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結婚式当日に婚約者が逃亡し、婚約者の弟と結婚する羽目になった挙句、初夜では自分のことを嫌っていると思っていたその弟から告白までされてしまったクロエは、翌日から一週間も寝込んだ。
流石の彼女でも脳の許容量をオーバーしてしまったらしい。当然と言えば当然の結果である。
「……よく寝たわ」
朝、ソフィアが来る前に目が覚めたクロエはテラスに出て数日ぶりに外の空気を吸った。
もうすっかり、朝晩は冷える季節となったようだ。思っていたよりも肌寒い空気にクロエはブルっと体を震わせた。
それでもすぐ部屋に入らないのは、朝の凜とした空気が好きだからだ。じんわりと頭が冴えてくる感覚がする。
「状況を整理しましょう」
クロエは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
吐き出した息は仄かに白い。
「オスカーはメイドと逃げ、私は仕方なくライルと結婚した。昔から私を毛嫌いしていて、私との結婚も嫌がっていると思っていたライルは、何故か私のことを好きだとか言…………、やめよう」
いざ声に出してみると恥ずかしいことこの上ないし、何よりも意味がわからない。クロエはその場に蹲り、火照る顔を隠した。
初夜のライルを思い出してしまったのだ。
いつもはクロエに対して険しい顔しか見せない彼が、見たことがないほどに優しい顔を向けてきた。
いつもは悪態しかつかないのに、あの日はずっと気遣ってくれた。
いつもは娼館の女の子たちに愛の言葉を軽く振り撒いている彼が、真剣な眼差しで重苦しいほどの愛を囁いてきた。
クロエは、そのギャップに少しでも心を打たれてしまった自分が堪らなく恥ずかしい。
「愛されることに飢えていたのかしら」
一方的に思いを寄せるだけの5年間だった。どれだけ愛を伝えても返って来ることがない婚約生活だった。
それでも、クロエはオスカーが好きだった。だからたとえ一生片思いをすることになったとしても構わないと思っていた。
それなのに、いざ他の男に優しくされ、少し愛を囁かれただけであっさりと心が動いてしまうなんて。自分はこんなにも浅ましい人間だったのだろうか。
クロエは大きなため息をこぼし、ぎゅっと体を縮こめた。
「お嬢様!?」
クロエの様子を見にきた侍女のソフィアは、主人がテラスでうずくまっている姿に動揺して水桶を盛大に落とした。
割れるタイプのものではなかったのが唯一の救いだったが、おかげで床は水浸しだ。
彼女と一緒に部屋を訪れたライルは桶を拾うと大きなため息をこぼした。
「おい、ソフィア。大惨事だぞ。どうすんだよ、これ」
「お嬢様!どうなさったのですか!そんな寒いところにいてはまた熱がぶり返しますわ!」
「聞けよ、こら」
慌ててクロエに駆け寄るソフィア。彼女の胡桃色の瞳にはクロエしか映っていないのか、ライルのことなどまるで無視だ。
クロエはそんなソフィアに苦笑する。
「大丈夫よ。少し風に当たりたかっただけだから」
「本当に?」
「本当によ。ほら、熱もないでしょう?」
クロエは前髪をあげ、額を見せた。ソフィアは彼女の額にそっと触れて体温を測る。
ソフィアの体温は昔から人よりも少し高くて、クロエは何だか心が軽くなった。
「熱は、ないようですね」
「でしょう?だから、ほら。とりあえず新しい水を持ってきて?顔を洗いたいわ」
「かしこまりました。すぐにご用意致したます」
ようやく落ち着いたソフィアは呆れ顔のライルからモップを受け取ると、ささっと床を拭いて再び水を汲みに行った。
ライルは慌ただしく動く彼女の背中を見送り、フッと笑みを浮かべた。
「本当に騒がしいやつだな。ソフィアは」
「でも見ていて元気が出るでしょう?」
「まあな」
働き者で明るくて優しいソフィア。そそっかしいところは玉に瑕だが、それでもいつでも何に対しても全力で生きている彼女を見ていると元気が出る。だからクロエは彼女が好きだ。
「そそっかしいけど、あれでもちゃんと仕事はできる方なのよ?」
「知ってる」
「あと人当たりもいいから、きっとすぐに公爵家のみんなとも仲良くなれるわ」
「もうなってる。メイドの休憩室では会話の中心にいるらしい」
「ふふっ。さすがね」
クロエは休憩室でのソフィアの様子を想像し、小さく笑った。
そして、ふと気がつく。
今、この部屋には自分とライルの二人しかいないことを。
(……………あ、まずい。どうしよう)
今のクロエの格好は薄手のナイトドレスにストールを羽織っただけ。かなり薄着だ。
おまけに髪も整えていないし、顔もまだ洗っていない。
それだけでも恥ずかしいのに、目の前にいるのは先日唐突に告白してきたライルだ。
あの夜の告白が冗談だと頭ではわかっていても、今はまだ素直に顔を見ることができない。
