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本編
26:憤る(2)
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近くのテラスへと連行されたシャロン。と、おまけのハディス。
月明かりの下に集結したのは歳の差20の仮面夫婦と、夫より一回りほど年下の嫁の兄という奇妙な面子。
中庭の噴水の音とダンスホールの賑やかな音楽が混ざり合う中、冷たい夜風が頬を撫でる。
微妙な静寂が数分続いた後、嫁の兄が口火を切った。
「閣下、妹を助けに来てくださいありがとうございます」
「…こちらこそ、間に合わなくてすまなかった」
「正直に申し上げますと、閣下は助けになど来られないかと思っておりました。意外とお優しいのですね」
ニッコリと笑うハディス。そんな彼の発言に眉を顰めるアルフレッド。
漂う不穏な雰囲気に、シャロンは二人の間に割って入ってた。
「こ、公爵様。騒ぎを起こしてしまい、その申し訳ございません」
深々と頭を下げるシャロンに、アルフレッドを顔を上げるよう促した。
「謝る必要はないけれど…彼らは何なんだい?」
「彼らは…、その、魔術学院時代の同級生です…」
「ただの同級生には見えなかったけれど」
「…彼らは…その…」
シャロンは俯いて口をつぐんだ。
どこまで話すべきなのか分からなかったのだ。
今や公爵夫人の地位にいるシャロンにあんな態度が取れるなんて、誰が見ても普通じゃない。ここは素直に『いじめられていた』と言うべきだろう。
だが、シャロンは夫に対し『いじめられていた』と素直に言うのが怖かった。
シノアには言えたのに、アルフレッドには何故か言えない。
情けないと思われたくないのだろうか。シャロンは自分で自分がわからなかった。
「シャロンは彼らから酷いいじめを受けていました」
そんなシャロンに変わって発言したのは、ハディスだった。
「お、お兄様…」
「シャロン、君の夫はウィンターソン公爵閣下だ。知っておいてもらったほうが良い」
ハディスはシャロンの肩を掴み、諭すように言う。
社交は最低限で良いとは言っても、どうしても夜会に出る機会は増える。その度にあのような騒ぎを起こすのは公爵家としてもよろしくない。
シャロンは仕方なく学院でのいじめと、その後社交界でも彼らが絡んでくることを簡単に説明した。
「…学院の悪しき風習か」
「はい…」
「噂に聞いていたよりもひどいな…」
アルフレッドはシャロンの話を聞き、ぐっと眉間に皺を寄せた。
10年ほど前から学院でのいじめが蔓延っているという噂はアルフレッドの耳にも入っていたが、実情は彼の予想以上に過酷だったようだ。
きっと学院が傍目から見て、優雅で平穏なエリート校に見えるのは、少数の生贄がある意味であの箱庭の秩序を保っているからだろう。
「まあ、卒業しても昔の関係性を引きずる馬鹿はあまりいませんがね」
ハディスは呆れたように肩をすくめた。
学院で頂点に立とうが、一歩箱庭の外に出ればそこは社交界。階級がものを言う縦社会だ。
自分より能力が低かろうが、自分より身分が上の人間にあのような態度を取ればどうなるかくらい誰だって予想はつく。
仮に、卒業後も学生気分が抜けずに身分が上の者に突っかかったとしても、周囲の反応を見れば一度で懲りるはずだ。
何度も仕掛けてくるバカはエディ達くらいだろう。
アルフレッドは小さくため息をつくと、シャロンに問いかける。
「彼らはいつもあんな感じなのか?」
「…毎回ではありませんが、まあ、ほぼほぼ」
「という事は、シャロンはこうなる事をわかっていたのかい?」
「ならなければ良いとは思っていました」
少なくとも、せめてハディスが来るまでアルフレッドが側ににいてくれればこうはならなかっただろう。
シャロンは一瞬そう思ってしまったが、この懸案事項を伝えていなかった自分に責があるのだと、ひとり納得した。
無言で首を振り、うんうんと何かを納得したような顔をするシャロンをアルフレッドは訝しむ。
「…そういえば君はこの間、街で薬師に『早く見つけてくれ』とハディス殿に伝言を頼んでいたね」
「はい…。それが何か?」
「君は初めから私を頼る気がなかったのかい?」
「…え?」
「今日の君のパートナーはハディス殿ではなく私だ。私にそばにいて欲しいと言えばよかったじゃないか」
アルフレッドは悔しそうに拳を握りしめた。
知らなかったから守れなかった。知っていたらハディスではなく自分が守ったのにと。
思い返せば、公爵邸に来て数ヶ月。
シャロンが何かを望んだ事など一度もなかった。
宝飾品や服をねだることもなければ、何が食べたい何が飲みたいとさえも言わない。
当然の如くエミリアを忘れろとも、こちらを見てくれとも、言わない。
アルフレッドが無闇に連れ回したあの日も、靴擦れが痛いから帰りたいとは言わず、ただただ自分について来るだけだった。
はじめはそれが彼女の優しさで、自分を好いていてくれるからこその彼女の思いやりなのだと思っていた。だが、実際は違った。
彼女はそもそもアルフレッドの事などなんとも思っていなかった。
何も言わないのは信頼していないから。
何も望まないのは期待していないから。
