【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々

文字の大きさ
5 / 30

5:責任とってよ(2)

しおりを挟む
 16の誕生日を目前に控えた、ある日の夜会。いつもよりも自分に対する陰口が心に刺さる気がした夜のこと。
 会場を抜け出して、近くのガゼボで夜風に当たっているライルの元に現れたクロエは言った。

『大変ね、次男って』

 自分を見下ろして悲しげに微笑むクロエの姿に、ライルは彼女が全てを理解していることを悟った。

 どうして?何故気づいた?

 ロレーヌ領にも、王都にも、ライルの悪評は届いているはずだ。顔を合わせたシルヴェスター側の親族からも弟の出来の悪さは聞いているはずだ。
 それなのに、何故知っているのか。
 胸がざわつく。ライルは動揺する心を隠すように俯いた。

『なんのことだ?』

 ライルがそう惚けてみると、クロエは彼の隣に座り、大きなため息をついて空を見上げた。
 今夜は雲が分厚く、月はなかなか顔を出さない。

『能ある鷹は爪を隠すって言うじゃない?だから貴方もそうなのかと思ってたの。でも違った。貴方は爪を折られただけなのね』
『……』
『そんな風に生きる必要はない。自分らしく生きていいと綺麗事を言うのは簡単だけど、現実はそう甘くはないものね』
『……わかったような事を言うなよ』
『そうね、わからないわ。貴方の苦労は私には計り知れない。だから……、少し心配だわ』
『はっ!余計なお世話だ』
『余計なお世話だとしても、心配なのよ。本当に』

 ライルはいつもヘラヘラと笑っているけれど、それが心からの笑顔ではないことなど、見ていればわかる。
 
『傷は目に見える場所ばかりにつくのではないわ。自分でも知らないうちに大きな傷を抱えていることなんてこともあるのよ。だから、短時間だけでもいい。その傷があざとなる前に、感情を吐き出して欲しい』

 辛い、悲しい、痛い、しんどい。そんな沸き起こる感情を一人で我慢することばかり上手くなって、いつのまにか心を見せるのが下手になっていた。
 今日を耐え抜くことに必死で明日に希望が持てなくなっていた。
 クロエはそんなライルの心に気づいた。

『どれほどくだらない慣習でも、長く続くそれを変えるのは難しいことだわ。私一人の力ではどうすることもできない。けれど、貴方の話を聞くことは私にもできる』

 人に話すと少しは心が楽になるはずだ。クロエはそう言って笑った。
 微かに顔を出した朧月が彼女を照らす。僅かな光でさえ取り込んでしまう彼女の白銀の髪は、夜にもかかわらず眩しいほどに光り輝いて、ライルの目に焼きついた。

『どうして……』
 
 どうしてわかるのか。誰も、両親でさえ気づいてくれないのに。
 ライルは堪えきれずに聞いてしまった。
 ああ、ダメだ。期待してしまう。胸が高鳴る。

『貴方の絵を見たの。王宮のギャラリーに飾ってたわ』
『…………うそだろ?』

 ライルはひどく驚いた。何故なら彼の絵はライル・シルヴェスターの名で世に出していないからだ。
 正体不明の画家、トム・ブラッドとして公表している。トムの正体を知る者は信頼できるバイヤーの男を含めて数人。家族でさえ、ライルが画家として活躍していることは知らない。

『どうしてわかるんだよ……』

 空いた口が塞がらないライル。そんな彼にクロエはキョトンと首を傾げた。

『どうしてって、見ればわかるわよ』
『見ればわかるって、そんなわけないだろう』
『わかるわよ。あんなに繊細で優しくて、悲しい絵は中々ないもの。貴方の心を覗いているような絵だったわ』

 クロエはまるで当たり前みたいに言う。
 当たり前なんかじゃないのに。だれも気づいてくれなかったのに。

『ありがとう……』

 ライルは彼女を抱き寄せたい気持ちをグッと堪えるように両手を組み、小さく呟いた。
 するとクロエは花が綻ぶような笑顔で、どういたしましてと返した。
 そこから、ライルは少しだけ胸の内を述懐した。
 全てを話したわけではなかったが、それでも心が軽くなるのを感じた。


『そろそろ中に入りましょうか』

 しばらく話した後、庭園の時計を確認したクロエは立ち上がり、夜会会場へと視線を向けた。
 そういえば、長居をしすぎたかもしれない。クロエは周りをキョロキョロと確認しながら、ライルにも立つように促した。
 ライルは彼女のその行動でようやく気がついた。

