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本編
18:残念なデート(1)
しおりを挟む基本的にひきこもりのシャロンはあまり着飾る事をしないので、すでにお疲れ気味である。
しかし、アルフレッドは彼女の顔色が良くないことに気づく様子もなく、仕立て屋近くに車を停めると石畳の街道をやや早足で歩き、店へと向かう。
コンパスの長さが違うのに後ろを歩く妻への配慮も忘れたアルフレッドは、彼女が早足ではなく小走りな事にさえ気づかない。
「ドレスはマダム・キュリーのところで作ろうと思うんだけど、良いかな?」
「まあ。あの有名な王室御用達の?」
「そうだよ」
「こんな急にお伺いして対応していただけますの?」
「大丈夫。先程連絡を入れておいたし、いつもエミリアの服を仕立ててもらっていたからね」
「なるほど、公爵様はお得意様なわけですのね」
「病弱でもエミリアは年頃の女性だったからね。ドレスは着れなくてもオシャレはさせてあげたくて、良くマダムに部屋着や普段着を作ってもらっていたんだよ」
「そうでしたの。エミリア様もさぞ喜ばれた事でしょう」
「ああ、特注だからね。とても喜んで…」
「公爵様?どうかされました?」
「い、いやなんでもない」
突然足を止めて話すのをやめたアルフレッドを、シャロンは少し息を切らせながら不思議そうに見上げた。
アルフレッドはすぐに何でもないと爽やかな笑顔で返し、再び歩き始めたが心の中では早くも自分自身との約束を破ってしまった事に焦っていた。
(どうしよう。早くもエミリアの話をしてしまった。だめだ、しっかりせねば!私は今日エミリアの話はしない。エミリアに誓って!)
1人でぶんぶんと首を振ったりコクコク頷き百面相しているアルフレッドを、半歩後ろを歩くシャロンは怪訝な表情で見つめていた。
この時、シャロンが『とうとう薬に手を出したか』などと考えていた事をアルフレッドは知らない。
その後、2人はマダム・キュリーの店でドレスを注文し、近くのレストランでランチをした後、散歩がてらウインドウショッピングを楽しんだ。…否、楽しんでいるように周りには見えていただろう。
実際にはシャロンは歩きすぎて靴連れが痛むし、アルフレッドは誓いも虚しく無意識にエミリアの話をしては自己嫌悪に陥っていて、とても楽しいデートとは言い難い状況だった。
流石に足の痛みに耐えられなくなったシャロンは、申し訳なさそうに噴水広場のベンチを指差して「少し休憩したい」と申し出る。
「飲み物買ってくるよ」
「ありがとうございます」
アルフレッドが近くの屋台に飲み物を買いに行くため側を離れた瞬間、シャロンが「はあー」と声に出して深いため息をついたことは言うまでもない。
一方で、飲み物を買いに行くと新妻の側を離れたアルフレッドは人目も憚らず屋台近くの木陰で蹲っていた。
『その色はエミリアが好きだった色だ』
『ここのケーキはエミリアが美味しいと言っていた』
『ここの店はエミリアの好きな雑貨が置いてある』
『この本はエミリアのおすすめだ』
などなど。アルフレッドがシャロン楽しませようと話をすればするほど、何故か最終的にエミリアの話になってしまう。
(何故だ!?)
何故かと問われると彼の脳の80%をエミリアが占めているからなのだが、本人はそれに気づいていない。
「シャロンは楽しんでくれているだろうか…」
広場を行き交うカップルたちを眺めながら、アルフレッドは深くため息をついた。
シャロンはあまり表情を変えないので、何を考えているのかが分かりにくい。
しかし、決して無表情というわけではなく嬉しい時や楽しい時は微かに目を細めたり、うっすら口角を上げるし、恥ずかしい時は表情は変わらずともあの白い肌を赤く染める。
アルフレッドはその微妙な変化でシャロンの感情を推測しているのだが、今日の彼女はどこか表情が暗い気がする。
(やはり楽しくないのだろうか。そうだよな、ずっとエミリアの話をしているのだから)
実際には靴ずれが痛いだけなのだが、シャロンが自分に好意を持っていると思っているアルフレッドはそんな事思いつきもしない。
前妻を想う自分ごと受け入れようとする彼女の気持ちに応えるためにもしっかりせねばと、アルフレッドは頬をパチンと叩き気合いを入れた。
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