連行
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エレオノールとリーラたち一行は騎馬で進み、俺たち三人はその周りを徒歩で歩く。
あくまで「連行」であり、俺たちの立場は捕虜に近い。
だが、先ほどの治療の一件があったせいか、周囲の兵士たちの視線には、不審者を見る目ではなく得体の知れない高貴な存在を見るような、畏れが含まれていた。
衛兵の詰所での形式的な手続きを終えた後、俺たちが案内されたのは、街で一番高級だという宿の最上階だった。
通されたのはスイートルーム。
豪奢な調度品にふかふかの絨毯。だが、窓の外には見張りの兵士が配置されているのが見えた。
ここは高級な宿であると同時に、逃げ場のない「檻」でもあった。
「部外者は全て下がらせました」
部屋に入り、扉に鍵をかけたエレオノールが、俺たちに向き直った。
彼女は俺の正面に立つと、深く頭を下げた。
「改めて。私は王国の聖騎士、エレオノール・ヴァン・ガードナー。聖騎士としての権限により、あなた方の身柄を一時的にお預かりします。それにより、先ほどのような不快な事態は防げると思います」
その声音は事務的だが、どこか重苦しい。
「単刀直入に申し上げます。上層部は、あなた方の『力』と『未知の知識』を欲しています。特に、英雄アルツハイムの名を騙る魔術師と、不可解な戦闘力を持つあなたを」
「だろうな。で、断ったら?」
「国家反逆罪で処刑、あるいは幽閉かと」
彼女は言葉を濁したが、言わなくても分かる。
要するに、「飼い殺し」か「逃亡」か選べということだ。
重苦しい空気が流れる。
だが、エレオノールはふと、鼻をひくつかせると、言いにくそうに口を開いた。
「とりあえず……その、まずは、湯浴み(ゆあみ)をされてはいかがでしょうか」
「……え?」
「この宿には、貴族の方々も使用される、温かい湯を張った大浴場がございます。大変評判が良いようですので。……その」
彼女はそこで言葉を濁し、俺たちから視線を逸らした。
俺は自分の作業着の袖を嗅いでみた。
「……っ」
強烈な獣の臭いと、汗と、血と泥の入り混じった、発酵したような悪臭が鼻を突いた。
そういえば、ダンジョンに落ちてから約二ヶ月。
異世界ショッピングで買った『キャンプ用シャワー』で、たまに身体を流してはいたが、一度もまともに湯船には入っていなかった。風呂なんてなかったからな。
「……だよな。二ヶ月入ってなかったからな」
「うむ。わしも骨の髄まで洗いたいのう」
「お風呂……! 入りたいです!」
俺があっさりと肯定すると、エレオノールの瞳が一瞬、探るような光を帯びた。
この世界で「入浴」は特権階級の文化だ。それを当然のように受け入れたことで、俺たちへの「高貴な身分」という誤解が深まった気がする。
「詳しい話はお疲れもあるでしょうから、また明日にしましょう」
彼女は一礼し、部屋を出て行こうとした。
だが、ドアノブに手をかけたところで、何かを思い詰めたように足を止めた。
そして、振り返らずに、ポツリと問うた。
「……失礼ですが、一つだけ」
「ん?」
「お三方は……ひょっとして『異界』から来られた方……ではありませんか?」
その問いに、まず反応したのは爺さんだった。
「なんじゃ、わしは違うぞ! この街の出身じゃ! 生粋のアークライトっ子じゃわい!」
爺さんが心外だとばかりに声を上げる。
だが、俺はつい、いつもの調子で答えてしまった。
「……ああ、やっぱこの服じゃバレるよな」
俺が苦笑しながら自分の薄汚れた作業着を摘むと、エレオノールの背中が、ビクリと大きく震えた。
「……っ」
「おい、どうした?」
「……いえ、失礼いたしました。今夜はゆっくりとお休みください」
彼女は振り返ることなく、逃げるように部屋を出ていった。
バタン、と扉が閉まる。
「……なんじゃ今の騎士嬢ちゃんは。最後、随分と声が硬かったが」
「佐東さん、なんだか嫌な予感がします……」
雫が不安そうに俺の袖を掴む。
俺も同感だ。
俺が「異界人」だと認めた瞬間、彼女の中で何かのスイッチが入ったような……そんな気配がした。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
「異界の渡り人」が、この国においてどれほど重要な意味を持つのかを。
そして、その「超重要人物」を繋ぎ止めるために、彼女がどれほどの「覚悟」を決めてしまったのかを。