『……もしかして兄さんには花を摘みに行くとか嘘をついて抜け出してきたのか?』

 ライルがそう尋ねると、クロエは困ったように笑った。それは肯定だった。

『……ははっ。馬鹿だろう、君は』
『なっ!?仕方がないじゃない!寂しそうに会場を出ていく貴方のことが気になったんだもの!』

 クスクスと笑うライルにクロエはプクッと頬を膨らませた。

『ほんと、馬鹿だよ……』

 たとえ婚約者の弟であろうと、こんな場所で異性と二人きりになるなど、絶対にしてはならないことだ。賢いクロエがそのことを知らないはずはない。
 それでも、リスクを冒してまで自分を心配して追いかけてきてくれたことに、蓋をしたはずの恋がまた顔を出した。

『兄さんには腹を下していたとでも言い訳するんだな』
『最っ低!』
『ククッ。冗談だよ。兄さんに何か言われたら、酒に酔った俺を見つけたから、医務室まで連行していたとでも伝えてくれ』
『貴方、お酒なんて一滴も飲んでいないじゃない』
『飲んでなくとも酔ったふりはできる。俺は演技派なんだ』
『私はそんな演技、求めてないわ』
『じゃあ、クロエは俺と噂になっても良いのか?』
『よくない』
『だろう?大丈夫。いつものことだから』
『ライル……』
『それに、今日は気分が良いんだ。本当に酔ってるみたいに頭がフワフワしてる。だからあながち嘘じゃないさ』

 きっと、クロエが冷めた心を温めてくれたおかげだろう。
 ライルはもう一度、大丈夫だからと言った。

『ほら、早く戻れよ』
『……わかった』

 クロエは申し訳なさそうな顔をして、踵を返す。
 ふわりと揺れる彼女の白銀の髪からはほんのりと甘い花の香りがした。
 
 それは、オスカーが好む香りだった。

『俺は柑橘系の爽やかな香りの方が好きだな……』

 聞こえるはずもない声量でポツリと呟く。
 当然、クロエはその呟きには気づかない。
 こちらを振り返ることもなく、軽やかな足取りで掛けて行くクロエの背中を、ライルは静かに見送った。
 きっとあの足取りは、愛しのオスカーの元へと戻れるが故のものだ。

『……あーあ。婚約、譲るんじゃなかった』

 どれだけ後悔してももう遅い。
 手を伸ばしても、もう届かない。
 ライルの天使は兄のもの。

 彼女を手に入れる方法は、兄を蹴落とす他にないーーー。
 


 *


 ライルは隣で眠るクロエの頬を優しく撫でた。
 泣き疲れたのか、彼女が起きる気配はない。
 先ほど好意を伝えたばかりなのに、こんなにも警戒することなくぐっすりと眠れるものだろうか。

「これは、安心してくれていると捉えるべきなのか?それとも男として意識されていないことを嘆くべきなのか?」

 ライルは、フッと自嘲するように笑った。
 もし彼女が起きていたら、この問いの答えは後者だろうなと分かりきっているからだ。
 分かりきったことを呟く自分が、ライルは馬鹿馬鹿しくなった。
 
「諦めるはずだったのになぁ……」

 何度も諦めようとした。これ以上気持ちが大きくなっては困ると、クロエとは距離を置いた。会うたびに意地悪なことを言って怒らせたりもした。
 いっそ、彼女に嫌われてしまおうと努力した。
 けれどもクロエはライルのその態度に文句を言いつつも、普通に接してくれた。そればかりか、ライルの悪口を言う連中を叱責してくれたこともあった。
 クロエはいつだって、味方でいてくれた。
 だから結局、ライルは最後の最後までクロエを諦められなかった。いや、違う。彼女が諦めさせてくれなかったのだ。

 重々しい静寂の中、ライルはクロエの髪を取り、毛先に口付ける。そして懇願するように呟いた。
 
「ねえ、クロエ。責任とってよ……」

 こんなにも好きにさせた責任を。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

この婚姻は誰のため?

ひろか
恋愛
「オレがなんのためにアンシェルと結婚したと思ってるんだ!」 その言葉で、この婚姻の意味を知った。 告げた愛も、全て、別の人のためだったことを。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。

華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。 嫌な予感がした、、、、 皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう? 指導係、教育係編Part1

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

処理中です...