ふと、街の広場で薬師に笑顔を向けていたシャロンの姿が頭をよぎる。
あの男には無防備に心を開いていたのに。そんな感情がアルフレッドを襲った。
月明かりの下に集結したのは歳の差20の仮面夫婦と、夫より一回りほど年下の嫁の兄という奇妙な面子。
中庭の噴水の音とダンスホールの賑やかな音楽が混ざり合う中、冷たい夜風が頬を撫でる。
微妙な静寂が数分続いた後、嫁の兄が口火を切った。
「閣下、妹を助けに来てくださいありがとうございます」
「…こちらこそ、間に合わなくてすまなかった」
「正直に申し上げますと、閣下は助けになど来られないかと思っておりました。意外とお優しいのですね」
ニッコリと笑うハディス。そんな彼の発言に眉を顰めるアルフレッド。
漂う不穏な雰囲気に、シャロンは二人の間に割って入ってた。
「こ、公爵様。騒ぎを起こしてしまい、その申し訳ございません」
深々と頭を下げるシャロンに、アルフレッドを顔を上げるよう促した。
「謝る必要はないけれど…彼らは何なんだい?」
「彼らは…、その、魔術学院時代の同級生です…」
「ただの同級生には見えなかったけれど」
「…彼らは…その…」
シャロンは俯いて口をつぐんだ。
どこまで話すべきなのか分からなかったのだ。
今や公爵夫人の地位にいるシャロンにあんな態度が取れるなんて、誰が見ても普通じゃない。ここは素直に『いじめられていた』と言うべきだろう。
だが、シャロンは夫に対し『いじめられていた』と素直に言うのが怖かった。
シノアには言えたのに、アルフレッドには何故か言えない。
情けないと思われたくないのだろうか。シャロンは自分で自分がわからなかった。
「シャロンは彼らから酷いいじめを受けていました」
そんなシャロンに変わって発言したのは、ハディスだった。
「お、お兄様…」
「シャロン、君の夫はウィンターソン公爵閣下だ。知っておいてもらったほうが良い」
ハディスはシャロンの肩を掴み、諭すように言う。
社交は最低限で良いとは言っても、どうしても夜会に出る機会は増える。その度にあのような騒ぎを起こすのは公爵家としてもよろしくない。
シャロンは仕方なく学院でのいじめと、その後社交界でも彼らが絡んでくることを簡単に説明した。
「…学院の悪しき風習か」
「はい…」
「噂に聞いていたよりもひどいな…」
アルフレッドはシャロンの話を聞き、ぐっと眉間に皺を寄せた。
10年ほど前から学院でのいじめが蔓延っているという噂はアルフレッドの耳にも入っていたが、実情は彼の予想以上に過酷だったようだ。
きっと学院が傍目から見て、優雅で平穏なエリート校に見えるのは、少数の生贄がある意味であの箱庭の秩序を保っているからだろう。
「まあ、卒業しても昔の関係性を引きずる馬鹿はあまりいませんがね」
ハディスは呆れたように肩をすくめた。
学院で頂点に立とうが、一歩箱庭の外に出ればそこは社交界。階級がものを言う縦社会だ。
自分より能力が低かろうが、自分より身分が上の人間にあのような態度を取ればどうなるかくらい誰だって予想はつく。
仮に、卒業後も学生気分が抜けずに身分が上の者に突っかかったとしても、周囲の反応を見れば一度で懲りるはずだ。
何度も仕掛けてくるバカはエディ達くらいだろう。
アルフレッドは小さくため息をつくと、シャロンに問いかける。
「彼らはいつもあんな感じなのか?」
「…毎回ではありませんが、まあ、ほぼほぼ」
「という事は、シャロンはこうなる事をわかっていたのかい?」
「ならなければ良いとは思っていました」
少なくとも、せめてハディスが来るまでアルフレッドが側ににいてくれればこうはならなかっただろう。
シャロンは一瞬そう思ってしまったが、この懸案事項を伝えていなかった自分に責があるのだと、ひとり納得した。
無言で首を振り、うんうんと何かを納得したような顔をするシャロンをアルフレッドは訝しむ。
「…そういえば君はこの間、街で薬師に『早く見つけてくれ』とハディス殿に伝言を頼んでいたね」
「はい…。それが何か?」
「君は初めから私を頼る気がなかったのかい?」
「…え?」
「今日の君のパートナーはハディス殿ではなく私だ。私にそばにいて欲しいと言えばよかったじゃないか」
アルフレッドは悔しそうに拳を握りしめた。
知らなかったから守れなかった。知っていたらハディスではなく自分が守ったのにと。
思い返せば、公爵邸に来て数ヶ月。
シャロンが何かを望んだ事など一度もなかった。
宝飾品や服をねだることもなければ、何が食べたい何が飲みたいとさえも言わない。
当然の如くエミリアを忘れろとも、こちらを見てくれとも、言わない。
アルフレッドが無闇に連れ回したあの日も、靴擦れが痛いから帰りたいとは言わず、ただただ自分について来るだけだった。
はじめはそれが彼女の優しさで、自分を好いていてくれるからこその彼女の思いやりなのだと思っていた。だが、実際は違った。
彼女はそもそもアルフレッドの事などなんとも思っていなかった。
何も言わないのは信頼していないから。
何も望まないのは期待していないから。
ふと、街の広場で薬師に笑顔を向けていたシャロンの姿が頭をよぎる。
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