俺たちの、地上での最初の夜は、波乱の予感を孕んで更けていった。
あくまで「連行」であり、俺たちの立場は捕虜に近い。
だが、先ほどの治療の一件があったせいか、周囲の兵士たちの視線には、不審者を見る目ではなく得体の知れない高貴な存在を見るような、畏れが含まれていた。
衛兵の詰所での形式的な手続きを終えた後、俺たちが案内されたのは、街で一番高級だという宿の最上階だった。
通されたのはスイートルーム。
豪奢な調度品にふかふかの絨毯。だが、窓の外には見張りの兵士が配置されているのが見えた。
ここは高級な宿であると同時に、逃げ場のない「檻」でもあった。
「部外者は全て下がらせました」
部屋に入り、扉に鍵をかけたエレオノールが、俺たちに向き直った。
彼女は俺の正面に立つと、深く頭を下げた。
「改めて。私は王国の聖騎士、エレオノール・ヴァン・ガードナー。聖騎士としての権限により、あなた方の身柄を一時的にお預かりします。それにより、先ほどのような不快な事態は防げると思います」
その声音は事務的だが、どこか重苦しい。
「単刀直入に申し上げます。上層部は、あなた方の『力』と『未知の知識』を欲しています。特に、英雄アルツハイムの名を騙る魔術師と、不可解な戦闘力を持つあなたを」
「だろうな。で、断ったら?」
「国家反逆罪で処刑、あるいは幽閉かと」
彼女は言葉を濁したが、言わなくても分かる。
要するに、「飼い殺し」か「逃亡」か選べということだ。
重苦しい空気が流れる。
だが、エレオノールはふと、鼻をひくつかせると、言いにくそうに口を開いた。
「とりあえず……その、まずは、湯浴み(ゆあみ)をされてはいかがでしょうか」
「……え?」
「この宿には、貴族の方々も使用される、温かい湯を張った大浴場がございます。大変評判が良いようですので。……その」
彼女はそこで言葉を濁し、俺たちから視線を逸らした。
俺は自分の作業着の袖を嗅いでみた。
「……っ」
強烈な獣の臭いと、汗と、血と泥の入り混じった、発酵したような悪臭が鼻を突いた。
そういえば、ダンジョンに落ちてから約二ヶ月。
異世界ショッピングで買った『キャンプ用シャワー』で、たまに身体を流してはいたが、一度もまともに湯船には入っていなかった。風呂なんてなかったからな。
「……だよな。二ヶ月入ってなかったからな」
「うむ。わしも骨の髄まで洗いたいのう」
「お風呂……! 入りたいです!」
俺があっさりと肯定すると、エレオノールの瞳が一瞬、探るような光を帯びた。
この世界で「入浴」は特権階級の文化だ。それを当然のように受け入れたことで、俺たちへの「高貴な身分」という誤解が深まった気がする。
「詳しい話はお疲れもあるでしょうから、また明日にしましょう」
彼女は一礼し、部屋を出て行こうとした。
だが、ドアノブに手をかけたところで、何かを思い詰めたように足を止めた。
そして、振り返らずに、ポツリと問うた。
「……失礼ですが、一つだけ」
「ん?」
「お三方は……ひょっとして『異界』から来られた方……ではありませんか?」
その問いに、まず反応したのは爺さんだった。
「なんじゃ、わしは違うぞ! この街の出身じゃ! 生粋のアークライトっ子じゃわい!」
爺さんが心外だとばかりに声を上げる。
だが、俺はつい、いつもの調子で答えてしまった。
「……ああ、やっぱこの服じゃバレるよな」
俺が苦笑しながら自分の薄汚れた作業着を摘むと、エレオノールの背中が、ビクリと大きく震えた。
「……っ」
「おい、どうした?」
「……いえ、失礼いたしました。今夜はゆっくりとお休みください」
彼女は振り返ることなく、逃げるように部屋を出ていった。
バタン、と扉が閉まる。
「……なんじゃ今の騎士嬢ちゃんは。最後、随分と声が硬かったが」
「佐東さん、なんだか嫌な予感がします……」
雫が不安そうに俺の袖を掴む。
俺も同感だ。
俺が「異界人」だと認めた瞬間、彼女の中で何かのスイッチが入ったような……そんな気配がした。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
「異界の渡り人」が、この国においてどれほど重要な意味を持つのかを。
そして、その「超重要人物」を繋ぎ止めるために、彼女がどれほどの「覚悟」を決めてしまったのかを。
俺たちの、地上での最初の夜は、波乱の予感を孕んで更けていった。
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