どうするのが正解なのかわからなくなったクロエは、テラスに続く窓を閉めたところで動けなくなってしまった。
流石の彼女でも脳の許容量をオーバーしてしまったらしい。当然と言えば当然の結果である。
「……よく寝たわ」
朝、ソフィアが来る前に目が覚めたクロエはテラスに出て数日ぶりに外の空気を吸った。
もうすっかり、朝晩は冷える季節となったようだ。思っていたよりも肌寒い空気にクロエはブルっと体を震わせた。
それでもすぐ部屋に入らないのは、朝の凜とした空気が好きだからだ。じんわりと頭が冴えてくる感覚がする。
「状況を整理しましょう」
クロエは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
吐き出した息は仄かに白い。
「オスカーはメイドと逃げ、私は仕方なくライルと結婚した。昔から私を毛嫌いしていて、私との結婚も嫌がっていると思っていたライルは、何故か私のことを好きだとか言…………、やめよう」
いざ声に出してみると恥ずかしいことこの上ないし、何よりも意味がわからない。クロエはその場に蹲り、火照る顔を隠した。
初夜のライルを思い出してしまったのだ。
いつもはクロエに対して険しい顔しか見せない彼が、見たことがないほどに優しい顔を向けてきた。
いつもは悪態しかつかないのに、あの日はずっと気遣ってくれた。
いつもは娼館の女の子たちに愛の言葉を軽く振り撒いている彼が、真剣な眼差しで重苦しいほどの愛を囁いてきた。
クロエは、そのギャップに少しでも心を打たれてしまった自分が堪らなく恥ずかしい。
「愛されることに飢えていたのかしら」
一方的に思いを寄せるだけの5年間だった。どれだけ愛を伝えても返って来ることがない婚約生活だった。
それでも、クロエはオスカーが好きだった。だからたとえ一生片思いをすることになったとしても構わないと思っていた。
それなのに、いざ他の男に優しくされ、少し愛を囁かれただけであっさりと心が動いてしまうなんて。自分はこんなにも浅ましい人間だったのだろうか。
クロエは大きなため息をこぼし、ぎゅっと体を縮こめた。
「お嬢様!?」
クロエの様子を見にきた侍女のソフィアは、主人がテラスでうずくまっている姿に動揺して水桶を盛大に落とした。
割れるタイプのものではなかったのが唯一の救いだったが、おかげで床は水浸しだ。
彼女と一緒に部屋を訪れたライルは桶を拾うと大きなため息をこぼした。
「おい、ソフィア。大惨事だぞ。どうすんだよ、これ」
「お嬢様!どうなさったのですか!そんな寒いところにいてはまた熱がぶり返しますわ!」
「聞けよ、こら」
慌ててクロエに駆け寄るソフィア。彼女の胡桃色の瞳にはクロエしか映っていないのか、ライルのことなどまるで無視だ。
クロエはそんなソフィアに苦笑する。
「大丈夫よ。少し風に当たりたかっただけだから」
「本当に?」
「本当によ。ほら、熱もないでしょう?」
クロエは前髪をあげ、額を見せた。ソフィアは彼女の額にそっと触れて体温を測る。
ソフィアの体温は昔から人よりも少し高くて、クロエは何だか心が軽くなった。
「熱は、ないようですね」
「でしょう?だから、ほら。とりあえず新しい水を持ってきて?顔を洗いたいわ」
「かしこまりました。すぐにご用意致したます」
ようやく落ち着いたソフィアは呆れ顔のライルからモップを受け取ると、ささっと床を拭いて再び水を汲みに行った。
ライルは慌ただしく動く彼女の背中を見送り、フッと笑みを浮かべた。
「本当に騒がしいやつだな。ソフィアは」
「でも見ていて元気が出るでしょう?」
「まあな」
働き者で明るくて優しいソフィア。そそっかしいところは玉に瑕だが、それでもいつでも何に対しても全力で生きている彼女を見ていると元気が出る。だからクロエは彼女が好きだ。
「そそっかしいけど、あれでもちゃんと仕事はできる方なのよ?」
「知ってる」
「あと人当たりもいいから、きっとすぐに公爵家のみんなとも仲良くなれるわ」
「もうなってる。メイドの休憩室では会話の中心にいるらしい」
「ふふっ。さすがね」
クロエは休憩室でのソフィアの様子を想像し、小さく笑った。
そして、ふと気がつく。
今、この部屋には自分とライルの二人しかいないことを。
(……………あ、まずい。どうしよう)
今のクロエの格好は薄手のナイトドレスにストールを羽織っただけ。かなり薄着だ。
おまけに髪も整えていないし、顔もまだ洗っていない。
それだけでも恥ずかしいのに、目の前にいるのは先日唐突に告白してきたライルだ。
あの夜の告白が冗談だと頭ではわかっていても、今はまだ素直に顔を見ることができない。
どうするのが正解なのかわからなくなったクロエは、テラスに続く窓を閉めたところで動けなくなってしまった。
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